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社会動向レポート

人間の能力を拡張する期待の技術

人間拡張:Augmented Human(1/3)

経営・IT コンサルティング部 川瀬 将義

1.はじめに

近年、「人間拡張(Augmented Human、オーグメンテッド・ヒューマン)」という言葉を耳にする機会が増えているのではないだろうか。人間拡張は一言で表すと「人間の能力を補完・向上する、あるいは新たに獲得するための技術」であり、様々な社会課題を解決する効果をもたらすと期待が集まっている。人間拡張の代表的なアプリケーションであるパワーアシストスーツ*1(人体の動きをサポートする装着型の装置)は、運動能力を向上することで荷物を運搬する際の負担を軽減し、作業時間を短縮できるなど、一人一人の生産性向上や労働力不足を解消する効果が期待されている。また、けがや老化などにより喪失/低下した能力を補うことで、自立した生活の支援、それによる医療・介護費を低減する効果も期待される。

人間拡張の発展を支える要素技術には、ロボット、センサ、通信、AI*2、VR*3/AR*4/MR*5、ハプティクス*6(振動や力などで人間の触覚を疑似的に再現する技術)などが挙げられる。これらの要素技術の組み合わせにより、従来よりも人間と一体化したデバイスが作製できるようになった。例えば、義手/義足やロボットアームなどは、ロボット、センサ、通信、ハプティクスを組み合わせることで、搭載したセンサにより取得した触覚情報を身体に伝達・体感させ、あたかも自身の手や腕のように扱えるデバイスになりつつある。特に、ハプティクスの技術革新は、人間に「デバイスとの一体感」を感じさせることに大きく貢献している。デバイスの存在の煩わしさを軽減させ、人間がデバイスの機能を自身の能力のように扱うことを可能とするハプティクスは、人間拡張の発展において重要な要素技術となっている。

一方、人間拡張の活用場面は「人間拡張がもたらす効果」に応じて様々である。また、その効果は人間拡張のアプリケーションや組み合わせる要素技術に応じて多岐にわたり、画一的に示すことは難しい。しかし、効果の整理・類型化を行うことは、人間拡張の適用範囲や活用方法の検討を可能とするため重要であると考える。

本稿では、最初に人間拡張を定義・分類し、人間拡張の全体像を把握する。続いて、「デバイスとの一体感」を向上する取組みを紹介し、人間拡張を実現する技術の現状について論じる。その後、「人間拡張がもたらす効果」を整理・類型化し、今後の人間拡張の適用範囲や活用方法の可能性、人間拡張への期待について述べる。

2.人間拡張の定義・分類

(1)人間拡張の定義

一般に、人間拡張には明確に確立された定義はなく、文脈に応じて様々な技術が該当する。東京大学の暦本純一教授は、人間拡張を「人間の能力をテクノロジーによって自由に増強・拡張させる技術」と説明し、人間拡張の究極の姿を「人機一体」としている*7。「人機一体」は人間と機械の一体化のことであり、テクノロジーを活用した機械が人間と一体化し、能力を自由に増強・拡張することが人間拡張と言えよう。

一方、国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研と称する。)の人間拡張研究センターは「人間拡張とは、人に寄り添い人の能力を高めるシステム」と説明している*8。「人に寄り添う」とは人間に違和感を覚えさせないことを含んでおり、人間に一体感を感じさせるシステムにより人間の能力を高めることが人間拡張の1つの重要な要素と言えよう。

このように人間拡張の定義は様々な観点で述べられているが、共通して指摘されているのは、「人間とデバイスの一体化」、「人間の能力の拡張」の2つである。ここで言う「デバイス」とは、先述した人間拡張の要素技術(ロボット、センサ、通信など)を組み合わせたテクノロジーやシステムのことである。現状のデバイスは機械的なものが中心であるが、将来的には細胞やタンパク質などを材料として用い、より人間との一体化を促進する人間拡張も検討されており、機械的なデバイスに限定されるわけではない点も指摘しておく。また、ここで言う「能力の拡張」は、「人間拡張がもたらす効果」の観点から、「能力を補完・向上する、あるいは新たに獲得する」と整理することが出来る(詳細は4章を参照)。

以上をふまえ、本稿では人間拡張を「デバイスが人間と一体化し、人間の能力を補完・向上するための技術、あるいは新たに獲得するための技術」と定義した。

(2)人間拡張の分類

人間拡張において「人間の能力を補完・向上する、あるいは新たに獲得する」方法としては2つのアプローチがある。1つは人間の器官(運動器、感覚器など)が持つ能力を拡張する方法で、本稿では「身体の拡張」とする。もう1つは人間を物理的な身体から解放し、新たな身体(ロボットなど)との感覚共有や操作を行う方法であり、「存在の拡張」とする。

