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社会動向レポート

脱炭素社会実現へ向けてのPPP/PFI手法の活用(3/4)

戦略コンサルティング部 主任研究員 加藤 隆一

7.PPP/PFI事業全般における脱炭素化への取組みを進める意義・ポイント(続き)

(2)審査基準の規定

2つ目は審査基準の規定である。近年の社会情勢を踏まえると、「4. 民間企業における脱炭素化への取組み」に記載したように、民間事業者も、環境に配慮した提案を行うインセンティブを有していると考えられる。しかし、PPP/PFI事業においては、入札金額も評価対象となることが多いため、価格面だけを切り取ると、多くのコストをかけて環境へ配慮した提案を行うことは、公募上不利になる可能性が高いと言える。そこで、環境対応を促進するような適切な審査基準を設けることで、優れた提案を評価する仕組みが必要となる。近年のPFI事業においては、環境への配慮を行った提案を大きく評価するケースもみられるようになってきている。図表6に主な事例を取りまとめた。以下、具体的な事例をもとに、どのように施設・事業の特性を踏まえ、審査基準が設けられているか考察した。

①水族館施設における事例

2022年1月に入札公告がなされた、「葛西臨海水族園(仮称)整備等事業(東京都)」の落札者決定基準によると、施設整備における「環境負荷低減」に係る配点は加点審査項目全体の10%を占めており、更に「事業全般に関する取組方針」や、維持管理業務における「建築物・設備の性能」の項目においても、省エネルギーや環境への配慮に係る視点が記載されているため、実質的には加点審査の配点のうち、10%以上を「環境への配慮」へ割り振っていると言える。一般的にPFI事業の業務範囲は、設計、建設、維持管理及び、運営等、非常に多岐にわたるため、各業務の重要度や提案への期待度に順じて配点を振っていく考え方が基本となる中、本事業において環境への配慮に多くを配点していることは、発注者の民間事業者への期待が現れていると言える。

水族館施設の特徴としては、水温・水質や空調の管理のために多くのエネルギーを要することが挙げられる。また、水族館のあるべき姿として、生物多様性の保全へ寄与し、環境保全に関する普及啓発に取り組むことが求められることもポイントである。つまり、水族館の整備等事業において、民間事業者に環境に配慮した提案を期待することは、施設・事業の特徴を踏まえた方針であると言える。


図表6 近年のPPP/PFI 事業における環境への配慮に係る審査の視点
図表6

  1. ※1BTO(Build Transfer Operate)方式:「事業者が施設整備後に施設の所有権を公共へ移し、事業者が維持管理・運営を行う方式」
    RO(Rehabilitate Operate)方式:「既存施設を事業者で改修し、維持管理・運営を行う方式」、O(Operate)方式:「事業者が公共施設の維持管理・運営を行う方式」
  2. ※2付帯事業とは、レストラン運営業務や自動販売機運営業務など、事業者の独立採算で実施する業務を指す
  3. ※3エネルギーマネジメント業務の有無については、要求水準書にエネルギーマネジメント業務が位置付けられていない場合にも、業務の実態にもとづいて有無を記載
  4. ※4配点については、加点審査項目全体の配点に対する割合を記載
  5. ※5多摩メディカル・キャンパス整備等事業(東京都)、こども病院跡地活用事業(福岡市)についてはみずほリサーチ&テクノロジーズが事業者公募支援業務を受託
  1. (資料)公募資料*19~*23に基づきみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

②病院施設における事例

2021年7月に入札公告がなされた「多摩メディカル・キャンパス整備等事業(東京都)」においては、審査項目の大項目として「脱炭素化等環境への配慮」を位置付け、「施設整備面」と「エネルギーマネジメント及び維持管理・運営面」に各5%を配点しているのが特徴的である。①と同様であるが、「環境への配慮」に係る項目を独立して設けることで、環境配慮に特化した提案内容を落とし込むことが可能となっていることがポイントである。

病院施設の特徴としては、24時間稼働する必要があることや、停止できない機器があること、空調の維持が必要となること等が挙げられ、必要なエネルギーも大きく、安定性が重要になるものと考えられる。建物用途別のエネルギー消費量原単位を取りまとめた調査結果を図表7に示したが、病院施設が他の施設と比較して大きいことが見て取れる。こうした特徴を踏まえると、民間事業者の創意工夫によるエネルギー消費量の削減余地は相応にあるものと想定される。


図表7 建物用途別年間エネルギー消費原単位
図表7

  1. (資料)一般社団法人日ルエネルギー総合管理技術協会「建築物エネルギー消費量調査報告【第43報】」*24をもとにみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

③その他事例

上記「①、②」で挙げた水族館や病院は、施設の特性上、民間事業者による環境配慮に係る創意工夫が期待される事業であったと考えられるが、表中に挙げたその他の事業においても、環境配慮を重視しているケースがある。

例えば、公有地活用事業である「こども病院跡地活用事業(福岡市)」では、脱炭素社会実現に係る評価項目に16%もの配点が割り振られていることが特徴的であるが、事業のコンセプトが脱炭素社会実現に係るものであることや、民間事業者の裁量が大きい事業内容であることから大きく配点が割り振られているものと考えられる。

事業内容により、民間事業者に期待されるポイントは異なるため、環境への配慮に係る配点を一概に高くすることには留意が必要であるが、昨今の流れを踏まえると、環境配慮に係る提案は、提案の一要素に留まらず、公募結果を左右する重要なポイントになって来ていると言えよう。

(3)官民の役割分担の設定

3つ目は官民の役割分担に係る規定である。エネルギーに関する官民の役割分担は、2008年6月に内閣府が公表した、「PFIにおける地球温暖化防止への対応」*25によると、3つの事業類型に整理されている(図表8)。事業の特性に応じて、適切な事業類型を選択することが重要となるが、PFI事業における原則としては、「リスクを最もよく管理することができる者が当該リスクを分担する」*26こととなる。

