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社会動向レポート

スマートフォンの測位情報からの推計

在宅勤務下で身体運動はどれだけ減るか(1/5)

社会政策コンサルティング部 主任コンサルタント 村井 昂志


新型コロナウイルスの感染拡大を機に、テレワークを活用した在宅勤務が、急速に普及しつつある。在宅勤務には、これまで通勤に費やされてきた時間の有効活用や、ワーク・ライフバランスの向上といった効果をもたらしうる一方、通勤がなくなることで、それに伴う「歩行」や「自転車走行」等の身体運動の量が減ることも考えられる。

本稿では、スマートフォンによる位置データをもとに、コロナショック下で勤労者の移動や、移動に伴う運動量がどの程度変化したのかを、把握・分析した。


1.分析の背景

2020年春、新型コロナウイルス感染症の「第1波」が到来する中で、政府や都道府県は、企業や官公庁に対してテレワークの導入等を通じた「出勤者7割減」を要請した。結果的に、そこまでの大規模な出勤者の減には至らず、また業種や企業の規模によって度合いは異なるものの、「コロナショック」が、テレワークによる在宅勤務の普及・拡大の一大契機となったことは疑いがない。その後、「出社への揺り戻し」を指摘する報告もみられるが*1、それでも、「新たな生活様式」としての在宅勤務は、一定程度定着したものと考えられる。

在宅勤務には、これまで通勤に費やされてきた時間の有効活用や、ワーク・ライフバランスの向上といった利点が指摘される。その一方で、特に大都市圏では、「自宅から駅、駅から職場」といった区間を、歩いたり自転車に乗ったりする通勤者が多く、通勤自体が、身体運動を伴う生活行動となってきたと考えられる。そのため、在宅勤務により減った通勤時間の一部を、意図的に運動のために振り向けない限り、身体運動の量は減るものと考えられる。実際に、在宅勤務によって、運動量が減ったとする報告もみられる*2

一方、「コロナショック」下では、市中感染等を防ぐ観点から、繁華街等への来街者数の変化状況をみて、外出自粛を促すメッセージが発せられるなど、「スマートフォンの位置情報を活用した人の動きの把握結果」が、広く耳目を集めることとなった。

本稿では、スマートフォンの位置情報をもとに、人単位での移動パターンを把握し、「コロナショック」下で、実際にどのような通勤行動の変化がみられ、また、在宅勤務の実施が、通勤等に伴う身体運動量に、どのような変化をもたらしたと考えられるのかを、簡易的に分析した。

2.用いた位置情報データ

株式会社Agoopより、スマートフォンのアプリから取得したGPSなどの測位情報を秘匿化した位置情報ビッグデータである「Agoop流動人口データ」を購入し、これに含まれる、人の時刻(分単位)ごとの滞在位置(緯度・経度)を把握可能な「ポイント型流動人口データ」の中から、下記の要件に当てはまるデータを取得し、分析対象とした。

【分析対象地域・対象者】

  • 分析対象地域は、通勤にあたって鉄道利用が多く、乗車の前後に徒歩や自転車での移動を伴うことが多い地域であると考えられる、東京都板橋区に設定した。
  • 分析対象者は、株式会社Agoopが、スマートフォンによる測位情報をもとに、「居住地が東京都板橋区内」であると推定した端末所有者に設定した。

【対象期間】

  • 新型コロナウイルスの感染状況の推移を勘案し、下記の期間(7日×4期)を分析対象期間とした。
  1. 2019年10月3日~9日(新型コロナウイルス感染拡大前、③の前年同期)
  2. 2020年7月15日~21日(Go Toトラベルキャンペーン開始直前、第1波における1日の感染判明者数のピーク(4/11、720人)を第2波において超える直前)
  3. 2020年10月3日~9日(第2波~第3波の間の感染判明者の少ない時期)
  4. 2020年12月16日~22日(第3波、GoToトラベルキャンペーンの一時停止の決定直後)

  • 上記4期間に、祝日はない(いずれも7日間中、平日が5日)。
  • 板橋区最近隣のアメダス観測点である「練馬」観測点の各期間の5mm以上の降水日数は、①が1日、②が2日、③が3日、④が0日。

【対象者数】

  • 上記の対象期間において、「居住地が板橋区内」であると推定された端末所有者の実人数は、8,757人である。
  • 期間をこえて、同一人物は同一のIDによって紐づけが可能である一方、期間によって属性情報が変わる者、一部の期間にしかデータがない者もいる。

このようなデータの中から、本稿では、在宅勤務の実施状況や実施日における移動状況の変化をみるために、①経時的な属性情報が安定しており、かつ②データの捕捉状況が高い、下記に該当する336人を分析対象として抽出した。

  • 4期の全28日の測位データがある
  • 各期間の7日間の中で、属性情報(株式会社Agoopが測位データをもとに勤務パターンや嗜好等について推定して付与しているデータ)に変化なし
  • 4期の間で、属性情報のうち「性別、推定勤務市区町村、居住地(地価・最寄駅から判断)」に変化なし
  • 4期の間で、属性情報のうち「通勤距離」の変化が小さい
  • 自宅・職場の推定位置、素性情報の信頼性が“high”と評価されている
  • 属性データについて、昼勤、フルタイム、ビジネスパーソンの3つすべてに該当する

この336人の「推定勤務地」は図表1の通りである。


図表1 分析対象の勤労者336人の推定勤務地
図表1

株式会社Agoop「Agoop 流動人口データ」より集計


3.分析の内容

本稿では、「コロナショック」下における通勤行動や、在宅勤務による身体運動量の変化について、下記の4つの分析を行った。

【分析1】「コロナショック」下での在宅勤務の実施状況とその地域差の把握

  • 基本的な実態把握として、新型コロナウイルスの感染状況の推移に応じた、在宅勤務の実施率の変化状況を把握する。
  • 加えて、この変化状況について、推定勤務地の地域間の比較を行う。

【分析2】出勤日・在宅勤務日・土日における時間帯ごとの移動状況の把握

  • スマートフォンの位置データから、各時点の移動の速度と時間を算出し、各日における1時間ごとの移動状況を集計する。
  • これにより、「どのような日・時間帯に、どのような速度で移動しているのか」を把握し、「平日の出勤日」「平日の在宅勤務日」「土曜日・日曜日」のそれぞれにおける、移動の背景や内容を類推する。

【分析3】出勤日と在宅勤務日による「身体運動を伴う移動量」の違いの把握

  • 分析2で把握した「移動の速度・時間」のうち、特に「身体運動を伴う可能性が高い速度帯」での移動に着目し、1日における移動時間の総量を、「出勤日」と「在宅勤務日」との間で比較する。
  • 鉄道等の公共交通による通勤者であれば、「出勤日」の鉄道利用の前後を中心に、歩行や自転車による移動が見込まれる。一方「在宅勤務日」には、通勤時間分を、散歩・徒歩による買い物・スポーツ等の他の活動に振り向ける勤務者が現れる可能性もある。本分析は、このような「身体運動を伴う移動」を、把握しようとするものである。

【分析4】1週間を通じた「身体運動を伴う移動量」の変化の把握

  • 分析3で把握した「身体運動を伴う移動」の量を、個人単位で土日を含む1週間全体で集計し、「コロナショック」前後で比較する。
  • また、「コロナショック」前後における「在宅勤務日の日数の変化」と、「身体運動を伴う移動」の量の変化幅との関係をみる。
  • 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
  • レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。全ての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。

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