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パブリック・ファンド・マネジメントレポート Vol.2

我が国のワクチンを含むバイオ医薬品製造の現状と課題

2023年9月
みずほリサーチ&テクノロジーズ 社会政策コンサルティング部 社会レジリエンス推進チーム 日諸 恵利

1. ワクチンを含むバイオ医薬品市場の現状

医薬品の分野では、主戦場は低分子化合物からバイオ医薬へ大きくシフトしており、世界の医薬品売上高の約4割がバイオ医薬品で占められている*1。さらに、世界売上高の上位100位の医薬品に絞ると、バイオ医薬品の成長はさらに顕著で、その割合は2019年には5割以上を占めるまでになっている*2。売上高の推移は2010年の12兆円から2018年には24兆円へと倍増し、2024年には38兆円に達するという予測もある*3。2019年から2026年のバイオ医薬品の年平均成長率は9.6%(従来型医薬品は5.5%)と見込まれており*4、バイオ医薬品は、医薬品分野の中でも名実ともに期待の成長領域となっている。

一方、日本の医薬品市場規模は2022年には約11兆円となっているが、現状、大幅な輸入超過であり、国内バイオ医薬品市場におけるプレイヤーは外資系企業が中心となっている。例えば、バイオ医薬品の一つである抗体医薬品は、約9割が海外で生産されており、海外の生産拠点への依存度が非常に高い状況である*5


図 全世界の処方箋薬・OTC薬売上

図表1

  1. 出典:経済産業省 資料「バイオCMO/CDMOの強化について」より抜粋

上述のように、医薬品市場は、世界的に低分子化合物からバイオ医薬品へ大きくシフトしているものの、我が国の製薬メーカーは、バイオ医薬品への参入が遅れている状況である。2019年の世界売上高上位100品目の医薬品創出企業の国籍別医薬品数の内訳として、低分子化合物55品目のうち、日本国籍の企業は7品目ある一方、バイオ医薬品45品目のうちでは、日本国籍の企業は2品目に留まっている*6。また、バイオ医薬品分野の成長に伴い、バイオ医薬品のCMO/CDMO*市場も成長を続けており、現在、世界市場が5,000億円程度で、今後10年間で年率8%程度の成長が見込まれるという試算もある中、製造規模でみると、世界的にはロンザ(スイス)やサムスンバイオロジクス(韓国)などがグローバル大手CMOとして活躍しており、やはりグローバルにおける日本企業の存在感は大きくない状況である*7


  • *CMOとはContract Manufacturing Organization(医薬品製造受託機関)の略で、医薬品製造について製薬会社等から委託を受ける機関のことである。CDMOとはContract Development and Manufacturing Organization(医薬品開発製造受託機関)の略で、CMOの有する機能に加え、製剤化工程など治験薬の開発も担う。

2. 新型感染症拡大時のワクチン海外依存にかかる課題

我が国で新型コロナウイルスの感染拡大が発生した際に供給されていた新型コロナワクチンは、ファイザー製(米)、モデルナ製(米)、アストラゼネカ製(英)の3つであり、全て海外からの輸入に頼っていたことは記憶に新しい。その際、政府及び民間においても、ワクチンの輸入依存は、公衆衛生、国防・安全保障上また外交上のリスクの観点から、早期に脱却すべきであるという深刻な問題意識が持たれたところである。そこで、政府の後押しもあり、我が国の製薬企業も、新型コロナウイルスのワクチン開発に乗り出している。具体的な研究開発状況は下図を参照されたい*8

バイオ医薬品の開発製造への参入を考えた場合、従来の低分子医薬品が化学合成で製造されるのに対して、バイオ医薬品は微生物や細胞を使って製造するため、製造プロセスが複雑であり、低分子医薬品よりも開発費用・製造費用が高い傾向にある。さらに、大型培養槽など、膨大な初期投資が必要となる。また、バイオ医薬品の製造や臨床研究には、開発段階で必要な技術や、従来の化学合成での製造等とは異なる技術・ノウハウが必要となる*9

そこで、新型感染症の拡大時に、急ごしらえでワクチンや治療薬を国内製造化しようとしても、拠点の基盤整備や技術者育成、バイオ医薬品製造に必要な部材を含めたサプライチェーンの確保といった観点から、非常に困難な状況である。よって、平時から恒常的に国内におけるバイオ医薬品製造体制の整備とバイオ人材育成に取り組み、有事には迅速な対応ができるよう準備をしておく必要がある。


図 コロナワクチン開発の進捗状況<主なもの>(2023年8月16日時点)

