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次世代海洋モビリティは、海のサステナビリティを高める起爆剤となるか

2022年12月12日 デジタルコンサルティング部 西脇 雅裕

海のサステナビリティ

世界有数の広大な排他的経済水域を誇る日本。四方を海に囲まれるわが国では海と接する機会は多く、海水浴やマリンレジャーなどのエンターテインメントとしての利用や、魚介類や海洋鉱物などの資源の取得、人や衣食住に必要な物資の輸送などの活動が海で行われている。我々の豊かな暮らしや経済・社会の成長に、海の活動は切り離せない。

昨今“サステナブル”という言葉をよく見聞きする。この言葉は、2015年9月に国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載され、広く普及した。同アジェンダには、持続可能な開発目標(SDGs)が具体的に記述されている。SDGsの17目標のうち、海に関連深い目標と、海のサステナビリティを高めるうえで求められる主な視点は下表のとおりである。安全な海辺、海洋資源の適切な管理・保全、カーボンニュートラル、地域や産業の活性化などのさまざまな要素によって、サステナブルな海が作られていく。

海洋領域では新たな技術の導入が着々と進められており、特に海の活動全般を支えるモビリティの技術革新は目覚ましい。その1つである次世代海洋モビリティは海のサステナビリティの向上にいかに寄与するのだろうか。


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海のサステナビリティを高めるための主な視点
SDGs目標 海のサステナビリティを高めるための主な視点
  1. エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • エネルギーの安定的な供給
  • カーボンニュートラルの実現
  1. 気候変動に具体的な対策を
  1. 働きがいも経済成長も
  • 産業活性化・雇用増進(海運、造船、舶用等)
  1. 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 低・ゼロ炭素燃料供給インフラづくり
  • 海洋技術の進展
  • 上記産業の持続的成長
  1. 住み続けられるまちづくりを
  • 安全な海辺の創生
  • 海辺地域の活性化
  1. 海の豊かさを守ろう
  • 海洋資源の適切な管理・保全(海洋資源の減少対策、海洋ごみ対策等)

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

海の次世代モビリティが、サステナブルな産業・地域を作る

海の次世代モビリティは、水中ドローン、海洋ロボティクスとも呼ばれ、ASV(Autonomous Surface Vehicle)やAUV(Autonomous Underwater Vehicle)、ROV(Remotely Operated Vehicle)といった機種がある。ASVは海上を航行するのに対し、AUVとROVは海中を潜航する。このうち、AUVが自律航行型、ROVが遠隔操作型である(機材の詳細については、当社コラム「期待高まる『海の次世代モビリティ』」を参照されたい)。

海の次世代モビリティの用途は、大きく「運搬」「点検」「作業」の3つある。「運搬」は、一般的なモビリティという言葉から連想される使い方であり、ボートタイプのASVがよく活用される。特に人材や資金の不足に伴う定期運航便の撤退・減便地域、海辺エリアの陸上交通空白地帯、離島地域における人や物資の運搬手段として期待され、海洋国家や人口減少というわが国ならではの持続的なまちづくり、海辺地域の活性化の一助となりうる。

「点検」には、ASV、AUV、ROVのいずれの機材も使用される。使い方としては、港湾施設における鋼管杭の劣化状況の検査、海洋生物の分布状況の把握などのユースケースがある。また、人間の立ち入りが難しい沿岸や海中・海底における海洋ごみの集積状況の把握、マリンレジャー中の事故防止用の常時監視などでも活用が期待され、海洋資源の管理や保全、安全な海辺の創生など、サステナブルな産業・地域づくりの一端を担う。

「作業」は昨今開発が進む用途であり、ROVなどにアタッチメントを装着して、今まで人間が行ってきた業務を代替する。たとえば、海中・海底の試料採取、へい死魚の回収、鋼管杭表面の付着物除去などが挙げられる。こうした作業を担う潜水士には、人材不足や、長時間・高深度の潜水に伴う危険性などの問題があったが、この作業を海の次世代モビリティが担うことで、問題の解決につながる。また、たとえば建設業界では、建機の遠隔操縦コンテストを開催し、プロゲーマーにも参加してもらうことで、若年世代からの職業としての魅力を高め、慢性的な若手技能者不足の解消を目指している。海の次世代モビリティの作業においても、遠隔操縦などの先進技術の活用を通して業務の魅力を高めることで、今まで海洋に接してこなかった人材を惹きつけ、入職者が増加するなど、海洋産業の持続的成長にも寄与することが期待される。


