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技術動向レポート

肺がん検診におけるAI(人工知能)実用化に向けた福島県立医科大学との共同研究(2/2)

情報通信研究部
主席コンサルタント 永田 毅 チーフコンサルタント 佐野 碧 コンサルタント 岩渕 耕平
社会政策コンサルティング部
課長 山崎 学 調査役 井高 貴之

3.AIを活用したX線画像からの異常検知(過去症例を用いた後ろ向き精度評価)

本研究を始めるに当たり、まず先行研究についての論文調査を行い、精度の検証を行った。論文調査の結果、胸部X線画像を対象とし、AIで肺がんを検知する研究は見つけることができなかったが、肺疾患(結節、結核、肺炎、気胸等)を検知する研究がいくつか見つかった。そこで、X線画像における見え方が比較的肺がんに近い結節を対象として、論文を調査した結果、複数の先行研究の中から、NIH(NationalInstitutes of Health、アメリカ国立衛生研究所)のChest X-rayデータセット(10万枚)を教師データとして利用し、ディープラーニングの一種であるDenseNetを改良した手法で学習した研究(12)が最も良い精度(AUC=0.78)を示していたため、当該論文(12)を精度検証における先行研究の対象として選定した。なお、AUCとは、ROC曲線(横軸に偽陽性率(陰性データを陽性と予測した率)、縦軸に真陽性率(陽性データを陽性と予測した率)を取ったもの)の面積であり、0から1の値を取り、1に近いほど精度が高いことを示す。さらに、この手法は、図表3に示すように、異常の尤度を可視化することが可能であり、AIが異常と判断した箇所について目視で確認することが可能である。

我々はまず、文献(12)のネットワーク構造に相当するプログラムを開発し、結節を対象としてNIHのChest X-rayデータセット(10万枚)に対して学習を行い、論文で示された精度が得られることを確認した。そして次に、図表4の2つの学習ケースについて、肺がん検知の精度比較を行った。検診データについては、両ケースともImageNet(13)によるtraining結果を初期値とし、最終的な学習は福島保健衛生協会から提供を受けたデータ(正常401枚+肺がん疑い452枚=853枚)で行ったが、ケースAは間にNIHデータ(10万枚)によるpre-trainingを行った。なお、いずれのケースも、X線画像に対しては、輝度分布の平均と分散を一致させる標準化を行い、画像間の輝度のばらつきを吸収する前処理を行った。

図表5に交差検定における精度検証の結果について示す。ケースBの方が高い精度が得られており、先行研究の結節の結果(AUC=0.78)に匹敵する精度が得られている。またNIHデータによるpre-trainingは、今回のケースでは逆効果であることが分かる。一般的に、ディープラーニングで高い精度を得るためには、大量の教師データが必要であり、NIHのChest X-rayデータセット(10万枚)は、本研究のデータ不足を補う目的で利用したものであるが、NIHのデータには、新旧様々な機器で撮影したデータが含まれており、撮影環境や受診者の姿勢が一様でないため、同一機種・同一環境で撮影された福島保険衛生協会のデータと相性が良くなかった可能性がある。よって、今後実用化に向けて、機種・撮影環境・受診者の姿勢等のバラつきを前処理で吸収し、一定の精度を保証することが課題の1つになると考えている。

また、今後の精度向上に向け、質の高い国内の検診データをさらに収集し、教師データの母数を増やしていくことが有効と考えており、既に、福島県立医科大学付属病院、福島県立医科大学会津医療センター付属病院から提供を受けるなど、データ拡充を進めている。一方で、肺がん検診において肺がんと診断される比率は1%を大きく下回るため、陰性データと比較して陽性データは圧倒的に母数が少ないのが実情である。よって、今後は、陽性データ不足を補うデータ拡張技術も必要になると考えられる。

まとめると、今後、我々は本研究の実用化にむけて、

  • より肺がん検知に適したディープラーニングのネットワーク構造の検討。
  • 質の高い国内の検診データをさらに収集することによる、教師データの拡充。
  • 機種・撮影環境・受診者の姿勢等の違いを前処理により吸収する技術の検討。
  • データを幾何学的に変換し教師データの母数を水増しするデータ拡張技術の検討

