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医療における3Dプリンタ(AM装置)活用の最新動向(2/2)

  • *本稿は、『月刊PHARM STAGE』 2019年4月号(発行:技術情報協会)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 経営・ITコンサルティング部 コンサルタント 鶴岡 茉佑子

4.再生医療分野で注目が集まる3Dバイオプリンタ

ここまでに紹介した事例はいずれも樹脂や金属を用いたものだったが、近年では生細胞を材料とした3Dバイオプリンタも注目を集めている。目的の形状や機能を持った組織をex vivoで人工的に作り出すことは組織工学における重要なテーマの一つであり、この実現に繋がる技術として3Dバイオプリンタの研究開発が世界中で進められている。

3Dバイオプリンタは造形手法によって大きく3つのタイプに分けることができ、それぞれスキャフォールドとなる材料と細胞の混合液(バイオインク)を1滴ずつ配置するインクジェット式、シリンジから細胞を押し出しながら3次元構造を作る押出式、シート状にした細胞の上部からレーザーを照射し弾き出すことで基板等に転写するレーザーアシスト式に分けることができる。主なプレイヤー企業としては、国外ではOrganovo(米国)、国内ではリコー等が知られている。前述の手法のほか、スキャフォールドを用いずにスフェロイド(細胞集合体)を微細な剣山上に配置していく剣山式と呼ばれる手法を国内のベンチャー企業であるサイフューズが開発している。以下に手法ごとの比較表を示す(表2)。

3Dバイオプリンタによる細胞の3次元造形には再生医療目的での活用に期待が集まっており、何らかの原因で損傷・欠失した組織を補填する用途や、究極的にはカスタム人工臓器の製造が目指されている。その他にも、3次元造形された細胞の再生医療以外の応用先として医薬品や化粧品の安全性試験や、細胞間インタラクション等に関する基礎研究も期待されているほか、3Dバイオプリンタに用いられている細胞ハンドリング技術をシングルセル分析に応用することも可能である。

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表2 3Dバイオプリンタの比較
  造形手法
インクジェット式
(Ink Jet)
押出式
(Extruder)
レーザーアシスト式
(Laser Assisted)
剣山式
(“Kenzan” method)
細胞生存率
細胞密度
造形コスト
主な装置メーカ リコー(日本)
GeSIM(ドイツ)
Organovo(米国)
EnvisionTEC(ドイツ)
Poietis(フランス) サイフューズ(日本)

(出所)Murphy SV & Atala A (2014)*7および各種情報をもとに筆者作成

5.医療における3Dプリンタ普及への取組と課題

3Dプリンタはブームの到来以来、加速度的に市場の拡大と技術開発が進んでおり、実際に臨床の場面で3Dプリンタ製の製品が使われる例も増えてきた。一方、日本ではまだあまり活用が進んでいないのが現状であり、大きな課題となっているのが「材料コストがかかりすぎる」「何に利用すればいいかが分からない」という2点である。

前者のコスト面において、3Dプリンタ装置自体の価格は主要な特許の満了に伴い低価格化が進んできたが、医療用途で用いられる材料は強度や生体適合性など厳しい要求が付されることが多く、その分価格も高価になりやすい。特に医療分野では、品質管理の観点から余った材料の再利用に制限が付されることもあり、製品単価の向上に大きく影響している。これは高い安全性が求められる分野に共通の課題であり、現在最も金属3Dプリンタによる製品開発が進んでいる航空機の分野を中心に検証と改善が進められているものの、長期の生化学的な安定性が問われる医療分野では別途安全性の検討が必要である、規制当局による承認が必要となる、などの課題も存在する。高付加価値・高価格なものづくりは本来3Dプリンタが得意とする領域だが、実際に市場を獲得していくためには、材料・構造・工程等の最適化によるコストカットや、そもそも安価な材料を使えるような応用先を考えるなどの工夫も必要になるだろう。

