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日本の強み・弱みとDX人材の獲得・育成のポイント

日本企業のDXについて改めて考える(2/2)

  • *本稿は、『みずほグローバルニュース』 Vol.115(みずほ銀行、2021年9月発行)に掲載されたものを、同社の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 経営・ITコンサルティング部 上席主任コンサルタント 桂本 真由

DXに必要な人材とは

IMDの世界デジタル競争力ランキングから読み取れる日本のもう一つの弱点は、人材であった。同ランキングでは、日本の「人材・能力」の順位は46位と振るわないうえに、「人材・能力」カテゴリの中の「デジタル/技術スキル」という指標は、対象国63カ国・地域中62位となっている。

日本ではDXを担う人材が不足しているという課題は、DXが注目され始めた当初から聞かれるが、2021年7月に公表された総務省の「情報通信白書」でも、DXを進めるうえでの課題として、依然として日本企業では「人材不足」という課題が突出していることが浮き彫りとなっている(図表5)。

このように不足が課題とされているDX人材とは、具体的にはどのような人材なのだろうか。

DXの実現においては、前述の経営層から、新たなビジネスを創造する人材、AI等の先端技術を扱う人材まで、多様な人材が必要とされる。これまでにも、様々な調査やレポートを通じて多彩な人材像が提唱されているが、筆者自身は、多数の公的機関の調査に携わった経験から、これらの人材はおおむね下図のように整理できると考えている(図表6)。

「経営層(トップマネジメント)」は、組織全体を方向付け、推進力を与える人材であり、DXの推進において最も重要な役割を担う。DXに求められる迅速かつ大規模な変革を実現するためには、日本企業においても経営層のリーダーシップが不可欠であり、この点は前述の通りである。

「戦略系の人材」は、日本企業において特に重要な人材である。戦略の具体化までを経営層が担う企業もあるが、日本の大企業においては、経営方針の決定とその具体化は役割が分かれていることも多い。経営方針を受けて「具体的に何に取り組めばよいのか」を考えられる人材がいなければ、現実的にDXは進まない。「戦略系の人材」は、各企業や組織の中でDXを具体的に進めるうえで、カギとなる役割を担っている。

「ビジネス系の人材」は、新規製品・サービスの創出等のDXの具体的な戦略の実現を担う人材である。DXの大きな目的の一つとしてビジネスモデルの変革があげられることも多いが、そのためには、まずは新たなビジネスを生み出すことが必要となる。新たなビジネスの立ち上げにあたっては、組織全体の戦略策定とは異なるプロデューサーのような能力やスキルが求められる。この人材も、日本企業が育成を不得手とすることが多い人材である。

「技術系の人材」は、AI等の先端技術に関する知見を持ち、それらを活用できる人材である。今や多くの製品・サービスは、技術を活用して提供される時代になっており、製品やサービスの差別化において先端技術の活用は不可欠となっている。技術系の人材の不足も深刻であり、昨今では、海外企業との人材獲得競争の中で、高い報酬を提示して優秀な技術系人材を獲得しようとする動きも広がっている。

DXに必要な人材としては、AIエンジニア等の技術系の人材が注目を集めることが多いが、技術系の人材のみでは、ビジネスモデルや組織の変革を伴うDXを実現することは難しい。先端技術に関する知見を持った人材の他にも、戦略系・ビジネス系の人材も非常に重要な役割を担っており、企業全体でDXを進めるためには、これらの人材がそれぞれの持ち場でそれぞれの役割を果たしながら活躍することがポイントとなる。


図表5. 日本企業がDXを進めるうえでの課題
図5

(出所)総務省「令和3年版情報通信白書」(2021年7月)


図表6. DXに必要な人材の分類と概要
図6

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人材の分類 概要
経営層
(トップマネジメント)
組織全体を方向付け、推進力を与える人材
(例)CEO、CDO(Chief Digital Officer)、DX担当役員等
戦略系の人材 経営層の意思決定を具体的な戦略に落とし込む人材
(例)アーキテクト、ストラテジスト等
ビジネス系の人材 ビジネス(具体的な製品・サービス等)の創造・革新を担う人材
(例)ビジネスプロデューサー、プロダクトマネージャー等
技術系の人材 先端技術を活用できる人材
(例)AIエンジニア、データサイエンティスト等

(出所)筆者作成

DXを担う人材の獲得・育成のポイント

前章に示したようなDX人材を、自社で獲得・育成しようとする場合のポイントとして、どのような点に留意すればよいのか。この問いに対する答えは容易ではないが、本稿では、特に以下の2つの点を指摘したい。

第1のポイントは、「実践を通じて育成する」ことである。変革を目的とするDXにおいては、取り組んだかどうかということよりも、実際に変革されたかどうかが重要である。よって、現実的な成果を生み出すためには、研修や教育以上に、やはり実践がカギとなる。DXに必要な基礎知識として、例えば先端技術やビジネス動向等に関する知識を習得したら、後は成果を生み出すために取り組み続けることそのものが、人材の育成につながる。

第2のポイントは、「興味・関心・自主性等の人材の内発的な動機を尊重する」ことである。新規ビジネスの創造や先端技術の活用等の高い能力・スキルが必要な人材の特徴として、自らの仕事に対して強い興味・関心を持つという点があげられる。自分自身の仕事に強い関心を持つからこそ、専門性を高めることにも意欲的になり、難易度の高い仕事にも積極的に挑戦する。これらの人材にとっては、自らの内にある関心や好奇心が、難易度の高い仕事に取り組むうえでのモチベーションとなるため、人材を活用する組織としては、これらの人材の内発的な動機を尊重し、それを損なわないように留意することがきわめて重要となる。

なお、この第2のポイントは、「組織がやりたいこと」と「人材個人がやりたいこと」を一致させることであるとも言える。個人の関心と組織の意向が異なるものとなった場合、高い能力やスキルを持つ個人は関心を失い、モチベーションが低下する可能性がある。先端技術系の人材を高い報酬で採用しても、すぐに離職してしまう事例等は典型例と言えるだろう。組織に対する忠誠心や貢献姿勢を過度に重視する従来型の組織では、内発的動機が重要なDX人材が活躍しづらいことがあるが、そのような組織文化は意図的に作り変えていく必要がある。

DXとは、厳しい未来での生き残りをかけた経営の問題である。しかし、高度な技術が求められ、経営層のみでは解決策を示すことが難しいがゆえに、現場の人材の力を最大限に引き出し、組織一丸となって取り組むことが必要とされる。様々な能力や専門性を高い水準で有する人材が、それぞれの持ち場で実力を発揮することで、組織の総合力として実現されるのがDXなのである。そのような意味で、DXを成功させるためには、個々の人材が持つ関心や能力を重視した経営がこれまでにない水準で求められると、筆者は考えている。

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