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技術動向レポート

次世代・革新型蓄電池技術の現状と課題

蓄電池技術はどこに向かうのか?(2/6)

サイエンスソリューション部 チーフコンサルタント 茂木 春樹
グローバルイノベーション&エネルギー部 コンサルタント 佐藤 貴文
環境エネルギー第1部 チーフコンサルタント 吉田 郁哉

2.蓄電池適用先毎の技術的要求事項と現状

現在、様々な蓄電池が存在しているが、性能、特性、コストなどの観点からすべての用途に向く万能な蓄電池は現時点では存在しないことは既に述べた。ここでは、蓄電池の適用先として今後更なる普及拡大が期待される車載用および電力貯蔵用に注目して、蓄電池へ要求される性能や特性などの技術的な要求事項と現在の技術動向を、適用先毎に整理した。

(1)車載用蓄電池

車載用蓄電池としては、エンジンの始動や車室内の電力を担う目的で鉛蓄電池が古くから採用されているが、近年では駆動用としての蓄電池が搭載された車両が増加している。ここではEVやプラグインハイブリッド自動車(Plug-in Hybrid Electric Vehicle;PHEV)などの、モーターのみによる電動走行が可能な自動車に適用する蓄電池を対象として、技術的な要求事項と現状の技術動向について述べる。

[1] 技術的な要求事項

車載用蓄電池に要求される事項を以下にまとめる。ここに掲げた蓄電池の要求事項すべてに応えることが理想的ではあるが、すべてを満たす蓄電池の実現は現時点では見通せない。ただし、自動車はシステムとしてユーザーの利便性と安全性を確保すればよいため、他の手段によって蓄電池への要求事項を緩和することができる可能性がある。これら蓄電池以外の電動車に関係する技術動向にも注視する必要がある。

A.高いエネルギー密度

詳細は後述するが、電動車両の電力消費率(3)は走行抵抗に大きく依存し、走行抵抗の大部分は車重に大きく左右されることから、搭載される蓄電池の重量は可能な限り軽いことが望ましい。自動車に搭載される蓄電池の容量を維持して重量を軽くするためには、蓄電池の単位重量あたりの容量を大きくする必要がある。また、重量以外にも自動車内の限られたスペースになるべく多くの蓄電池を搭載しなければならないため、蓄電池そのものがコンパクトであることも必要である。そのためには、単位体積あたりの容量を大きくする必要がある。前者を重量エネルギー密度、後者を体積エネルギー密度といい、それぞれ蓄電池の研究開発目標として掲げられる重要な指標である。

B.充電時間が短い

ガソリンの給油と比較して、蓄電池の充電時間が長い傾向にあることは電動車の課題であることは周知の通りである。航続距離延伸を目的として搭載蓄電池の高容量化が進むにつれ、充電時間がより長くなってしまう傾向があることから、充電時間短縮のため更なる大電力による充電も検討されている。ただし、大電力による充電では発熱量が大きくなるため、蓄電池内部の抵抗を低減する必要がある。

C.温度変化が充放電特性に与える影響が小さい

蓄電池は化学反応を利用しているため、一般的に温度が低くなると性能が低下する。外気温より高い作動温度が要求される場合、起動時に加温などで時間がかかってしまうとユーザー利便性が低くなってしまう。また、高温になると蓄電池内部の副反応(劣化反応)が進行し、性能や容量が低下する場合もある。これらの課題を、冷却システムや充放電の制御によって解決する手段もあるが、ユーザーの利便性と安全性を確保するためには、蓄電池そのものが温度変化に対して今以上に強靭になることが望ましい。実際、CHAdeMOなどの現在の充電規格では充電時に蓄電池側の温度を監視しており、低温時と高温時で充電が停止される。

D.寿命が長い(サイクル、カレンダ)

自動車はユーザーによっては、10年以上使用される場合があり、使用期間中にユーザーの利便性が損なわれるレベルでの劣化が起きないことが望ましい(カレンダ寿命が長い)。長期間に渡って運用されると同時に、走行距離としては10万km程度使用される場合もある。走行時には、加速時は放電、減速時は充電などと負荷サイクルがかかっても、劣化量が小さいことが望まれる(サイクル寿命が長い)。

コストによっては、蓄電池の定期的な交換という手段も想定されるものの、安全性などを考慮するとユーザー自身が交換するより、専門の技術者による交換が望ましいため、少なくとも車検の期間まではユーザーの利便性が損なわれるレベルでの劣化が起きないことが求められるだろう。

E.コストが低い

現状では、蓄電池のコストが高いため、EVやPHEVは従来車より価格が高い傾向にある。特にEVでは蓄電池のコストが大半を占めているとされており、従来車と同等の価格とするためには蓄電池の低コスト化が必要となる。自動車を駆動させるための電源としては、蓄電池のセル(4)を複数直並列接続してモジュールを構成し、このモジュールを複数接続し冷却システムや制御システムまで含めたパックとする必要がある。現状では、これらセルとパックのコスト差も大きいとされており、この差分を小さくすることも重要である。自動車メーカー各社や各国の研究開発プロジェクトの目標としては、電池パックで約1万円/kWh以下が目安として掲げられている。

F.高い安全性の確保

衝突時に圧壊した場合、電池の内外で短絡が起きた場合においても、発火や爆発はもちろん、発煙などの異常が起こらないことが要求される。本質的な安全確保のためには、これらのリスクがない蓄電池が求められるが、適切な安全対策やシステムによる制御によって安全性を確保することも想定される。

