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技術動向レポート

都市の動きを丸ごと予測できるか?データとシミュレーションの活用(1/3)

サイエンスソリューション部 課長 小坂部 和也

1.はじめに

本稿の執筆はCOVID-19の緊急事態宣言解除後の2020年6月に行ったが、毎日の感染者数だけではなく、主要駅周辺の人出が、感染拡大前や緊急事態宣言前と比較して、どの程度増えた、あるいは減ったという報道を見ることが増えた。このような報道で示された元のデータは主に通信会社が保有するものであり、利用者の通信と位置情報を紐づけて、個人の特定がされないよう、統計分析されている。現在はカーナビだけでなく、徒歩や自転車の移動にも、スマートフォンの地図アプリを使う人が増えている。多くの人が、地図アプリ、あるいは位置情報を使って、便利さを享受する機会が増えたと言えよう。これは、多くのデータが通信会社に蓄積されるとともに、異なるデータが相互に関連づけられていることの裏返しでもある。では、2020年12月の主要駅周辺の人出を予想できるか。これは非常に難しい問いである。そもそも国内、海外ともに感染者の今後の増減が予想しにくい上に、その時、あるいは直前の気候の状態、景況、政治判断、渡航者の制限の有無、そして程度や、例えばリモートワークの浸透度合い等、様々な要因が複雑に関連する。この関連が定性的、定量的に説明できるようなモデルができれば、将来的に予測ができるかもしれない。

多くのデータを用いて予測を行う代表的なものは、天気予報であろう。各地で観測された過去のものも含めた大量のデータに加えて、物理モデルも併せて予測が行われる。様々な理論式を基に、天気に関する現象を把握するための物理モデルが考案され、その物理モデルとデータを組み合わせることで、予測の精度の向上が図られている。当然だが、日本各地の天気を予測する際に、同じ土地や天気の状態をそのまま作ることはできない。そのため、コンピュータの中で仮想的に土地や天気の状態を設定するとともに、様々な物理モデルを組込むことで、未来の状態、天気を予測している。気象分野ではこれまで長きに渡って研究開発や検証が行われ、予測に関わる主要な物理現象の要素が定性的、定量的に関連づけられ、結果として物理モデルとして構築、更新されるとともに、大量のデータと組み合わせて予測に用いられているのである。本稿では、物理モデルを使ってコンピュータの中で行う科学の実験を、物理シミュレーションと呼ぶ。ここでは物理シミュレーションの適用例として気象を挙げたが、自動車、航空、船舶、電機、産業機械、建設、エネルギー、製薬等、非常に多くの分野で、製品、設計、生産等の用途に物理シミュレーションが活用されている。

本稿では、国土交通省による「データ」に関連する最近の取り組みと、そのデータと「物理シミュレーション」を組み合わせてインフラや都市の設計や維持管理の高度化を目指す一例について紹介したい。

2.データを活用した国土交通分野のデジタルツインの実現に向けて
―国土交通データプラットフォーム―

冒頭で、位置情報について簡単に触れたが、多くの位置情報を保有している国土交通省による「データ」に関連する最近の取り組みについてまず紹介する。いわゆる公共工事と聞くと、大きな実際の建造物、例えばダムや道路、橋などを思い浮かべて、デジタルとは離れた印象を持つ人も多いだろうが、近年デジタル化に大きく舵を切っている。その代表的な取り組みの一つが、国土交通データプラットフォームである。国土交通省においては、位置情報を含めた多種多様なデータを連携して、施策の高度化や産学官連携によるイノベーションの創出を目指す試みとして、国土交通データプラットフォームの整備計画を2019年5月に策定し、プラットフォームの構築を進めてきた(1)

この計画では、国土交通省が多く保有するデータと民間等のデータを連携し、フィジカル(現実)空間の事象をサイバー空間に再現するデジタルツインにより、業務の効率化やスマートシティ等の国土交通省の施策の高度化、産学官連携によるイノベーションの創出を目指すことを目的としている。国土交通データプラットフォームの将来の機能として、以下の3つが挙げられている。

