ページの先頭です

関係人口時代に求められる「地域の人事部」の役割とは(前編)

2022年7月4日 社会政策コンサルティング部 森安 亮介

消滅可能性都市――。センセーショナルな課題提起とともに地方創生が国策の柱に掲げられてから約8年。都市部から地域への人材還流政策は、その対象の力点こそ移住人口から関係人口*1に移りつつあるが、地域が人材を集めたい思いに変わりはない。

では、人材を惹きつけ地域の活力に結び付けるために、地域のどのような取り組みが有効だろうか。筆者も委員として参加した令和3年度 経済産業省 関東経済産業局「人材活用検討会議*2」で議論した内容を参考に、2回にわたり検討したい。

59もの実例にみる「地域ぐるみの人材確保」の共通項

筆者はこれまで、内閣府「プロフェッショナル人材事業*3」の立ち上げや中小企業庁「中核人材確保スキーム事業*4」など、地域ぐるみで人材採用を推進する仕組みづくりに携わってきた。両事業あわせて、のべ59もの「地域ぐるみの人材確保」スキームの構築と発展を微力ながら後方支援した過程で、よりよい人材確保に結び付く地域の取り組みには共通点があることに気付かされた。そうした共通の取り組みを列記したのが図表1である。

特筆すべきは、単に「人材採用支援」に終始するのではなく、「企業への啓発」や「経営支援」などの前工程にこそ注力している点である。

たとえば、前述の中核人材確保スキーム事業に参画した静岡商工会議所では、地域の企業と将来像や成長戦略について対話を重ね、コンサルティング会社と連携して経営課題の掘り起こしや明確化を行い、人材投資の重要性について経営者と議論した。そして、課題解決に向けて必要な人材の要件や確保戦略について、都心部人材会社とも連携して検討を重ねた。求人化の際には、企業自身も気づいていないような魅力や持ち味を抽出し、地域の魅力などとあわせた求人情報の発信により、100近い応募に至った例もみられた。

また、プロフェッショナル人材事業の鳥取拠点では、自県の企業特性や他県との差別化に鑑み、副業元年ともいわれる2018年以前から「副業・兼業人材」の活用に取り組んできた。都市部人材会社等と密に連携し、副業候補人材の現地ツアーや企業経営者との接点形成、都市部大企業とのスキーム実証などに取り組み、副業・兼業人材の獲得に至っている。こうした取り組みは他県の模範にもなり、今では「副業・兼業先進県」ともいわれている*5

こうした動きは、単なる地元求人の収集・発信とは一線を画した取り組みといえる。そこには、(1)まず地域の持ち味やあるべき姿を十分に吟味した上で、(2)補完できる外部機関を巻き込みながら最適な支援体制を構築し、(3)時には経営者の背中を押して、伴走しながら企業が抱える経営課題を特定し、(4)候補人材にとって魅力的な要素を抽出しマッチングの成功に導く、といったある種の戦略性が存在している*6


図表1 「地域ぐるみの人材確保」実施の各機関に共通する取り組み
図1

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成。関東経済産業局「人材活用検討会議」(第1回)提出資料(一部加筆)


企業人事の4つの役割に学ぶ、「地域の人事部」に求められる役割

こうした戦略性に焦点を当て、概念的な整理を行ったのが図表2である。この整理は、前述の検討会議に際して実施したものである。地方自治体、地域企業、地域機関(商工会議所・地域金融機関・NPO法人)、都市部大企業、人材会社などが集い、「地域が一丸となった多様な人材活用の在り方」について検討した同会議において、その主要テーマは「地域の人事部」の構想であった。人事部という比喩は言い得て妙で、地域全体を1つの組織と見立てた時に必要となる機能を喚起させてくれる。このテーマ設定に着想を得て、企業人事の役割を説いたデイビッド・ウルリッチ教授のフレームワークを地域版に援用した試論がこの図表である。