なお、手術計画用のカスタムモデルは2016年に保険適用の範囲が拡大され、整形外科領域においても適用可能な手術が追加された。しかし現状の診療報酬(2000点=2万円相当)では医療機関側が赤字になってしまう場合が多く、現実的には限られたケースでしか使えないのが実情である。実用化に向けて、製品単価の低減というメーカー側の工夫だけでなく、ルール面での整備も必要と考えられる。

後者の「何に利用すればいいかが分からない」という問題は医療以外の分野にも共通しており、筆者の体感では「世界的に注目されていることは知っているものの、まだ様子見をしている」「試しに装置を導入してみたが、結局眠ったままになっている」という状況が多いように感じられる。3Dプリンタのメリットを最大限に活かした高付加価値なものづくりを実現していくためには、「ロット数が少なくコストの観点で作れなかったものはないか」、「作りたかったが実現できなかった形状や構造はないか」、「より軽量化したい製品はないか」など、より具体的な課題やニーズを明確にする必要があるだろう。以下に3Dプリンタが適用可能な場面や製品例を想定される課題とともにいくつか紹介する(表3)。

市場の拡大に伴って、3Dプリンタに関するサービス産業も充実しつつある。「何を目的に3Dプリンタを使うのか」が定まったら、設計から造形までを全て自前で解決するのではなく、まずは受託製造を行うサービスビューロに相談することも効率的な開発手段の一つと言える。より安価な方法として、3Dプリンタ装置を保有する公設試験研究機関や、いわゆるFabLabを活用することもあり得るだろう。

3Dプリンタの最大の特徴である形状自由度は、医療において重要視される「一人一人に合わせたケア」の実現に寄与できるものであり、またアイディア次第では全く新しい画期的な製品を生み出す可能性もある。大量生産への活用も現実味を増しつつある今、本稿が新たな製品開発のための一助となれば幸いである。

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表3 3Dプリンタで解決できる可能性のある課題
No. 課題 適用先の例
1 ユーザー毎にカスタマイズした製品・部品を提供したい 手術ガイド、インプラント、義肢、歯科矯正器具 等
2 構造を複雑化して製品性能を向上したい 手術モデル・臓器モデル、インプラント、マイクロ流路、金型、熱交換機 等
3 高精細な模型を作りたい 手術モデル・臓器モデル、手術シミュレータ 等
4 従来製品をより軽量化したい 医療機器、ウェアラブル機器 等
5 既存の加工法では作製できないが、高付加価値にするアイデアがある 各種樹脂・金属製品
6 アイデアを形にしたい、プロトタイプを低コストで作りたい 概念設計、試作 等
7 製造過程で廃棄する材料を減らし、コストを削減したい 切削加工製品の置き換え 等
8 製品保証のために保管している金型在庫を減らしたい 樹脂製品 等
9 複数の部品を異なる加工法で作製し、組み合わせているものを一体成形したい 複雑構造物 等
10 金属部品の補修・肉盛を行いたい 大型金属部品 等

(出所)各種情報をもとに筆者作成

参考文献

  1. *1SME (Society of Manufacturing Engineers), “Medical Additive Manufacturing/3D Printing Annual Report 2018”.
  2. *2EOS GmbH, “formnext 2018: EOS showcases new polymer technology and metal 3D printing production cell”.
  3. *3Materialise NV, “Point-of-care 3D Printing at Mayo Clinic: the highlights”.
  4. *4Stryker Corporation, “Stryker Tritanium Microsite”.
  5. *5中野貴由ほか, 「金属3Dプリンティングの先端的状況 : 骨・骨関節分野への応用へ向けて」, 臨床整形外科, 53, 137-144 (2018).
  6. *6McHugh et al., “Fabrication of fillable microparticles and other complex 3D microstructures”, Science, 157, 1138-1142 (2017).
  7. *7Murphy SV & Atala A, “3D bioprinting of tissues and organs”, Nature Biotechnology, 32, 773-785 (2014).
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