ページの先頭です

技術動向レポート

ロケット技術開発レビュー

月への旅行が身近になる時代は来るか?(1/2)

サイエンスソリューション部 コンサルタント 今野 彰

1.はじめに

2018年に大手旅行代理店が実施した調査(1)によると、「宇宙旅行が実現されたら、行ってみたいですか?」という設問に対し、約64%が「行きたい」と回答している。この調査が実施されたのは、ちょうどアメリカの新興企業が民間月旅行計画を発表し、その最初の搭乗者に日本人実業家が選ばれた(2)ことで話題になった時期ということもあり、多くの人々が宇宙旅行に興味を示した。また先ほどの設問で「行きたい」と回答した人のうち半分が、宇宙旅行をするならば「月」へ行きたいと答えている。1969年にアメリカのアポロ11号が人類初の月面着陸を成功させた日から50年経ったが、今なお人々は「月」に対し憧憬の念を抱いていることが伺える。一方で、「宇宙旅行に行くとしたら、いくらなら旅行を検討しますか?」という設問に対しては、70%近くの人が「100万円未満」と回答している。

周知の通り、現状では100万円で月へ旅行するのは難しい。例えば、1960年代のアポロ計画では現在の価値にして約13兆円が費やされたと言われている(3)。また、過去にNASAがロシアからソユーズへの搭乗を購入した際には約90億円を支払ったとされている(2)。いずれにせよ現に宇宙へ旅行するならば、理想の1万倍近く、あるいはそれ以上の費用がかかることになる(4)

月へ旅行するにしろ、人工衛星を打ち上げるにしろ、宇宙への唯一のアクセス手段はロケットである。かつてのロケット開発は国が主導して進めてきたが、現在は国内外の多くの民間企業がロケット開発に参入し、低コストでも高性能なロケットを開発している(5)(6)(7)。ロケット開発には多くのノウハウが必要だが、民間企業がロケットを開発できるようになったのは、基本に則って、足元から技術を固めてきた結果であると考えられる。そこで本稿ではこの技術に重きを置き、ロケット分野でよく見かける基本原理や専門用語を分かりやすく網羅的に解説した。より詳細な内容についても注釈を付したので、適宜参照されたい。本稿により、近年のロケット開発・打ち上げのニュース記事が、技術の観点から理解できることとなるだろう。

2.ロケットの原理

まず初めに、「ロケットが飛ぶ原理」、「ロケットに必要な速度」、「ロケットが速度を生み出す仕組み」というロケットの基本的な物理について触れることにしよう。

そもそもなぜロケットは飛ぶのだろうか。これは「大量の燃焼ガスを進行方向と逆向きに高速で噴射するから」で、身近なもので例えるならばジェット風船と仕組みは同じである。ジェット風船は、ゴム風船が縮む際、中の空気が出口へ押し出されることによって、その反動で飛ぶことができる。ロケットも同様で、燃料を燃焼させることによって発生する大量の燃焼ガスを噴射口(以下、ノズルと呼ぶ)から高速で噴射させることで、反動によりロケットは速さを獲得し飛ぶことができる。

では、ロケットを宇宙へ飛ばすためにはどの程度の速さが必要だろうか?これは、「ロケットが地球に落下せずに周回するためにはどの程度速さが必要か?」とも言い換えられる。これは、地球を周回する物体に働く「遠心力」と、その物体を引っ張る力である「地球の重力」の釣り合いから求めることができる。2つの力が釣り合うためには物体は秒速7.91km(時速に換算すると約28,400km)の速度が必要であり、宇宙へ行くためには想像を絶するほど高速である必要があることが分かる(8)

次に疑問に思うのは、秒速7.91kmという途方もない速度を生み出すためにはどうすれば良いか、である。先述した通り、ロケットが飛ぶのは「大量の燃焼ガスを進行方向と逆向きに高速で噴射するから」であるが、「どの程度の量のガス」を「どの程度高速に噴射」すべきだろうか。ロケットがそれだけの速さを持つには、ガスの噴射速度も同程度(秒速約3~4km)必要である。この速度は噴射ガスの音速を超えた「超音速」であり、この超音速を生み出す仕組みが、ノズルの形状にある。様々なロケットのノズル部分を観察すると、ラッパのような形状をしていることが分かる。通常、このような先が広がった形状の管に(低速の)ガスが流し込まれると、出口へ行くにつれて減速される。しかしここに超音速のガスを注入すると、この現象が逆転し、ガスの速度がさらに加速されることが知られている(9)。このような直感に反する物理現象を利用することで、ガスを高速に噴射させるのである。

そして必要な噴射ガスの量だが、ある時間ごとに噴射されるガスの量が多いほど(すなわち燃料が大量に消費されるほど)、より速いスピードでロケットを打ち上げることができる。したがって、打ち上げ前(燃料の消費前)と打ち上げ後(燃料の消費後)のロケットの重量の比と、打ち上げ後のロケットの速度には相関関係があると言える。この関係を定式化したのが「ツィオルコフスキーの公式」と呼ばれるもので、ロケットの分野において最も重要な基本式として知られている(10)。なおツィオルコフスキーとは、この式を1897年に導出したロシアの科学者コンスタンチン・ツィオルコフスキーの名前から取られている。