図表2

  1. 出典:厚生労働省HP 「開発状況について」より抜粋

3. 政府によるワクチン・バイオ医薬品製造力強化に向けた取り組み

ワクチン・バイオ医薬品製造力強化に向けた政策的対応の一例としては、令和3年6月に閣議決定された「ワクチン開発・生産体制強化戦略」が挙げられる。「ワクチン開発・生産体制強化戦略」では、感染症有事に備え、より強力な変異株や今後脅威となりうる感染症にも対応できるよう、戦略性を持った研究費のファンディング機能の強化、世界トップレベルの研究開発拠点の形成、創薬ベンチャーの育成、ワクチン製造拠点の整備等、平時からの研究開発・生産体制を強化する方針が示されている。また、国産ワクチン開発企業に対する実証的な研究費用の支援等とともに、ワクチン開発に成功した場合には買上も検討することとなっている。

各省の取り組みとして、厚生労働省では、急速に開発が進む国内製ワクチンの製造体制整備も視野に、令和2年6月に「ワクチン生産体制等緊急整備事業」の一次公募を開始し、令和5年9月現在は5次公募まで実施されている。当該事業は、国内において、新型コロナウイルスワクチンを始めとしたバイオ医薬品の実生産(大規模生産)体制の早期構築を図り、新型コロナウイルスワクチンの国内における早期供給を促すべく、生産拠点の拡充及び施設改修に対して補助を行っている。

上記事業をピラミッドの1階部分として、経済産業省では、2階部分として「ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業」を実施している。当該事業は、平時は企業のニーズに応じたバイオ医薬品を製造し、有事の際にはワクチン製造へ切り替えられるデュアルユース設備を有する拠点を整備するとともに、ワクチン製造に不可欠な製剤化・充填設備や、医薬品製造に必要な部素材等の製造設備を有する拠点等の整備を促進することで、有事の際に国内でワクチンを円滑に生産できる能力を確保することを目指している。


図 将来のパンデミックに備えた国内でのワクチン製造体制の整備

図表3

  1. 出典:第26回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会 研究開発及び生産・流通部会 資料3より抜粋

4. 有事を見据えた我が国の製造拠点の整備にむけて

先述の経済産業省「ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業」は、ワクチン製造拠点の整備事業、治験薬製造拠点の整備事業、製剤化・充填拠点の整備事業、部素材等の製造拠点の整備事業の4事業から構成されており、令和5年9月時点の総事業費は約3,274億円に及ぶ。当該事業は制度開始当初より当社が事務局を受託しており、令和4年9月に1次公募では、第三者委員会の厳正な審査の結果、17社、補助金総額約2,265億円が採択された*10。採択された医薬メーカー等各社のうちのいくつかでは、既にバイオ医薬品製造拠点整備に向けた大規模投資事業が動き出している*11

更に、先般9月19日には2次公募の採択公表があり、23社、補助金総額約954億円分の事業が採択され、今後新たな投資事業が開始されるところである。当社としても、当該事業の事務局として、補助事業者である医薬メーカー等各社の支援を通じ、我が国の安全保障及び産業振興といった政策目的の実現に引き続き貢献していく所存である。

ご参考


  • ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業費補助金(令和4年3月公募) 採択事業 1次公募(PDF/630KB)
  • ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業費補助金2次公募(令和5年3月公募) 採択事業 2次公募(PDF/308KB)

  1. *1経済産業省「METI Journal 政策特集激戦バイオ~新たな産業革命~ vol.4」
  2. *2経済産業省 第11回産業構造審議会商務流通情報分科会バイオ小委員会 資料9「バイオCMO/CDMOの強化について」
  3. *3JCRファーマ株式会社ホームページ
  4. *4 経済産業省 第11回産業構造審議会商務流通情報分科会バイオ小委員会 資料9「バイオCMO/CDMOの強化について」
  5. *5 経済産業省 第11回産業構造審議会商務流通情報分科会バイオ小委員会 資料9「バイオCMO/CDMOの強化について」
  6. *6 厚生労働省「医薬品産業ビジョン2021」(資料編)
  7. *7経済産業省 第11回産業構造審議会商務流通情報分科会バイオ小委員会 資料9「バイオCMO/CDMOの強化について」
  8. *8厚生労働省HP 「開発状況について」
  9. *9厚生労働省HP 「開発状況について」
  10. *10 ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業 採択事業者一覧(PDF/630KB)
  11. *11日本経済新聞「富士フイルム、富山でバイオ薬受託計画始動 ワクチンも」
    日本経済新聞「タカラバイオ、設備投資460億円 医薬品工場に新棟」
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