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社会動向レポート

在宅勤務下で身体運動はどれだけ減るか(5/5)

社会政策コンサルティング部 主任コンサルタント 村井 昂志

8.まとめ

本稿では、推定居住地が東京都板橋区にあり、かつ属性の推定が昼勤、フルタイム、ビジネスパーソンの3つすべてに該当する勤労者を対象に、スマートフォンによる測位データを用いて、「コロナショック」前後(①期:2019年10月、②期:2020年7月、③期:2020年10月、④期:2020年12月の祝日を含まない各1週間)における在宅勤務日数の変化や、身体運動を伴う可能性が高い速度帯(2~6km/h未満および6~15km/h未満)での移動時間の変化をみた。その結果、下記のような事項が明らかとなった。


  • 推定勤務地が板橋区外である勤労者について、「コロナショック」前の①期に比べ、「コロナショック」後の②期・③期・④期には、推定在宅勤務の平均日数が有意に増え、推定出勤の平均日数が有意に減っていた。
  • 上記を推定勤務地の地域別にみると、推定勤務地が都心3区(千代田・中央・港区)の勤労者は、他の地域の勤労者に比べ、「コロナショック」後の推定在宅勤務の日数の増加幅が有意に大きかった。一方で、推定勤務地が東部8区(台東・墨田・江東・北・荒川・足立・葛飾・江戸川区)の勤労者では、4期間の間に有意な変化がみられなかった(図表4、5)。地域ごとの事業所立地の違いに応じて、通勤者の業種や職種が異なり、特にオフィスビル勤務のホワイトカラー職の多い勤務先では、在宅勤務への転換が多いことが推察される結果となった。
  • 勤労者の時間帯別・速度帯別の移動状況をみると、「推定出勤の日」には、朝夕の通勤時間帯に、「2~6km/h未満」「6~15km/h未満」「15km/h以上」での移動時間割合が高くなっている一方、「推定在宅勤務の日」には、1日を通じて「ほぼ静止(2km/h未満)」の時間割合が高くなっていた(図表9)。「2~6km/h未満」や「6~15km/h未満」の移動の多くが、徒歩・自転車等によってなされているとみると、在宅勤務の日には、主に通勤がなくなることに伴い、身体運動を伴う移動が減っていることが推察される結果となった。
  • 「推定在宅勤務の日」には、「推定出勤の日」に比べ、身体運動を伴う移動である可能性が高い速度帯での1日の移動時間が有意に少なかった。その差は、「2~6km/h未満」では23.5分/日、「6~15km/h未満」では18.4分/日であった(図表11下段)。
  • 「コロナショック」前の①期に比べ、「コロナショック」後の②期・③期・④期に推定在宅勤務の日数が増えた勤労者は、身体運動を伴う移動である可能性が高い速度帯での1週間全体の移動時間が、「コロナショック」前後で有意に減少していた。このうち、推定在宅勤務の日数が2.0日/週を超えて増えた勤労者は、①期の翌年同月である③期において、「2~6km/h未満」の移動時間が2時間16分/週の減少、「6~15km/h未満」の移動時間が1時間13分/週の減少であり、いずれの減少幅も、推定在宅勤務の日数が「変化なし又は減少」した勤労者より有意に大きかった(図表14、15)。

本稿には、スマートフォンの測位情報から割り出した移動速度・時間のみから、移動の背景を類推した関係で、「スマートフォンを持たずに行うジョギングや、施設内で完結し移動を伴わないスポーツによる身体運動が把握できない」「渋滞中の自動車移動が身体運動を伴う移動である可能性が高い速度帯として判定される」といった手法上の限界がある。

一方で、多くの在宅勤務者にとって、生活行動とは別に意識的な身体運動の時間をとらない限り、運動の量は顕著に減る恐れが高いという示唆を得るとともに、(板橋区在住の区外通勤者にとっては)在宅勤務日に、出勤日と同程度の身体運動量を確保しようとする場合、「20分強の歩行+20分弱のジョギング・自転車」に相当する運動を、意識的に行うことが目安となることが明らかとなった。

厚生労働省「健康づくりのための身体活動基準2013」によれば、18~64歳の身体活動の基準として、「歩行又はそれと同等以上の強度の身体活動を毎日60分行う」ことが推奨されており、これと比べると、通勤に伴う歩行・自転車等による移動は、無視できない運動量であると考えられる。逆にみれば、通勤に伴う歩行・自転車等による移動が、在宅勤務によって消滅する場合、身体活動量が不足する危険性が高いと考えられる。

無論、通勤を含む日常生活における身体活動は、業種・職種や、自宅から勤務先までの距離・利用交通手段等によって大きく異なるため、対象フィールドや対象者を変えれば、在宅勤務への転換に伴う身体運動の減少量も、大きく変わるものと考えられる。今回行った、スマートフォンの測位情報のみを用いた身体運動量の推測は、精度が高い手法ではない一方、近年では、心拍計やGPSを搭載したウェアラブル端末によって、日々の身体運動量をより正確に把握することが可能となっている。

今後、このようなウェアラブル端末が、個人単位、あるいは地域保健や産業保健の場等で活用されることで、「1日に必要な身体運動量を、日常生活に伴う身体運動や、スポーツ等によって意識的に行う身体運動を組み合わせて確保するための行動内容の目安」が、個人ごと・地域ごと・職域ごとの実情に合わせて、オーダーメイド的に示されるようになることが望まれる。

  1. *1労働政策研究・研修機構2021「新型コロナウイルス感染拡大の仕事や生活への影響に関する調査(JILPT 第6回)一次集計結果」
  2. *2横山重宏2021「在宅勤務に伴う「体力」の低下」三菱UFJリサーチ&コンサルティング 政策研究レポート
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