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海の次世代モビリティの用途
用途 利用例
運搬

図1
(炎重工提供)

水辺地域の陸上交通空白地帯においてASVが人を輸送
(左図は都内運河で実施した実証実験の様子)
点検

図2
(マリン・ワーク・ジャパン提供)

ASV下部に備え付けたカメラから海洋生物を撮影し、AIを活用して海洋生物の分布状況・量を把握
(左図はウニを対象としたもの)
作業

図3
(NTTドコモ提供)

ROVに双筒型アタッチメントを取り付け、海洋生物の生育環境分析用に海底泥を採取

ガス燃料船が、サステナブルな海事クラスタ・未来社会を作る

カーボンニュートラルという社会的要請は、海運にも及んでいる。国際海運では、GHG排出削減対策を主導するIMO(国際海事機関)が2018年、「今世紀中なるべく早期の排出ゼロ」というGHG削減戦略を発表した。その後、日本は米国・英国などと共同で、「遅くとも2050年までにGHG排出をゼロにすることを念頭に、具体的な目標設定の議論を進める」ことをIMOに提案しており*1、カーボンニュートラル実現時期は一層早まることが想定される。

その一環として、従前使用していた重油から、ガスを燃料としたニュータイプの船舶の開発が進んでいる。船舶燃料として期待されるガスは、LNG、アンモニア、水素などがあるが、現在竣工している船舶はLNG燃料船のみである。LNGは重油と比べ、GHG排出量は少ないものの排出自体は行われるため、排出削減効果は限定的である。そのため、LNGはゼロエミッション船(運航時にGHGを排出しない船舶)が登場するまでの中継ぎとして機能することが想定される。他方、ゼロエミッション船として期待されるアンモニアや水素燃料船は2028年頃に実船投入される見込みである。カーボンニュートラルの早期実現のほか、造船業や舶用工業の国際競争力強化に向け、政府はゼロエミッション船のコア技術となるエンジン、タンク、燃料システムの開発・実証を進めている。

ガス燃料船の開発・普及は、海事産業全体の持続的成長を促すほか、海運のGHG排出量削減やカーボンニュートラルを促進し、サステナブルな未来社会を中長期的に形成する。また、ガス燃料船の普及に当たって求められる、アンモニアや水素などの低・ゼロ炭素燃料を安定的に供給するインフラの構築や船舶技術の開発を通じ、経済成長は、電力・ガスや海洋開発、海洋土木などの周辺産業にも波及し、サステナブルな海事クラスタ*2を作り上げていく。

モビリティに一層求められる視点 ―Mobility for Sustainability―

安全な海辺の構築、海洋資源の適切な管理・保全、カーボンニュートラル、地域や産業の活性化など、海のサステナビリティを高める起爆剤として期待される「次世代海洋モビリティ」。

本稿は海洋モビリティに着目したが、次世代モビリティは海洋のみならず、陸上でもサステナビリティに貢献し始めている。電気自動車や燃料電池自動車などは脱炭素社会を牽引し、自動運転機能はヒューマンエラーが減った安全な交通社会を形成し、MaaSは移動の足を確保し続ける地域を創生することが期待されている。モビリティのさらなる技術進展が、海洋、陸上ともに期待され、サステナビリティにモビリティが貢献していく、すなわち“Mobility for Sustainability”という視点は今後さらに重要性が増すだろう。

  1. *1国土交通省 報道発表資料(2022年6月13日)
  2. *2中核的海事産業(海運業、造船業、舶用工業等)、中核的海事産業以外(船舶関連部品・部材供給、倉庫・物流、商社、金融等)、関連産業(卸売・小売、鉄鋼、石油、電力・ガス等)、隣接産業等(海洋開発、漁業、水産、海洋土木等)など、海洋産業に関わるプレイヤーの総称。

西脇 雅裕(にしわき まさひろ)
みずほリサーチ&テクノロジーズ デジタルコンサルティング部 主任コンサルタント

モビリティ(海洋モビリティ、自動運転、MaaS)、社会基盤(海洋テック、建設テック、5G、スマートシティ)、デジタル(人間拡張技術、ロボット、AI、IoT)領域に関する調査研究・コンサルティングに従事。ICTインフラやITサービスの国際展開に向けた技術・市場動向調査、政策立案支援などにも携わる。

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