以上がロケットの基本物理だが、本節の最後に、ロケットエンジンの能力にかかわる用語を整理する。まずロケットを飛ばすための重要な要素は、燃焼して発生したガスの「噴射量」と「噴射速度」であった。これら2つを掛けたものが「推力」と呼ばれ、その名の通り、ロケットを推し進めるための力の大きさを意味する。また「噴射速度」を地球に働く重力の強さ(重力加速度という)で割ったものが「比推力」と呼ばれる。比推力は、ある量の燃料を燃焼させた時に生じる推力を維持できる時間を意味し、いわゆる燃費に相当する量である。推力も比推力もその数字が大きいほど、より性能の良いロケットを意味する。そしてツィオルコフスキーの公式で出てきた打ち上げ前後のロケットの重量の比を「質量比」と呼び、燃料以外のロケットの機体などの軽さ(質量比が大きいほど機体が軽い)を表す。現在使われている多くのロケットの質量比は6~20で、これはロケットの全重量のうち83~95%と殆どが燃料で占められていることになる。

3.ロケットの構造

前節でロケットの原理を理解したところで、本節ではロケットを宇宙へ飛ばすためのシステムを見てみることにする。まず前提として、航空機とロケットではエンジンの仕組みが違う。どちらもエンジンで燃料を燃焼させることで空中を飛行することに変わりはないが、燃焼させるために必要な酸素の取り込み方が異なる。航空機のジェットエンジンは周囲にある空気を取り込んで燃料を燃やすが、同じ仕組みをロケットに適用すると、空気の少ない宇宙では燃料が燃やせない。したがってロケットには燃料の他に酸化剤と呼ばれる物質も積載され、この酸化剤をロケットエンジン内部で燃料と混合させて点火すれば、宇宙でも燃焼させることができる。この燃料と酸化剤をまとめて「推進剤(あるいは推進薬)」と呼ぶ。

では、日本の基幹ロケットであるH-IIBを参考に、ロケットの構造を詳しく見てみよう。先の尖った頭の部分は「フェアリング」と呼ばれ、ここに人工衛星などの宇宙に運びたいものが格納される。この宇宙に運びたいもの(もしくはその重さ)のことを「ペイロード」といい、ロケットの打ち上げ能力を表す指標となる。フェアリングより下は主にエンジンと推進剤で構成され、H-IIBではロケットが2段に分かれている。2節で登場した「ツィオルコフスキーの公式」によると、仮にロケットが1段だけだと大量に推進剤を積載しないと宇宙へ行くことができないことが分かっている。これでは効率が悪いため、ロケットを2段に分けて、まず1段目のエンジンを使って推進し、1段目の燃料を使い切ったところでそれを切り離すことでロケットを軽くする(質量比を上げる)。その状態で2段目のエンジンを使えば、ロケットは効率良く速度が得られる。これを「多段式ロケット」と呼び、現在運用されているロケットはほぼ全て多段式ロケットで、その多くは2段、あるいは3段である。

第1段主エンジンの部分にはノズルが2つ付いているが、これはLE-7Aというロケットエンジンが2基並んでいる。このように複数のエンジンを束ねたロケットのことを「クラスターロケット」という。クラスターロケットは、性能が安定し且つ信頼性の高い小型のロケットエンジンを束ねているため、大型ロケットエンジンを1つ作るより費用と開発期間を削減できるメリットがある。

また第1段部分には、「液体水素タンク」と「液体酸素タンク」があり、それを取り囲むように4つの「固体ロケットブースタ」が配置されている。ロケットエンジンは、推進剤が液体か固体かによって「液体燃料ロケット」と「固体燃料ロケット」の2種類に分かれる。液体燃料ロケットでは、液体水素などを燃料、液体酸素などを酸化剤として別々のタンクに貯蔵し、エンジン内部の燃焼室で両者を混合、燃焼させることで、大量の燃焼ガスを発生させて推力を得ている(11)。一方固体燃料ロケットは、燃料と酸化剤が粘土のような状態で混ざっていて、これを燃焼させている(なお、この状態は花火の火薬と同じなので、原理的に固体燃料ロケットはロケット花火と同等であると言える(12))。液体燃料ロケットと固体燃料ロケットの特徴、燃焼方法、長所と短所を図表1に整理した。

以上でロケットの構造を概観したが、ロケットの物理と同様、構造もシンプルに見える。しかし液体燃料の燃焼方法や固体燃料の製造方法などで、先人による様々なアイディアやノウハウが凝縮されていて、これがロケット打ち上げ成功の鍵を握っているのである。

図表1  液体燃料ロケットと固体燃料ロケットの特徴、燃焼方法、長所と短所
図表1

  1. 各種資料に基づきみずほ情報総研により作成
  • 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
  • レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。全ての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。

関連情報

この執筆者はこちらも執筆しています

2019年1月15日
衛星データと宇宙が、もっと身近に
ー衛星データを活用したビジネスの現状ー
ページの先頭へ