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■休廃業・解散を選択する企業は過去最多水準で推移
「中小企業は足腰を強くしないと立ちゆかなくなる」――。菅義偉首相は就任直後、日本経済新聞のインタビューでこう答え、中小企業の統合・再編を促進する考えを示した(注1)。コロナ禍によって受注や客足が途絶えたことにより、国内企業数の99.7%を占め、雇用の約7割を占める中小企業・小規模事業者の業績悪化は、深刻さを増している。政府の需要喚起策「Go Toトラベル」などの実施を受けて、ウィズコロナ時代の商機を探る動きもあるが、受注や客足の戻りはコロナ禍以前に程遠く、先行きを見通しにくい状況が続いている。雇用調整助成金の拡充など一連の企業支援策は、事業内容が比較的良い企業を一時的に助けるのには有効だが、影響が長期化すれば経済的ダメージは計り知れないものとなる。

実際、倒産する前に自ら休業や廃業を選択する企業が増えている。東京商工リサーチによると、2020年1~8月の休業や廃業、解散件数は3万5,861件となり、前年同期比で23.9%増加(注2)。20年通年では5万3,000件を超すペースで、これまで最多だった18年の4万6,000件を上回る可能性があるとされ、年末にかけて休廃業や解散がさらに増加することが見込まれる。

■持続的成長へ事業再編・再構築の動きが加速
感染症の専門家らを新たにメンバーに加えた政府の未来投資会議は、新型コロナが流行する社会の成長戦略を議論している。8月27日のヒアリング会合では、安倍晋三首相(当時)が「新たな仕事のやり方やビジネスモデルの変革をお願いする必要がある」と述べ、とりわけ事業再編・再構築について「コスト削減による収益回復ではなく、新たな日常に向けた事業ポートフォリオの見直しによって、長期的視点に立った日本企業の変革を進めていく必要がある」との考えを示した。菅義偉政権は年末に向け、具体的な政策の立案を進めている。

足元では、大手企業を中心に、不採算な事業の売却や撤退、ブランドや店舗の閉鎖といった構造改革を急いでいる。その背景にあるのは、経済産業省が7月末に発表した「事業再編実務指針」(注3)だ。この指針は、中長期的な企業価値の向上のためにコーポレートガバナンス・コードを補完し、企業が選択と集中を進めるため、競争優位性のない事業の売却を促す内容となっている。具体的には、企業に事業ごとの投下資本利益率(ROIC)を算出させることや、取締役会で年1回以上事業構成に関する議論を行う必要性を訴えている。指針の主な対象は、上場企業の中でも「多様な事業分野への展開を進め、多数の子会社を保有してグループ経営を行う大規模・多角化企業」を想定し、その中でも「市場や資金調達面でグローバル化を図り、グローバル競争の中で持続的な成長を目指す企業」を念頭に置いている。

一方、中小企業政策に関し、7月17日に閣議決定された政府の20年版成長戦略では、これまで掲げてきた「開業率が廃業率を上回る」との表現が削られた。経営環境の厳しさが増す中小企業に対して、統廃合を含めた新陳代謝を促し、社会全体の生産性向上を目指す方向への戦略転換といえる。「中堅企業に年400社以上が成長する」「1人当たり付加価値額(労働生産性)を5年で5%向上する」といった新しいKPI(成果目標)が盛り込まれ、大企業への組み入れや競合とのM&A(合併・買収)などによる規模の拡大へ注力する方針も明確化された。

もっとも、中小企業がより規模の大きな中堅企業に成長していくには、ウィズ/アフターコロナの時代を見据えた将来展望を描き、ビジネスモデル転換やサプライチェーン(供給網)・生産体制の見直しなどによって変革を起こす必要がある。具体的には、事業モデルや事業ポートフォリオの組み替え、財務構造の改善、経営資源の最適化と有効活用、新規事業の創造、イノベーションの基盤となる人材・技術への投資などだ。こうした施策を迅速かつ的確に実行し、変革のスピードを上げることができる中堅・中小企業は、日本経済の新たな担い手として育っていくに違いない。

■社会・経済正常化を見据えた2つの構造改革
業種を超えて多くの中堅・中小企業は、コロナ禍による社会・経済の制約や行動変容への対応を迫られているが、同時にコロナ以前から社会・経済が直面する構造的変化にも見舞われてきた(図)。いずれの課題も大企業だけで解決できるものではなく、日本の産業構造に大きな割合を占める中堅・中小企業の持続的成長なしには対処できない。中堅・中小企業が社会・経済の正常化後、中長期的な競争優位の源泉を獲得するためには、2つの構造改革を推進できるかどうかがポイントとなる。

1つめは、テレワーク環境の整備をはじめ、会議や営業活動、教育・研修や採用活動などのオンライン化や、ロボットを介した非対面・非接触サービスの提供といったデジタル技術導入・インフラ整備だ。コロナ禍による供給面での「サプライチェーン断絶」「サービス提供停止」や需要面での「対面サービス急減」「外出自粛や移動制限による商機蒸発」は、企業にデジタルシフトを加速させる契機となった。一方、コロナ禍以前からの構造的課題とされてきた労働力不足、低い労働生産性に対応する前提としても、デジタル技術を活用した業務効率化や生産性向上、DX(デジタルトランスフォーメーション)を通じた利便性の追求は不可欠なものとなっている。