その点を踏まえて、「名古屋国際会議場整備運営事業(名古屋市)」について考察したい。本事業においては、光熱水費の負担を主として事業者側としているため、事業者側で光熱水費の負担を軽減するための工夫を行うことが期待される。また施設計画の方針として、「エネルギーや資源を無駄なく効率的に使うことのできる設備を採用するとともに、エネルギー管理等による継続的な効果の維持を図ること」が掲げられているため、事業者による効率的・効果的なエネルギーマネジメントも期待される枠組みであった。なお、当該事業は、2022年7月22日に、全者辞退による入札手続き中止となってしまったが、資材価格の高騰等により、予定価格と要求水準が見合わなくなったこと等が原因として考えられる。

当該事業に係る大きな特徴は、事業者が公共施設としてのMICE*27施設を指定管理者として運営することで、利用料金を収受し、維持管理・運営等の業務に要した費用(光熱水費を含む)を差し引いた額のうち一部を公共側へ納付する仕組みとなっている点である。事業者としては、施設の価値を高め、施設の稼働率を高めるとともに、維持管理・運営費用を削減することで、手元に収受できる金額が大きくなる仕組みとなっている一方、公共側が収受できる納付金の額は、事業の収支状況によって変動するという意味において、公共側も光熱水費の変動リスクを一部負うこととなっている。

本施設における光熱水費に関する基本的な考え方を整理すると、MICEに係る主要な国際団体の1つであるICCA(International Congressand Convention Association)によると、MICE施設に係るトレンドとして「持続可能性、環境負荷の低減」が挙げられている*28。時には各国の要人や企業のトップ等も含む、国内外の企業・組織から多様な人材が集うMICEを誘致する際には、社会的に大きなテーマである「持続可能性、環境負荷の低減」が非常に重要なポイントと言える。よって、MICE施設の運営者にとって、運営するMICE施設において環境負荷を低減させる取組みを行い、その取組み・成果を対外的に発信することは極めて重要であると考える。

ただし、光熱水費の変動リスクをすべて事業者が負うことにすると、事業者にとって過度な負担となりかねない。光熱水費に係る変動リスクという点においては、「光熱水費の調達価格(単価)」と「エネルギーの使用量」の2つの視点に分けて考える必要がある。単価については、官民のいずれにおいてもコントロールしえない要因により変動する可能性がある。一方、エネルギー使用量については、施設の稼働状況・稼働方法に依存する部分が大きくため、ある程度民間事業者の裁量、コントロールが効く部分である考える。

「名古屋国際会議場整備運営事業」において、光熱水費の負担を主として民間事業者側としている点については、上記で述べたような事業の特性を踏まえた上で、官民の役割分担が考えられていると言える。


図表8 官民の役割分担に係る事業類型
図表8

  1. (資料)内閣府「PFIにおける地球温暖化防止への対応」*25よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

(4)PPP/PFI事業により得られた成果と今後の期待

以上で述べてきたような様々な工夫により、民間事業者による脱炭素化への取組みが促される公募が増えてきている。

現在公募中の事業や、提案の概要が公表されていない事業が多いことから、整理できる情報に限りがあるが、こうした要件を規定した上で実際に得られた提案として、名古屋第4地方合同庁舎整備等事業や多摩メディカル・キャンパス整備等事業の審査講評に記載されている選定事業者の提案に係る講評を図表9にまとめた。両事業とも、創意工夫に富んだ提案となっていることが分かるが、PFI事業ならではという視点で大きく2つポイントがあると考える。1点目は、BIMやBEMSといったICT技術を活用したツールが導入されている点である。BIMは、建築物に関する情報のモデリング手法のことであり、BIMから得られるデータは、整備予定の建築物に係る仕様やコスト管理、環境性能のシミュレーション等に活用される。BEMSは、消費されるエネルギーを可視化するとともに、照明や空調等を制御し、最適なエネルギー管理を行うためのシステムである。いずれにおいても、初期投資導入コストの高さや専門的知識が求められるといった課題があるものの、まさにPFI事業の特徴(長期、包括、性能)を活かした提案になっているものと考える。2点目は維持管理・運営段階の取組みである。省エネ分科会の実施や、年度別エネルギー使用量削減のための具体的な施策等、建築物の性能に係る提案に留まらず、ライフサイクルを見据えた具体的な運用施策が提案されている点についても、PFI事業の特徴を活かした提案であると考える。

この他にも、ZEBへの取組みについては、審査の過程において、「達成可否」という、客観的な視点から評価しやすく差がつきやすい項目であると考えられることから、両事業者からも積極的な提案があったものと思われる。なお、「今後予定する新築事業については、原則、ZEB Oriented相当以上としつつ、2030年度までに、新築建築物の平均でZEB Ready相当となることを目指す」ことが政府実行計画により規定されており、政府の施設については、今後もZEBの達成が強く求められていくものと思われる。

また、PFI事業においては、発注者が自ら事業を実施する場合と比較して、総事業費をどの程度削減できるかを表すVFM(Value forMoney)という指標がある。例として挙げた5事業においては、いずれも一定のVFMが認められるとされており、財政負担が縮減され、効率的・効果的に事業目的を達成できる内容になっていると考えられる。


図表9 PFI 事業における環境への配慮等に係る審査講評
図表9

  1. (資料)「名古屋第4地方合同庁舎整備等事業 民間事業者選定結果」*29及び「多摩メディカル・キャンパス整備等事業 事業者選定経過及び審査講評」*30よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成
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