図表1に、「身体の拡張」と「存在の拡張」を整理した結果を示す。


図表1 人間拡張の分類
図表1

  1. (資料)みずほ情報総研作成

[1] 身体の拡張

身体の拡張は人間の器官に応じて分類できる。現状、人間拡張の対象となる器官は、1)運動器、2)感覚器、3)脳(神経系)、がほとんどである。呼吸器、循環器、消化器などの能力を拡張するデバイスも存在するが、能力が喪失/低下した器官を代替する医療機器としての側面が強いため、図表1では4)その他に分類している。

1)運動器

運動器はロボットに例えると、エネルギーを物理的運動に変換するアクチュエータに相当し、運動器の拡張とは人間の運動能力を補完・向上、あるいは新たに獲得する技術である。アプリケーションとしてはパワーアシストスーツ、義手/義足などがある。パワーアシストスーツは重量物を運搬する際に腰の負担を軽減するなど力仕事の支援を主な目的とし、介護や物流などの分野で活用されている。義手/義足は失った四肢を代替する人工四肢であり、従来は力加減の調節や意図した動作を行うための長期間のリハビリや訓練が必要であった。しかし、ハプティクスや筋電位測定・分析技術などの研究開発の進展により、義手/義足が触れた感覚を触覚として身体に伝達することなどが可能となりつつあり、利用者の利便性やQOL(Quality of Life)の向上が期待されている。

2)感覚器

感覚器はロボットに例えるとセンサに相当し、感覚器の拡張とは人間の五感を補完・向上する、あるいは新たな能力を獲得する技術のことである。

現状、人間拡張が検討されている主な対象は視覚器及び聴覚器である。視覚器を拡張するアプリケーションにはメガネ、コンタクトレンズ、スマートグラス、AR/MR グラスなどが挙げられる。スマートグラス、AR/MR グラスはメガネ型の機器で、メガネのレンズ部分がディスプレイを兼ねており、現実と重ねてデジタル情報を表示できる。周辺環境を認識するセンサがないものをスマートグラス、センサがあるものをAR/MR グラスと呼ぶ。スマートグラスは機能がデジタル情報の表示のみに制限されている代わりに軽量という利点がある。一方、AR/MR グラスはある程度の大きさ・重量があるものの、現実の世界で見た物体を識別し、その上に情報を重ねて表示できるなど、より複雑な機能を有している。

聴覚器を拡張するアプリケーションには補聴器や人工内耳などの医療機器が挙げられる。なお、スマートグラスの中には音声ガイド機能を搭載した機種も存在しており、これは聴覚器を拡張したアプリケーションと言える。

触覚器、嗅覚器、味覚器の拡張は[2] 存在の拡張における感覚共有(遠隔地でにおいを感じるなど)のための要素技術としての側面が強い。

3)脳(神経系)

脳の能力に関しては解明されていない部分が多く、かつ、脳波や脳血流変化などの脳情報の取得には大掛かりな装置が必要な場合もあり、技術的なブレイクスルーが望まれている。

実際に活用されつつあるアプリケーションとしては、脳情報モニタリング学習/訓練が挙げられる。これは、脳情報を取得してAI で分析することで、集中や記憶など、自身の半ば無意識的な状態を把握し、学習や訓練を効率化するものである。自身の集中具合や学習の効率を記録できる「Effective Learner*9(株式会社ニューロスカイ)」や、集中力を高めるゲーム「GLOWMASTER*10(PlaytoHoldings Inc.)」など、実際に製品として販売されているものもある。

脳の機能である認知能力、学習能力、記憶力、他器官の制御力などの拡張に向けた研究開発も進められており、今後の展開に注目したい。

4)その他

呼吸器、循環器、消化器などの能力を拡張する技術も存在する。よく知られたものとしては、医療機器である人工心臓や人工呼吸器などが挙げられる。

医療機器以外では、ソニーコンピュータサイエンス研究所と東京大学暦本研究室が共同開発した、無発声音声装置「SottoVoce*11」が挙げられる。これは発声せずに話した際の口腔内の動きを顎の下に取り付けた超音波イメージングプローブ*12で計測し、AI で解析して発声内容を復元するものである

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デジタルコンサルティング部03-5281-5430

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