  • 3次元データ視覚化機能
    国土地理院の3次元地形データをベースに、3次元地図上に点群データ等の構造物の3次元データや地盤の情報を表示する。
  • データハブ機能
    国土交通分野の多種多様な産学官のデータをAPI (Application Programming Interface)(2)で連携し、同一インターフェースで横断的に検索、ダウンロード可能にする。
  • 情報発信機能
    国土交通データプラットフォームのデータを活用してシミュレーション等を行った事例をケーススタディとして登録・閲覧可能にする。

国土交通省資料(1)より引用

国土交通データプラットフォームで扱うデータは、地図・地形、気象、交通(人流)、施設・構造物、エネルギー、防災等多岐に渡り、活用が想定される分野としては、MR 技術、自動運転、防災シミュレーション、観光・レジャー、バリアフリー、維持管理、スマートシティ等で挙げられる。国土交通データプラットフォームは、その中で全てのデータを保有するのではなく、各種のデータベースをAPI で連携、ダウンロードできるような仕組みが検討されている。

2020年4月には「国土交通データプラットフォーム1.0」が一般公開された(3)(4)。Web ブラウザにより誰でも無料でアクセスすることができる。画面の例を図表1に示す。画面右側に地図が表示され、画面左側でどのデータを地図と併せて表示させるかをユーザーが選択できる。図表2の例は点群データを3次元的に可視化したものである。このように、データをWeb ブラウザ上で地図情報と併せて可視化するだけでなく、ダウンロード等の操作を行うことができる。現在利用できるデータは、国や地方自治体が保有する橋梁やトンネル等の社会インフラ施設の諸元データや、全国のボーリングデータ等計22万件である。このように、国土交通省が保有するデータ、具体的には位置情報とデータの内容を組み合わせて地図上に可視化することで、利用者にわかりやすく見せるだけでなく、その後にダウンロードなど、利用できるよう整備が進められている。

国土交通省は、まず今年度末には国土に関するデータを連携したプラットフォームの構築を目指し、2022年度末には国土、経済、自然現象等に関するデータを連携した統合的なプラットフォームの構築を目指している。さらに、次のような出口戦略を掲げている。

  • i-Construction(5)によるスマートインフラ管理を加速するため、地形・地盤情報、インフラ台帳(2次元・紙)等を使って、インフラ全体の3次元モデルを作成するためのデータ連携の技術を開発
  • 共通中間データ(Common-Modeling-Data)を介して様々なデータを統合的に活用し、ニーズに合致したモデルを構築
  • 次世代スパコンによる解析やAIの活用により、自動施工、地震倒壊解析、老朽化予測アセットマネジメント等に活用(オープンイノベーション)

国土交通省資料(4)より引用

単に地図上でデータを可視化して、ダウンロードするだけではなく、そのデータを活用することが今後のターゲットとされていることがわかる。また、「様々なデータの連携」、「インフラ全体の3次元モデルの作成」、「ニーズに合致したモデルの構築」の技術を確立して、物理シミュレーション等に繋げることが重要であると言える。

この国土交通データプラットフォームの取り組みについて着目したい点が2点ある。まず、現状では国土交通データプラットフォームを通じて、「データ」の提供を行う準備の段階であるが、将来的にはデータの利用に留まらずに地震シミュレーションのような「物理シミュレーション」との組み合わせを視野に入れて、インフラや都市の設計、施工、維持管理の高度化を目指している点である。もう1点は、日本全国、あるいはある都市丸ごとに対して一括でデータ整備を行おうとしている点である。冒頭で述べたように、大量のデータが整備され、物理モデルの構築や検証が進められれば、天気予報のように、将来の予測への活用が可能な分野も出てくるだろう。


図表1 国土交通データプラットフォームv1.0の画面の例 東京都の地質データ
図表1

  1. (資料)国土交通データプラットフォームv1.0 をもとにみずほ情報総研作成

図表2 国土交通データプラットフォームv1.0の画面の例 点群データの三次元表示
図表2

  1. (資料)国土交通データプラットフォームv1.0 をもとにみずほ情報総研作成
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