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社会動向レポート

企業が退職者との関係を結び直す時

経営戦略としてのアルムナイ(1/2)

社会政策コンサルティング部 主任コンサルタント 福田 志織

1.はじめに

机を並べて共に奮闘した同僚が退職していく。新たな門出を応援したい気持ちと、寂しさと、取り残されたような少しの焦りといった、複雑な気持ちで見送った経験のある方は多いのではないだろうか。逆に、自身が退職する際も、新天地への期待と不安、古巣を離れる寂しさや残していく気がかりな仕事など、複雑な思いを胸に一歩を踏み出す方も多いだろう。

さて、そのようなドラマを経た退職後、元・社員(退職者)と、元・勤務先企業との関係はどうなるだろうか。仲の良かった一部の元同僚と個人的な関係を保つケースはあると思うが、退職者と企業との関係をみるとどうだろう。多くの日本企業では、どれだけ優秀で将来を渇望された社員であっても、退職してしまえば、企業との関係はそこで途切れてしまうことが多い。かつての社員たちが今どこに住んでどんな仕事をしているのか、企業側は把握する術を持たないし、場合によっては、退職者をネガティブに捉えているがゆえに、関係性を継続するという発想に至らない職場もあるかもしれない。

しかし今、この企業と退職者との関係が変わりつつある。本稿では「アルムナイ」という概念を軸に、企業の退職者マネジメントのあり方について考察したい。

2.アルムナイとは何か

アルムナイ(Alumni)とは、英語圏で「同窓生」「卒業生」を意味する言葉だ。近年では「企業の退職者」「OB/OG」を指して使われることも多くなってきた。

従来、長期雇用を前提とした制度設計がなされてきた日本企業においては、一つの企業に長く勤めることが是とされ、定年を待たずに中途で退職することや他社に転職することが、ネガティブに捉えられることもあった。現在においても、退職者や退職という選択それ自体を良くないものとして捉える向きはまだあるようだ。

しかし、このように転職や退職をネガティブに捉える職場が少なくないとしても、一方で転職者数が増え続けていることもまた事実である。総務省「労働力調査」によると、1980年代以降、転職者数は長期的に増加傾向にあり、リーマンショック後一時落ち込んだものの、2019年には351万人と過去最高値*1を記録している(図表1)。また2020年、経団連会長(当時)が「終身雇用を含む雇用制度全般の見直しが必要」と述べる*2など、今後もさらに雇用流動化が進み、中途退職者が増える可能性が高い。

この増え続ける中途退職者をただ送り出し、「雇用の切れ目は縁の切れ目」と関係を断ってしまうのか、それともネットワーク化・可視化し、企業との関係をゆるやかに維持していくのか。今、後者を選択し、公式に「アルムナイ制度」を検討する動きが企業の中に広がっている。


図表1 転職者数の推移
図表1

  1. (資料)総務省「労働力調査」長期時系列データより筆者作成

3.なぜ今「アルムナイ」なのか

企業とアルムナイとの関係構築支援サービスを提供する株式会社ハッカズークでは、アルムナイをネットワーク化することによる企業側のメリットとして次の6点を挙げている(①アルムナイがアンバサダーになる、②ビジネス連携がしやすい、③再雇用につながる、④企業ブランディングになる、⑤現役社員にポジティブな効果がある、⑥ネガティブな退職者を減らすことができる)(図表2)。

このうち、企業側のメリットとして最もわかりやすいのが「③再雇用につながる」だろう。少子高齢化による労働力人口の減少を受けて慢性的な採用難が続いているが、過去に自社に勤めていたアルムナイに対して求人情報を提供し、直接応募してもらうことができれば、自社のカルチャーを理解しており、かつ自社以外での経験を積んだ稀有な人材を、採用・教育コストを抑えた形で再度雇用することができる。