等の様々な工夫を組み合わせて精度向上を果たしていく予定である。

図表3 改良DenseNet による異常検知例(肺炎)(12)
図表3

  1. (資料)文献(12)よりみずほ情報総研作成

図表4 学習ケース
図表4

  1. (資料)みずほ情報総研作成

図表5 交差検定による精度検証結果
図表5

  1. (資料)みずほ情報総研作成

4.おわりに

我々は、AIによる肺がん検知について、従来適用されていなかった胸部X線画像を用いてその精度を検証し、他の肺疾患(結節)と同程度の精度が得られることを確認した。実施方法・算出方法によってかなりの差があるが、胸部X線の肺がん検診における読影医の感度(陽性のうち検査で陽性とされた割合)は0.63~0.88、特異度(陰性のうち検査で陰性とされた割合)は0.95~0.99とされている(14)。我々の精度(図表5)と比較すると、感度は読影医に近い精度が実現できていることが分かる。特異度は読影医と比較すると精度が低いが、ケースBの結果(特異度0.75)は、正常データの75%は正常と判断できることを示しており、今後さらなる精度向上を達成できれば、医師の負担軽減に大きく貢献できる可能性があると考えている。

本研究は、肺がん検診において広く利用されている胸部X線検査においてAIを活用する点に大きな意義があり、本研究の実用化を果たすことで、肺がん検診の有効性の向上および受診率の向上につなげていきたいと考えている。さらに、肺がん検診におけるAIの有用性を福島県発の業績として世界へ発信し、他地域での活用も促すことで、我が国の肺がんの早期発見および治療に少しでも貢献していきたいと考えている。

謝辞

本共同研究では、福島県立医科大学 呼吸器外科の鈴木 弘行教授、樋口 光徳准教授に多大なご協力とご指導をいただきました。ここに感謝の意を表します。また、貴重な検診データをご提供いただいた福島保健衛生協会、福島県立医科大学付属病院、福島県立医科大学会津医療センター付属病院に心から感謝いたします。

  1. (1)http://www.ciesin.org/IC/who/MortalityDatabase.html
  2. (2)https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/index.html
  3. (3)肺がん検診におけるAI実用化に向けた共同研究を開始
  4. (4)Sakai, Yoshimasa, et al. “Automatic detection of early gastric cancer in endoscopic images using a transferring convolutional neural network.” 2018 40th Annual International Conference of the IEEE Engineering in Medicine and Biology Society (EMBC). IEEE, 2018.
  5. (5)https://www.olympus.co.jp/news/2019/nr01157.html
  6. (6)Misawa, Masashi, et al. “Accuracy of computeraided diagnosis based on narrow-band imaging endocytoscopy for diagnosing colorectal lesions: comparison with experts.” International journal of computer assisted radiology and surgery 12.5 (2017): 757-766.
  7. (7)浜本隆二.“人工知能技術を用いたがんの本態解明及び診断・治療への応用.”日本分子腫瘍マーカー研究会誌 34 (2019):16-18.
  8. (8)Ishioka, Mitsuaki, Toshiaki Hirasawa, and Tomohiro Tada. “Detecting gastric cancer from video images using convolutional neural networks.” Digestive Endoscopy 31.2 (2019): e34-e35.
  9. (9)影山昌広,外:新しい畳み込みニューラルネットワーク設計法を用いた肺がんCT 検診向け結節検出CAD システム,第75回日本放射線技術学会総会学術大会(2019.4)
  10. (10)https://www.konicaminolta.com/jp-ja/newsroom/topics/2019/0410-02-01.html
  11. (11)https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00509541
  12. (12)Rajpurkar, Pranav, et al. “Chexnet: Radiologistlevel pneumonia detection on chest x-rays with deep learning.” arXiv preprint arXiv: 1711.05225 (2017).
  13. (13)http://www.image-net.org/
  14. (14)https://ganjoho.jp/med_pro/pre_scr/screening/screening_lung.html
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