教育分野におけるAIの利活用と検討事項(1/3)
2024年10月
みずほリサーチ&テクノロジーズ サイエンスソリューション部 片桐 沙弥
- *本稿は、2024年3月に「みずほリサーチ&テクノロジーズ技報 Vol.3 No.1」で発表した内容となります。
1.はじめに
OpenAI社の対話型文章生成AIであるChatGPTの登場によって、2023年は誰でもAIを使って気軽に文章を書くことができるようになった年となった。一方、2023年3月に、小中高校生の読書感想文コンクールを主催する全国学校図書館協議会が、AIが生成した文章をそのまま引用するといったAIを悪用した感想文の応募を懸念して、応募要項の規定に「盗作や不適切な引用等があった場合、審査対象外になることがあります」という文言を追記することを決めた*1ことも記憶に新しい。
生成AIの登場により、教育分野における2023年は、生成AIの教育への利活用とリスクに関する議論がもたらされた年であり、様々な教育機関から見解を示した文書が公開された年となった。国連教育科学文化機構(UNESCO)は、2023年3月に高等教育における生成AIの活用方法の紹介と利用にあたっての課題を記載した「高等教育におけるChatGPTと人工知能のクイックスタートガイド」*2を、9月には政策立案者と教育機関に向けた生成AIの国際的なガイダンス「教育・研究における生成AIのガイダンス」*3を公開した。国内でも2023年4月には、東京大学がChatGPTのできることや使用時の留意点、生成AIの普及による社会への影響、同学の学生や教職員が生成AIに対してどのように向き合うべきかという見解である「生成系AI(ChatGPT, BingAI, Bard, Midjourney, Stable Diffusion等)について」*4を公開した。また7月には、文部科学省から学校関係者が現時点での活用の適否を判断する際の参考資料となるガイドライン*5「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」*6が公開され、教育現場において対話型文章生成AIの活用が有効な場面を検討しつつ、限定的な利用から始めることが適切である*6との考えを示した。
生成AIに限定しないのであれば、教育分野でAIを活用する取り組みに対する期待とリスクは以前から議論されている。本稿では、教育分野におけるAIの利活用への期待と、教育分野に実装する上での検討事項について紹介する。
2.AIへの期待と各国での取り組み
2019年にUNESCOが開催した「AIと教育に関する国際会議」の文書において、AIは持続可能な開発目標の目標4(SDG4:すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する)の達成の歩みを加速させる新しいツールである*7と記載されている。例えば教育における言葉の壁を乗り越えやすくすることや、教師が不足している地域でも個別最適化された教育の提供を可能にすること等、AIは教育上の課題を解決できるとされる*7ことから、その利活用に近年期待が寄せられている。
こうした背景もあり、各国では教育にAIを活用する取り組みが進められている(表1)。以下の節にてそれらの取り組みを紹介する。
表1 近年の教育における各国のAI利活用状況
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国 | AI利活用状況 |
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米国 | 2023年に2つの国立AI研究所(INVITE、AI4ExceptionalEd)を新設*9。効果的な学習の土台となる非認知能力の支援や発話・言語処理に課題をもつ子どもへの支援をするAIの開発を実施*10-11。 |
中国 | 2022年より教育と学習を支援するAIバーチャルアシスタントと、学習行動をAIで分析する機能を備えたオンライン教育プラットフォーム「国家スマート教育プラットフォーム」を運用*12-14。 |
韓国 | 2025年から学習力と学習ペースに応じた教育を提供する「AI組み込み型教科書」を導入予定*15-17。 |
日本 | 2019年よりAIを含めた先端技術を教育に利活用した実証事業を実施*18。2023年には生成AIを教育に利活用する実証事業を開始*25,26。 |
(出所)各種資料よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成
2.1.各国の取り組み
2.1.1.米国での取り組み
米国では、教育省の方針と運営上の優先事項を記した「2022-2026年度米国教育省戦略計画」*8内の2022年度から2023年度の優先目標(Agency Priority Goals (APGs))において、COVID-19がもたらした教育機会や教育支援の不足に係る格差への対応を挙げている。その効果的な対応策の検討として、その格差を埋めるための知見を生み出すことを狙いとした研究開発に投資するとしており、その一つにAIの活用を挙げている*8。