コロナ後の社会・経済で競争優位性を確立するためには、変容していく社会や顧客のニーズを見据え、自社のビジネスモデルや製品・サービスの変革を進めて新たな需要を創出する一方、顧客インターフェースや業務基盤・プロセスの革新や、組織体制、企業文化・風土の刷新といった事業ポートフォリオ再構築を急ぐ必要がある。それらを支えるデジタル技術・DXのメリットを最大限引き出せるかどうかがカギを握ることは間違いない。

2つめは、危機対応力(レジリエンス)を持ち、不確実性の上昇に対応できる人材の確保・育成だ。ある程度、「予測可能な未来」と「予測不可能な未来」を峻別し、自ら描く予測可能な未来へ向けた活動を推進する一方、予測不可能なことが起きたときに冷静かつ柔軟に対処できる人材だ。新型コロナという未知のウイルスがもたらした未曾有の危機的状況といえる状況下において、その確保・育成が改めてクローズアップされている。コロナ後経済への将来展望を描き、構造改革を通じて変革のスピードを上げていくためには、(1)全社を俯瞰する立場の経営陣、(2)事業の現場に精通した事業執行者、(3)全社、事業の企画・管理を担うコーポレート部門――3者の立場を理解して明確な経営方針を打ち出すことができ、かつ危機対応力と不確実性への対応力を兼ね備えた人材の確保・育成、底上げは喫緊の経営課題と位置付けられる。

具体的には、いわゆる「ダイナミック・ケイパビリティ」(不確実性の高い世界で、環境変化に対応するために組織内外の経営資源を再結合・再構成し、進化する能力)を兼ね備えた人材だ。一般的に「ケイパビリティ」は経営学的な組織能力を指すが、ここで言う「ダイナミック・ケイパビリティ」は組織能力だけでなく個人の能力を包含すると解釈される(注4)。

ただし、そうした人材の確保・育成、底上げは一朝一夕にできるものではない。コロナ禍以前より指摘されてきたことだが、キャリアパスや目標管理・評価などの仕組みが整えられた環境で、必要な経験を一定期間蓄積しながら育成・選抜されることになる。さらにコロナ禍以後は、社会・経済が新たな日常へ移行していくなかで、デジタル技術などの新しい知見を絶えず獲得してもらう必要がある。このような人材の確保・育成は、明確な目的意思を持って取り組む必要があることから、中堅・中小企業の場合は1つのやり方として、「次世代を担う後継者が中心となって、より長期的な視点でビジョンを検討する」(注5)などの取り組みが考えられる。

■「投資体力の確保」と「加速の環境整備」が急務
中堅・中小企業が2つの構造改革を推進していくには、「投資体力の確保」と「加速の環境整備」が欠かせない。投資体力を確保するためには、既存の事業モデルや事業ポートフォリオの組み換えのほか、他社との提携・統合を通じた規模の拡大などによって、収益力を向上させる必要がある。

一方、構造改革を加速させる環境整備では、大きく分けて2つの観点がある。1つは、世代交代である。経営コンサルティングを手がけるドリームインキュベータは、今年6月の株主総会において創業者を含む経営陣が退陣した。5月時点では「コロナだから経験を積んだ経営陣で乗り切ろう」と、創業者と最高経営責任者(CEO)の取締役続投を発表していたが、株主総会直前に一転、「新型コロナウイルスの影響で急速に産業構造が変化する中、経営体制の世代交代を一気に進めるため」との理由で退任することになった。世代交代を進めたほうが危機対応力が高まるとの考え方によるものだ。

もう1つは、サステナビリティーへの取り組みだ。英金融大手HSBCのレポートによると、「長期を見据え、持続可能性を重視した戦略を持つ企業の方が、そうでない企業より、(新型コロナの)混乱の影響をうまく乗り切っていることを示す証拠がいくつかある」(注6)とし、社会の持続可能性に配慮した経営を実践することの有効性を示唆している。もちろん中堅・中小企業は、国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みや、社会的な関心が高まっているESG(環境・社会・企業統治)活動への対応義務を課せられているわけではない。しかし、サステナビリティー経営は、社会的な要請であることに加え、情報管理・セキュリティや環境などへの対応について、大手企業の場合は自社にとどまらずバリューチェーン上の取引先へも要求することが世界的な趨勢となっているため、中堅・中小企業も避けて通れない状況となっている。SDGsやESGへの取り組みは、企業文化・風土を変革したり、企業価値を向上させる推進力となり得る。

投資体力の確保は、これまで築き上げてきた経営基盤やリソースが前提となることから、中長期的な視点での取り組みが必要となる。一方、構造改革を加速させる環境整備は、世代交代にしてもサステナビリティー経営にしても、経営トップの意思によってすぐにでも前に進めることができるものである。いずれも経営トップの決断が、コロナ後経済における自社の優位性の確立を左右することになる。

注1:日本経済新聞「菅氏のインタビュー要旨」(2020年9月6日付朝刊)

注2:東京商工リサーチ「2020年1-8月「休廃業・解散企業」動向調査(速報値)」(2020年9月23日)
https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20200923_01.html

注3:経済産業省「ニュースリリース『事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~』を策定しました」(2020年7月31日)
https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200731003/20200731003.html

注4:『成功する日本企業には「共通の本質」がある~ダイナミック・ケイパビリティの経営学~』(菊澤研宗著、2019年3月27日、朝日新聞出版)

注5:みずほ総合研究所Web Highlights「ウィズコロナの事業承継に必要な中長期的『構造変革』への備え」(2020年8月25日)
https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/mhri/highlights/2020/08/20200825.html

注6:日本経済新聞「FINANCIAL TIMES『ESG実は高リターン』」(2020年7月15日朝刊)

(2020年10月9日)

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