なお、デイビッド・ウルリッチ教授は、企業人事の役割を「変革のエージェント」「戦略パートナー」「人事管理のエキスパート」「従業員の擁護者」の4つだと提唱した。この定義は2000年~2010年代頃の日本の企業人事にも大いに参考とされたが、とりわけ、変革のエージェントや戦略パートナーのように戦略性を持った対応にもっと注力すべきというメッセージが共感を得た。当時、新卒一括採用や年次管理など既存の仕組みの運用に終始しがちであった日本企業の人事部にとって、こうした戦略性の重要度は核心を突く提起だったためである。

もちろん企業人事を対象とした概念がそのまま地域に当てはまるわけではない。しかし、当時の企業人事が得た示唆は、現在の地域各機関にとっても大きなヒントになる。すなわち、地域の既存人材ニーズを集めて発信する役割(地域の人事管理のエキスパート)も必要ではあるが、それら以上に重要なのは、地域のありたい姿に照らしながら、地域にとって必要な企業や人材を結びつけ、化学反応を促すような「地域の戦略パートナー」であり、さらには、地域の戦略構築や地域の魅力化促進、地域企業の変革誘発を推進するような「地域の変革エージェント」であろう。

企業の採用現場において、魅力的でない企業がどれだけ小手先の採用施策に頼っても効果には限界がある。それと同様に、地域においていくら人材集客策に頼っても、地域の持ち味や魅力、将来像と紐づかなければ成果にはつながらない。地域や地域企業の持ち味を見つめ直し、まずは磨き上げることが、一見遠回りのようでいてよい結果につながる。よりよい人材を惹きつけ地域の活力に結びつけるためには、上述した4つの機能を持つ「地域の人事部」のような存在が必要ではないだろうか。

さて、こうした問題意識で臨んだ検討会議であるが、議論を通して、さらに重要な「第5の役割」が浮き彫りになる。その詳細は後編でお伝えしたい。


図表2 地域の人事部が果たすべき役割
図2

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成。関東経済産業局「人材活用検討会議」(第2回)提出資料(一部加筆)




  1. *1多様な定義があるが、総務省では「移住した定住人口でもなく、観光に来た交流人口でもない、地域と多様に関わる人々」と定義している。
  2. *2令和3年度「関東経済産業局における地域中小企業・小規模事業者の人材確保支援等事業」(事務局:株式会社パソナJOB HUB)において実施された。
  3. *3内閣府が2015年度より開始した事業。東京都を除く全国46道府県にプロフェッショナル人材戦略拠点を設置し、地域企業に対して「攻めの経営」への転身を促しつつ、人材会社を通じて人材確保支援を実施し、都市圏から地方圏への人材還流を促す事業。当社は2015年度~2018年度に全国事務局を担当した。
  4. *4中小企業庁が2018年度より開始した事業。経営支援機能と人材確保支援機能のシームレスな連携を目的に、副業・兼業も含めた人材のマッチングを図ったもの。当社は2018年度・2019年度の実証事務局を担当した。
  5. *5「副業・兼業先進県」が人材迎え入れで奏功したピンポイント戦略(2021年7月30日、日刊工業新聞)
    なお当社も、とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点ならびに同拠点戦略マネージャーの松井太郎氏と連携し、副業・兼業に係る体験ツアーの企画や大企業との実証企画などに携わっている。
  6. *6ここでいう戦略性とは、地域の将来像やあるべき姿を見据えて地域の現状とのギャップに鑑みた上で、地域が対応すべき事項に優先度を付け、最適な資源配分・体制構築を行って活動している姿を指す。

関連情報

この執筆者はこちらも執筆しています

2022年3月
見えない格差を可視化する、データの整備と活用例
―教育分野を中心に―
2021年7月16日
EBPM促進のための「3つのエビデンス」の理解
―EBPMで用いられるエビデンスの役割とは?―
2020年11月26日
EBPM浸透に向けた第一歩
―EBPM推進で用いられるロジックモデルとは?―
ページの先頭へ