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社会動向レポート

認知症高齢者の経済活動への対策と任意後見の活用について(1/2)

社会政策コンサルティング部 チーフコンサルタント 高橋 正樹

超高齢化社会を見据え、避けて通れない重要課題の一つに認知症対策が挙げられる。高齢社会白書(内閣府)によると、団塊世代が75歳以上となる2025年には、認知症患者数は700万人前後に達し65歳以上の高齢者の約5人に1人を占めることが推計されており、認知症は誰しもがかかわりのある身近な病気となっている。しかしながら、認知症の人が日常生活を送る上でぶつかる課題・障壁は個人による違いも大きく、また一般的に認知症に対するネガティブな印象が先行している傾向もある。そのため社会全体として認知症の人の自己決定の機会を守り、本人の希望に応じた経済活動等を続けていくことができるようにするための対策も必ずしも十分でないと考えられる。これまでの成年後見制度に関する調査研究より、自らが望む生活の実現にむけた任意後見制度の活用による認知症への対策について紹介する。

1.はじめに

認知症への対策は、医療機関にかかり介護に向けたケアプランを作れば十分だと思っている方もいるのではないだろうか。確かに認知症を病気という観点から捉えれば、医療機関にかかること、身体的な機能低下については介護サービス等により支援を行うことが、それぞれ適切であることには間違いはない。しかしながら、認知症の最大の課題は、認知機能の低下にあり、判断能力が衰えていくという“脳”の病気ということである。

このような判断能力低下の影響は、財産管理能力の低下、契約効力の無効、口座や資産の凍結等も発生する可能性があり、日常生活および経済活動への影響は甚大となる。また、消費者白書(消費者庁)では、認知症高齢者は、販売業者による勧誘や販売契約を結ぶ場面で、一般の高齢者より詐欺等のトラブルに遭いやすい状況にあると指摘されている。このため脳機能が低下していくことへの対策は、介護等の身体的な対策のみで十分とは言いがたい。

成年後見制度は、このような認知症高齢者をはじめとした判断能力が低下した方の権利擁護を目的とした法制度であり、本人の身上保護及び財産管理を支援する機能を有している。この法制度は、2000年4月に「介護保険制度」のスタートと同時に進められてきた制度であるものの十分に利用されていないのが現状である。本レポートでは、本人及び家族が今後の人生をより充実させたものとするための対策として、これまでの成年後見制度に関する調査研究の結果より成年後見制度(主に任意後見制度)の活用について紹介する。

2. 成年後見制度とはどのような制度なのか

(1)成年後見制度のしくみ

成年後見制度は、認知症、知的障害、精神障害などにより、判断能力が十分でない人の権利を擁護するために“後見人”という本人の意思決定の支援や、契約などの法律行為を代行する人を選任する制度である。成年後見人の役割は、本人の意思を尊重し、かつ本人の心身の状態や生活状況に配慮しながら、必要な代理行為を行うとともに本人の財産を適正に管理していくこととされている。

このような支援を行う後見人を選任する成年後見制度は、大きく法定後見と任意後見の2つに分かれている。法定後見は、既に判断能力が低下した場合に申立により家庭裁判所によって選任された後見人等が、本人に代わって財産や権利を守り本人を法的に支援する制度である。本人の判断能力の状態に応じて、補助、保佐、後見の3つの類型が設定されている。

一方で任意後見は、将来において判断能力が不十分となった時に備えるため、後見人を本人が選び、公正証書で任意後見契約を結ぶ制度である。法定後見に比べ、本人が人生計画について自由に設計することが可能となっている。

現状、日本では法定後見である後見類型が最も多く利用されていることを鑑みると、本人の判断能力がほとんど無くなってしまい、法的効力を持つ後見人が、どうしても必要な状態となって初めて成年後見制度利用が選択されているケースが相当数含まれてしまっているものと推察される。このため、一部では対策が後手に回ってしまい、早期の対策・支援が出来ず、結果的に本人の望む生活から逸れてしまうことが懸念される。一方で、任意後見は事前に計画しておくという面において、法定後見とはその性質を全く異にしており、自らの望む生活の実現にむけて成り行きに任せるのではなく、早期から必要な支援を確保し、対策を講ずることができる点が大きなメリットと言える。


図表1 法定後見と任意後見
図表1

  1. (資料)みずほ情報総研作成

(2)任意後見制度の利用状況

法務省統計「成年後見登記の件数」で任意後見制度の利用状況を見ると令和元年は、1万4千人近くの利用者が任意後見契約を締結しており、この5年間で約4割増となっている。認知症高齢者の増加に伴い少しづつ任意後見について注目されてきているものと考えられる。


図表2 任意後見契約の締結数
図表2

  1. (資料)法務省統計「成年後見登記の件数」よりみずほ情報総研作成

(3)任意後見の利用実態(アンケート調査結果)

弊社では平成30年度、厚生労働省老人保健健康増進等事業「認知症の人の成年後見制度の利用における保佐・補助の活用及び成年後見人の確保に関する調査研究事業」において、全国の成年後見実施機関及び成年後見人を対象とした任意後見についてのアンケート調査を実施した(回答数:法人 249件 個人 318件)。ここではその調査結果の中から、いくつか特徴的な項目について紹介する。

[1] 任意後見制度を利用するきっかけ・動機等

任意後見を検討するきっかけは、「身寄りがない又は頼れる親族がおらず、将来の介護施設入所や介護サービスの利用、死後事務等に不安を感じたため」が7割以上を占めている。また、任意後見契約締結の動機については、「預貯金等の管理・解約」が最も多く、そのほかでは「身体監護」「介護保険契約(施設入所)」が多く挙げられている。


図表3 任意後見を検討するきっかけ〔複数回答〕
図表3

  1. (資料)みずほ情報総研「厚生労働省平成30年度老人保健健康増進等事業
    認知症の人の成年後見制度の利用における保佐・補助の活用及び成年後見人の確保に関する調査研究事業」

図表4 任意後見契約を締結する動機〔複数回答〕
図表4

  1. (資料)みずほ情報総研「厚生労働省平成30年度老人保健健康増進等事業
    認知症の人の成年後見制度の利用における保佐・補助の活用及び成年後見人の確保に関する調査研究事業」

図表5 任意後見契約を利用するメリット〔自由回答〕
図表5

  1. (資料)みずほ情報総研「厚生労働省平成30年度老人保健健康増進等事業
    認知症の人の成年後見制度の利用における保佐・補助の活用及び成年後見人の確保に関する調査研究事業」

[2] 任意後見契約を利用するメリット

任意後見契約のメリットとしては、「本人が後見人を指定でき、契約内容も本人の希望に沿って決めることができること」及び「本人が元気な段階から関わることができるので、本人の意思を充分に反映した形で後見活動ができること」の2点が多く挙げられた。また、「財産管理委任契約や死後事務委任契約などの契約を同時に締結することで本人が元気な段階から亡くなった後まで一貫した支援をおこなうことができる点」が挙げられた。

また、上記調査研究では、有識者による検討委員会(座長:新井誠 中央大学教授)も実施しており、この委員会にてまとめられた任意後見のメリットは、図表6のように自身の意思を充分に反映させた計画(契約内容)に基づいて、必要な支援(法的保護・意思決定支援)を受けることが可能となる点などが挙げられた。


図表6 検討委員会にて取りまとめられた任意後見のメリット
図表6

  1. (資料)みずほ情報総研「厚生労働省平成30年度老人保健健康増進等事業
    認知症の人の成年後見制度の利用における保佐・補助の活用及び成年後見人の確保に関する調査研究事業」
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