他方、筆者が特に注目しているのが「②ビジネス連携がしやすい」、「⑤現役社員にポジティブな効果がある」というメリットである。現代はVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代と言われるが、企業を取り巻く環境は複雑で見通しが立ちづらく、またその変化のスピードは年々早くなっている。またSDGs やサステナビリティなど、企業の社会的な責任もより強く問われるようになってきている。そのような中、社会の要請に応えた新規事業開発や既存事業の再構築を行い、競争力を継続的に向上させていくことが、多くの企業にとって喫緊の課題であるといえよう。

これらの課題に対峙していく上で最も重要なリソースの一つが「人」、つまり人的資源であることは論を俟たない。しかし、前述した転職者数の増加、労働力人口の減少などにより、企業が質・量ともに十分な人材を今後も継続的に雇用し続けることは、そう容易ではないだろう。

さらに、変化の激しい環境下においては、長期的に自社に勤める同質性の高い人材だけではなく、外の世界を知る多様な人材との協働によるオープンイノベーションの重要性がますます高まっていく。その際にキーとなりうるのが、自社のアルムナイをネットワーク化することによる「人的資源の拡張」だ。

自社の人的資源を、自社が雇用契約を結ぶフルタイム正社員のみに限定している場合、先に述べたとおり、その資源を今後、質・量ともに充実させていくことは構造的に非常に難しい。しかし、自社の人的資源の境界線をアルムナイ(退職者)まで拡張し、ビジネス連携(業務委託等)の形でアルムナイの力を適所で活用することができれば、企業の競争力の源泉を強化することにつながるのではないだろうか(図表3)。アルムナイには自社のビジネスやカルチャーに対する深い理解があり、さらに、退職後に社外で積んだ経験、新たに得たスキルや視点、ネットワークがある。


図表2 企業にとってのアルムナイ活用のメリット
図表2

  1. (資料)株式会社ハッカズーク「アルムナイ(alumni)とは?企業と退職者が関係性を築くメリット・デメリット」を参考に筆者作成

図表3 人的資源の拡張(イメージ図)
図表3

  1. (資料)各種資料を参考に筆者作成

4.経営戦略としてのアルムナイ導入事例

ここで、実際にアルムナイとのネットワークづくりに取り組む企業事例を1つ紹介しよう。

株式会社荏原製作所の2021年グループ統合報告書では、「エバルムナイ:Ebalumni(Ebara-Alumni)」と表現される同社アルムナイのネットワーク化についてこのように記載されている。「アルムナイ制度は、組織がアクセス可能な人的資源の範囲を拡張することを意味しています。入り口の採用から、在籍中、そして卒業となる退職後までの情報や人をつないでいくことによって、グローバル市場で持続的成長を実現するための多様な人材の獲得協業・オープンイノベーションの促進につなげていきたいと考えています。(p44)」(注:ボールドは引用者による)。

アルムナイ制度は同社の長期ビジョン「E-Vision2030」の重要課題として掲げられている「人材の活躍促進」の一環として導入された。人材獲得の競争激化や雇用の流動化、求める人材要件の多様化といった内外環境の変化がある中、「E-Vision2030」で謳われている、「自社の社会・環境価値と経済価値の両方を向上させることで、企業価値を高める」という目標達成のための戦略の一つとして、グループ全体での人材マネジメント強化が重要課題となった。そして、企業風土変革やダイバーシティの推進など様々な施策が実行される中、同社が新たに目を向けたのが「出口戦略の構築」であるという。

同社は、全世界で活躍する自社アルムナイ(卒業生)とのネットワークをつくり、卒業生を含めたタレントを可視化することで、中長期的には、アルムナイとのビジネス協業やオープンイノベーションの促進、それによる企業価値の向上を目指している。アルムナイ制度は同社にとって「組織がアクセス可能な人的資源の範囲を拡張する」ことであり、厳しい競争環境の中で企業価値を向上させていくための、まさに経営戦略なのである。

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