また、米国国立科学財団は教育省直下の組織である教育科学研究所とともに、2023年に2つの国立AI研究所(AI Institute for Inclusive Intelligent Technologies for Education (INVITE)、AI Institute for Exceptional Education (AI4ExceptionalEd))を新設*9した。INVITEでは、粘り強さや協働性、逆境でも良い結果を出す能力(アカデミックレジリエンス)等、効果的な学習の土台となる非認知能力を支援するAIツールならびに手法の開発*10を、AI4ExceptionalEdでは発話や言語処理に課題をもつ子どもたちを支援するためのAIの開発に取り組む*11としている。
2.1.2.中国での取り組み
中国では、中国教育部が主導する取り組みとして、2022年3月から、初等中等教育や職業教育、高等教育等を対象とした国家規模のオンライン教育プラットフォーム「国家スマート教育プラットフォーム」(国家智慧教育平台)の運用が開始されている*12,13。スマート教育プラットフォームの「基本機能要件ガイドライン」においては、AIバーチャルアシスタントを用いて、教師の教育と学生の学習の支援を行うとされている。また、ビデオカメラによって収集した学生の学習行動(着座姿勢や視線、表情の識別等)をAI技術によって分析し、分析結果を即時データセンターにアップロードするとしている*14。
2.1.3 韓国での取り組み
韓国では、2022年7月に公開された尹錫悦政権の政権運営方針「120の国政課題」にて、AIに基づく学力診断システムによって個別最適化された診断・学習をサポートし、児童・生徒にあった基礎学力を支援する*15,16と掲げられている。実際に学習力や学習ペースに応じた教育を提供する「AI組み込み型教科書」が2025年から数学、英語、情報、韓国語(特別支援教育)の科目にて、また2028年までに韓国語、社会科、歴史、理科、技術、家庭科等の科目で導入される予定である*17。
2.1.4.日本での取り組み
2019年に公開された「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」*18においては、学校でICT環境を基盤とした先端技術や教育ビックデータを活用することは、これまで得られなかった学びの効果が生まれる等、学びを変革していく大きな可能性がある*18と記載されている。AIの活用に関しても、AIを活用した個々の子供の習熟度や状況に応じた問題を提供するドリル教材等の先端技術を活用した教材を活用することで、繰り返しが必要な知識・技能の習得等に関して効果的な学びを行うことが可能になる*18と期待を寄せている。また、2023年3月に公開された「次期教育振興基本計画(答申)」*19においても、学校が抱える教育課題解決に向けてAI等の先端技術の利活用を促進する*19としている。
取り組みに関して、例えば文部科学省では、先端技術を活用することによる効果や、留意点の深掘りを行う*18「新時代の学びにおける先端技術導入実証研究事業」等の実証事業の中で教育にAIを利活用する取り組みが行われている。また、経済産業省では児童1人一人に配布されているPC・タブレット端末と教育向けに応用された様々な技術(Edtech)を活用した新しい学び方を実証する「『未来の教室』実証事業」*20や、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による「人と共に進化する次世代人工知能に関する技術開発事業」のうちの、学習者が学ぶべき事項を理由とともに推薦するAIの開発研究を行う「学習者の自己説明とAIの説明生成の共進化による教育学習支援環境EXAITの研究開発」*21において教育にAIを利活用する取り組みが行われている。
2.2.生成AIの活用
1章の「はじめに」で取り上げたChatGPT等の生成AIに関しても,教育分野での活用が始まっている。OpenAI社は、教育へのChatGPTの活用方法として、ディベート相手の代役や、授業計画・教材・試験の作成支援、語学学習、批判的思考の指導等に活用できる*22と紹介している。また、オンラインで学習サービスを提供している非営利団体Khan Academyでは、Khanmigoといった対話型AI家庭教師サービスの提供を開始している*23,24。国内においても、文部科学省の「リーディングDXスクール事業」や経済産業省の「『未来の教室』実証事業」にて、生成AIを活用するパイロット的な取り組みや教育サービスの検証が2023年より開始される*25,26。
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