また、車載用としては複数の蓄電池セルを直並列接続することから、各蓄電池セルの状態をリアルタイムに把握する技術が安全性確保や性能維持の観点から必要となる。

[2] 現状の技術動向

現在市販されている電動走行が可能なEVとPHEVの技術動向を調べるため、航続距離、搭載されている蓄電池容量、および車両重量に関する情報を抽出した。航続距離と蓄電池容量は、米国エネルギー省(Department of Energy; DOE)とアメリカ合衆国環境保護庁(United States Environmental Protection Agency; EPA)が共同で運営しているデータベースFuel Economy(5)から、2016年~2018年までの3年分のデータを抽出、車両重量は各社のカタログなどの公知情報から可能な限り抽出して、整理した。

図表1、図表2は、それぞれEVとPHEVにおける航続距離と搭載されている蓄電池容量の相関である。EVとPHEVで航続距離に大きな差異があるため、縦軸と横軸のレンジが異なるが、比率は揃えてグラフ化した。

図表1より、EVは搭載している電池容量と航続距離の関係が正の相関関係にあることがわかる。このことは、搭載される電池容量に比例して航続距離が長くなり、車両効率に大きな違いはないことを示唆している。これに対してPHEVでは図表2に示す通り、電池容量と航続距離の関係がEVと比較して相関性が低いことがわかる。また、図表1、2の傾きは電力消費率に相当するが、EVでは約5km/kWhであり、PHEVでは2~3km/kWh程度であることがわかった。これらのことは、PHEVはEVと異なり、電動走行だけでなくハイブリッド走行にも対応する必要があること、様々なタイプの車両が存在しており、搭載している蓄電池の容量が小さくても重量の大きい自動車があること、などが背景にあるものと考えられる。


図表1 EV の電池容量と航続距離の相関
図表1

  1. (資料)DOE Fuel Economy のデータをもとにみずほ情報総研作成

図表2 PHEV の電池容量と航続距離の相関
図表2

  1. (資料)DOE Fuel Economy のデータをもとにみずほ情報総研作成

このことを考察するために、車両重量と電力消費率の相関を取ったものを、図表3(EV)、および図表4(PHEV)に示した。双方とも車両重量が増大するにつれ、電力消費率が低下する傾向がみられた。

図表3をみると、EVは車両重量が1,800kg以上になると車両重量が増加するにつれて、電力消費率がほぼ線形に低下していることがわかる。電力消費率は走行抵抗に依存することは既に述べたが、走行抵抗は、[1]空気抵抗、[2]転がり抵抗、[3]加減速抵抗、[4]勾配抵抗によって決まることが知られており、このうち[2]、[3]、[4]は車両重量に比例する。蓄電池の搭載容量を単純に増加させると、現時点では車両重量の増加にもつながり、走行時の抵抗増大を招く結果、電力消費率の低下を招くこともあるだろう。蓄電池の重量エネルギー密度の向上は、同じ容量の蓄電池を搭載しても車両重量が軽くなることから、図表3で電力消費率が線形に低下している部分の傾きを改善する効果が見込める。


図表3 EV の電力消費率と車両重量の相関
図表3

  1. (資料)DOE Fuel Economy のデータ、各社カタログ値をもとにみずほ情報総研作成

これに対して図表4に示したPHEVでは、線形関係がみられなかった。この原因については、前述の考察通りPHEVではハイブリッド走行にも最適でなければならないことによる違いや様々なタイプの車両が存在していることが表れているものと考えられる。蓄電池の特性に注目して考察すると、ハイブリッド走行では出力が重視されることから、搭載されている蓄電池の容量が小さいPHEVでは、蓄電池そのものの出力密度を高める必要がある。一般的に、蓄電池の出力密度とエネルギー密度はトレードオフの関係にあることから、PHEVではハイブリッド走行に対応するためエネルギー密度を犠牲とし、出力密度を高めた蓄電池が採用されている可能性が高い。


図表4 PHEV の電力消費率と車両重量の相関
図表4

  1. (資料)DOE Fuel Economy のデータ、各社カタログ値をもとにみずほ情報総研作成

このことを確かめるために、EVとPHEVで採用されている蓄電池の重量エネルギー密度を抽出し、車両重量との相関を調べたものを図表5に示す。なお、重量エネルギー密度は、航続距離と同様のデータベースから抽出したものである。図表5より、車両重量が1,500kg程度を超える範囲では、PHEVに搭載されている蓄電池よりEVに搭載されている蓄電池の方が、重量エネルギー密度が高いことがわかる。これらの事実は、前述の考察と矛盾せず、EVとPHEVでは異なる諸元の蓄電池が使われていることがわかった。

ここでのデータ分析で得られた考察や示唆は、現状のEVやPHEVの技術動向の一面を捉えているものと推測されるが、自動車には様々な設計点が存在するため、個々の詳細な分析が必要であることも言及しておきたい。特にEVやPHEVは、まだ普及の初期段階であり、挑戦的な設計による自動車も含まれていることも想定される。


図表5 EV とPHEV に用いられている蓄電池の重量エネルギー密度比較
図表5

  1. (資料)DOE Fuel Economy のデータをもとにみずほ情報総研作成
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