ページの先頭です

課題先進国として10年、今の日本に求められるサービスの視点

海外スタートアップが狙う世界の高齢者市場(2/2)

  • *本稿は、『みずほグローバルニュース』 Vol.101(みずほ銀行、2019年2月発行)に掲載されたものを、同社の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 事業戦略部 調査役 菊地 徳芳

もっと柔軟に高齢者の生活を支えるサービス

比較的元気な高齢者であっても、自宅で生活し続けていこうとすれば、他の人の手助けが必要となる場面も増えていく。

アメリカでは、日本のような公的介護保険がないこともあり、比較的元気な高齢者から、日本でいえば要支援程度の高齢者まで、誰もが同じように使えるオンデマンド型の生活支援サービスが動き出している。Honor Technology社*8は、Uber社やLyft社が行っている配車サービスの高齢者ケアサービス版のような「高齢者とヘルパーをつなぐプラットフォーム」サービスを展開している。本人や家族は、その時に対応してくれるヘルパーをアプリですぐに呼べたり、ヘルパーを評価できたりするほか、ヘルパー側も高齢者のプロフィールやケア内容をあらかじめ把握できる。一方、Envoy Commerce社*9は、食料品の買い物や外出の送り迎えなど、生活に必要不可欠な実用的ニーズに対応する「コンシェルジュサービス」をサブスクリプション(製品やサービスなどの一定期間の利用に対して代金を支払う方式)で提供する。このサービスは、郊外に住む高齢者や離れて暮らす子供世代に焦点を当てており、「徹底的なデジタル化」により、顧客体験の向上とサービス提供の効率化が図られている。毎回の支援内容の写真や支出に関する領収書等の情報を含めて、スマートフォン等のアプリで把握できるようになっており、サービス内容の完全な透明性が確保されている。また、利用者と支援スタッフとのマッチングの相性が考慮されており、利用者の好みも徐々に蓄積されていくことで、マッチングやサポート内容の改善が図られていく。高齢者にとってみれば、サービスが自分向けにパーソナライズされ、コミュニティからサポートされている感覚を持つことができる。なお、サービス利用に関する保険も備わっているほか、支援スタッフは、経歴等を含めた徹底的なバックグラウンドチェックやその後の教育・訓練プログラムを経て、約20倍という高い倍率で選定されている。

また、イギリスでは、BuddyHub社*10が、1人の高齢者に対して、「高齢者の自宅から徒歩30分圏内に住んでいる3人のサポートボランティア(Buddy)を組み合わせる」という、特徴的なサービスを提供している。高齢者とBuddyとは、互いの興味や経験等に基づいて慎重にマッチングされており、高齢者は気の合う地域の人たちと知り合えることで、孤独の寂しさが和らぎ、社会的なつながりも広がっていく。

今後日本でも、介護保険外のサービスや混合介護の利用が進んでいくと考えられる。さまざまなサービスをさまざまな状況の高齢者に柔軟に提供できるプラットフォーム型のサービスが登場すれば、日本における高齢者支援サービスの様相が大きく変わるかもしれない。

自分らしく生活を豊かにするサービス

高齢者を弱者と想定して手助けするだけでなく、高齢者が自分らしく豊かに生活するために利用したくなるサービスも、続々と登場している。

アメリカのStitch社*11は、「50歳以上の中高年を対象にしたソーシャルネットワーク」サービスを提供している。安全な通信環境や利用者認証の仕組みのもとで、グループ活動(映画、外食、ハイキング等)や旅行仲間、友情、ロマンスなど、利用者が求めている目的に応じて個人をマッチングする。利用者間の共通の興味や活動に重きを置いたつながりをもたらすように工夫された独自のプロフィール閲覧やマッチングシステムを備えているほか、活動を牽引するアンバサダー等のリアルな活動も含めて、コミュニティや人と人とのつながりをキュレーションしている。

一人暮らしの高齢者が増えていく中で、日本でも高齢者向けのシェアハウスが話題になっているが、アメリカのSilvernest社*12の場合は、「高齢者と若者の間でのハウスシェア」サービスを提供し、世代を超えた交流を促している。高齢者が、自らの好みや関心、自宅の住宅環境等を登録すると、自動的に適切なルームメイトが紹介される。ルームメイトの素姓チェックもあらかじめ行われているほか、ルームメイトからの家賃支払いに関するサポートツールも提供される。

もっと身近な日頃の生活の中にも、人と人とのつながりの要素を付加価値にしたサービスがある。アメリカのChefs for Seniors社*13がフランチャイズ運営する「高齢者専用のプロによる料理提供サービス」では、プロのシェフが高齢者本人のために食材を買い込んで自宅を訪問し、新鮮で栄養価の高い料理を提供する。次回の訪問までに必要な分として、10食程度の料理をつくり、訪問1回あたり90米ドルの価格設定である。料理をつくる作業を通じて数時間会話しながら過ごすことで、彼らの間に絆をつくり出すことを狙っている。利用する高齢者の半数以上が80歳以上であり、高齢者に対して何度か同じシェフをペアにするところがポイントだ。

また、体が衰えて外出が難しくなってしまった場合でも、アメリカのRendever社*14のサービスなら、「バーチャルリアリティ」により、旅行気分が味わえたり、昔住んでいた思い出の場所を訪れてみたり、スポーツ観戦したり、結婚式等に出席したりできる。しかも、複数のヘッドセットの同期をとれるので、複数人で同時に同じ空間を体験できるようになっている。

日本における高齢者向けのサービスは、ステレオタイプで画一的になってはいないだろうか。もっと、高齢者のインサイトや心に響くサービス設計や価値提案を工夫することはもちろんのこと、高齢者が自らの生活を主体的に選択しているという「コントロール感」を持たせたり、自然と「社会的なつながり」を得られたりする仕掛けづくりも重要だろう。

おわりに

それぞれの国や地域における社会保障制度や経済状況、文化や慣習等によって、高齢者市場におけるサービスやビジネスモデルの在り様は異なってくるだろう。もちろん、今回紹介したサービスも、その成熟度や顧客規模等はさまざまである。しかし、日本における既存のしがらみや高齢者に対する固定概念の延長線上で考えていては登場し得ないサービスや一見平凡でも生活の質を格段に向上し得るサービスが、今まさに、世界のスタートアップ企業から生まれ始めている。日本企業も、こうした世界の動きに取り残されないように、テクノロジーを効果的に活用しつつ、企業規模や業種の違いを超えた柔軟な連携のもとで、高齢者に新しい顧客体験をもたらすサービスを創出し、「スピーディ」に市場投入していかなければならない。

  1. *1https://winterlightlabs.com
  2. *2https://www.neurotrack.com
    https://svs100.com/neurotrack
  3. *3 https://www.greymatterstous.com
  4. *4 https://www.inhabitech.com
  5. *5 https://www.haifaup.co.il/startup/perlis-ltd/
  6. *6 https://www.carepredict.com
  7. *7 https://www.kytera.care
  8. *8 https://www.joinhonor.com
  9. *9 https://www.helloenvoy.com
  10. *10 https://www.buddyhub.co.uk
  11. *11 https://www.stitch.net
  12. *12 https://www.silvernest.com
  13. *13 https://chefsforseniors.com
  14. *14 https://rendever.com
ページの先頭へ