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社会動向レポート

脱炭素社会の実現と自社の成長につなげるサプライヤー協働(1/3)

環境エネルギー第2部 西脇 真喜子

サプライヤーと共に脱炭素へ向けた取組みを進めるサプライヤー協働について、現状や課題、取組み方について考察する。

1.はじめに

「観測史上初めての自然災害」という表現が幾度となく聞かれるようになった現在、気候変動対応の重要性が増しており、脱炭素社会の実現に向けて世界が大きく動いている。多くの企業が気候変動への対応を迫られ、その取組みの一つとして、自社の事業活動に関わるバリューチェーン全体の温室効果ガス排出量(以降、GHG排出量)の算定・開示や、排出量の実質ゼロ化を検討する動きが活発化している。こうした中、急速に注目を集めているのが自社の取引先であるサプライヤー企業との協働(以降、サプライヤー協働)である。具体的には、サプライヤー企業各社に排出量の算定や報告を促す、あるいは排出量の削減目標の策定や実際の削減取組みを促す、といった取組みである。しかし関心が高まる一方、本格化してから間もない取組みであるため、実務化において困難に直面する企業が少なく無い。

本稿では、サプライヤー協働にこれから取り組むことをお考えの企業関係者、あるいは取引先から協働を求められているサプライヤー企業の関係者を主な対象と想定し、取組みの進め方や陥りやすい課題、そして対応の考え方について紹介したい。

2.求められる背景と現状の課題

まず、サプライヤー企業との協働が、注目を集めるようになった背景について触れておきたい。

背景の一つは、今日、世界の大手企業は取引のあるサプライヤー企業の活動領域を含めて排出量の算定・開示を行うことが当然視される状況になったことだ。企業のGHG排出量の算定・開示のスタンダードを開発するイニシアティブである「GHGプロトコル」*1が、バリューチェーン領域の排出量「スコープ3」を対象とする「スコープ3スタンダード」*2を発行したのは2011年のことである。スコープ3には、サプライヤー企業の活動領域の排出量も含まれる*3。以来、10年の年月を経て同スタンダードの考え方はESG投資の世界に浸透し、スコープ3排出量データは投資先企業のビジネスモデルが孕む気候リスクを可視化する手段として定着しつつある*4

もう一つの背景は、2050年以前に温室効果ガス排出量を実質的にゼロとする、いわゆるカーボンニュートラル目標(あるいはネットゼロ目標)への対応が、企業にとって大きな課題として突き付けられたことである。企業のカーボンニュートラル目標には「スコープ3」も含めるべき、とする考え方は徐々に影響力を増している*5

スコープ3を単に算定するためであれば、サプライヤー企業からのデータ収集は不要である。製品・サービス別に、それらの供給に伴う平均的な排出原単位はデータベース化されている。これらに自社の購入量データを組み合わせれば、サプライヤー企業から購入する製品・サービスの排出量も粗々ながら算定できるのだ。しかし、実質ゼロ化を目指した急ピッチな削減を目指すのであれば話は変わる。そこでは、データベースが提供する平均的な排出原単位ではなく、サプライヤー企業の削減取組みが反映された固有の排出原単位の利用が必要となる。そのため、サプライヤー企業に削減取組みを促し、その結果を基にサプライヤー企業が自社固有の排出原単位を算定し、顧客企業に対して報告する、サプライヤー協働が求められるになったのだ。

もっとも、スコープ3算定にサプライヤー企業固有の排出量データを利用することについてはGHGプロトコルでも説明されている。GHGプロトコルは、サプライチェーンにおける固有活動に関してサプライヤーによって与えられるデータを一次データ、産業平均データや排出原単位データベースから得られるデータを二次データと定義し、スコープ3算定において一次データの利用を推奨している。算定に利用するすべてのデータが一次データであることが最も望ましいが、現実的には難しく、一次データが利用できない場合に二次データを利用して算定を進めることは「ハイブリッド手法」として認められている*6

現在は多くの企業が一次データの利用を模索する過渡期にあると言え、将来的には、一次データの利用が主流になると考えられる。スコープ3排出量を含めて実質ゼロ化を目指す削減を進めるためにはサプライヤーデータの利用が必要であり、サプライヤー協働の重要性は今後も増加するだろう。

サプライヤー協働の重要性が増しているものの、その取組み方を示したガイダンスは、国内のみならず海外においても十分に整備されたとは言えない状況だ。例えば、GHGプロトコルの「スコープ3スタンダード」も、サプライヤー協働を推奨し、ある程度の概念整理までは行うものの、実務に使えるレベルの具体的なアプローチは示していない。また、こうした状況を踏まえサプライヤー協働のため新ガイダンス策定やデータ交換のためのプラットフォームを作ろうとする動きが急速に広がったことも一時的な混乱を招いている。これからサプライヤー協働を実践したいと考える企業にしてみればどの動きに乗ればよいか分からない状況となっているのだ。


図表1 スコープ3算定に関する変化とサプライヤー協働
図表1

  1. (資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
  • 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
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