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社会動向レポート

三位一体の労働市場改革が推進する「ジョブ型」の留意点

人口減少時代における人事マネジメントのあり方(1/2)

経営コンサルティング部 コンサルタント 森田 眞代


はじめに

2023年5月16日、政府の新しい資本主義実現会議は『三位一体の労働市場改革の指針』(以下「本指針」という)を取りまとめた。これにより打ち出されたのは、①リ・スキリングによる能力向上支援、②個々の企業の実態に応じた職務給(ジョブ型人事)の導入、③成長分野への労働移動の円滑化である。

本稿では特に「②個々の企業の実態に応じた職務給(ジョブ型人事)」に着目する。本指針は賃上げや経済成長に主眼を置いているが、目下企業にとって切実な課題は、人口減少等の環境変化や経営資源の制約の下で「いかにして必要な人材を確保・活用し、事業を発展させていくか」ということではないだろうか。「ジョブ型」はその一つの解として取り上げられており、政府がこれを推奨するのであれば一も二もなく飛びつきたい気持ちにさせられる。しかし、ここで取り扱いを間違えると過去の成果主義ブームに類する失敗を招きかねない。そのため本稿ではこれからの企業がとりうる人事マネジメントのあり方や、ジョブ型の導入を検討する際の留意点を明らかにしていく。

1. ジョブ型が求められる背景

一般に、職務給とは賃金の決定方式すなわち企業内の人事マネジメントにかかる名称であって、必ずしも社会慣行としての雇用システムを意味しない。雇用システムとして世界の多数派を占めるジョブ型と、日本特有のメンバーシップ型という分類を生み出したのは濱口(2009)であった。両者の最大の違いは雇用契約のあり方だ。ジョブ型の雇用契約が特定の職務を目的とするのに対し、日本の正社員の雇用契約は職務を限定しない。急な勤務地や仕事の変更も長時間労働も甘受する代わりに安定雇用が保障されるというものだ。

このような雇用慣行はかつての日本の成長を支えた一方で、人件費の高騰、専門性の相対的低下、ワークライフバランスの崩壊といった様々な課題を生じてきた。そのため過去には複数のジョブ型ブームがあった。例えばバブル崩壊後の1990~2000年代、中高年の過度な高賃金を是正する目的で成果主義とジョブ型が結び付けられた。しかし中には、果たすべき成果が不明瞭あるいは恣意的な状態で目標管理制度が運用され、人材育成や長期的・挑戦的活動が抑制されるというケースが生じたため、リストラやコストカットといった負の側面ばかりが注目されてしまった。こうした一過性のブームでは、日本の雇用システム(言い換えれば雇用のあり方に関するパラダイム)そのものが変化するには至らなかったのである。

そして今、2020年の経団連による提言*1を皮切りとしてジョブ型は再び脚光を浴びている。近年その必要性が叫ばれている背景には次のような環境変化がある。


  • 日本の労働人口の減少
    女性・高齢者・外国人といった多様な人材の活用が必要となるため、職務等の客観的な基準による雇用管理が望ましい。そのうえ核家族化や共働きの普及が進み、多くの人にとって会社にフルコミットする働き方は困難となりつつあるため、職務や勤務地、労働時間を限定した働き方が求められている。

  • グローバル化
    国や地域の垣根を超えたビジネスや人材獲得競争が激化している。国内外から優秀な人材を確保し効果的に活用するためには、グローバルに通用する人事マネジメントの方が適している。

  • ビジネス環境の変化速度の上昇
    成長領域に向けて迅速にビジネスモデルを転換するためには、その都度戦略に必要な組織・職務を設計して最適な人材を確保するジョブ型の発想が適すると考えられる。

このような状況の下、政府は本指針にて、職務給と周辺制度の導入によって企業の内部労働市場を活性化させ、合わせてリ・スキリングの促進や企業間の労働移動障壁の撤廃を進めようとしている。これにより内部労働市場と外部労働市場をシームレスに接続し、成長分野への労働移動を促すことで、構造的な賃上げと国際的に競争力のある労働市場を実現することが目的だ。要するに日本経済の成長には雇用の(良質な)流動化が必要との考えだろう。一見、雇用システムそのものの改革を意図しているようだが、抜本的な変化が生じるには相当の時間を要すると思われる。

2. ジョブ型人事マネジメントの類型と留意点

労働市場改革の行方がどうあれ、企業としてはいかに必要な人材を確保・活用して事業を発展させていくかに注力しなければならない。そのために最適な人事マネジメントのあり方を考える必要がある。

その一つの解として注目されているのがジョブ型人事マネジメントだ。典型的には職務等級制度の導入がこれに該当する。しかし、職務を特定しない雇用慣行の下で職務に基づく人事処遇をしようとすると矛盾が生じる。例えばある人を特定のポストに雇用した後、不景気等でそのポストが消失した場合、日本では直ちに整理解雇をすることは難しい。特定のポストに対する適性をみて採用・処遇したにもかかわらず、他の部署に配置転換して雇用を維持せよという司法判断*2がなされることがある。

こうした事情のもと、日本ではジョブ型の派生形として役割等級制度が発展してきた。これは年功的な職能資格制度が主流であった日本企業にジョブ型要素を取り入れ、かといって解雇もままならない中では配置の自由を手放しがたいというジレンマを解決するため、職務よりも抽象的な「役割」を基準に処遇するものだ(図表1)。


図表1 人事マネジメントの比較
図表1

  1. (資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

近年、大企業を中心にジョブ型人事マネジメントを導入するニュースが目立つ。パーソル総合研究所(2021)によれば、57.6%の企業がこれを導入検討・導入済みと回答している。ただし同調査において、ジョブ型を導入する目的の首位に「従業員の成果に合わせて処遇の差をつけたい」が挙げられていることには注意を要する。

ジョブ型と成果主義は必ずしも一致しない。むしろ欧米ジョブ型社会では多くの場合、同一職務であるにもかかわらず成果(評価)によって大きな賃金格差が生じることを善しとしない。しかし日本では「(同じような仕事をしていても)成果に応じて差をつけたい」という声が時折聞かれる。仮にそれが「同一等級内での賃金格差を拡大すること」に帰結するのであれば、ジョブ型である必要はない。成果とは何か、賃金とは何に対して支払われるものなのかという議論が尽くされないまま、賃金分布の分散にばかり注目していると過去の二の舞を演じかねない。

一方、前章で示した環境変化を踏まえ、「多様な人材の活用」「戦略的に必要な人材を確保するための報酬設定」「専門型人材育成」等の目的を掲げるのであれば、ジョブ型人事マネジメントの導入を検討する余地は十分にある。

ただし一口にジョブ型といっても様々な類型が考えられる。①賃金制度を中心にジョブ型要素を取り入れる場合(処遇ジョブ型*3)、②採用や配置等の人材フローを中心にジョブ型要素を取り入れる場合(フロージョブ型)、③人事マネジメント全体をジョブ型に移行する場合(全面ジョブ型)等だ(図表2)。


図表2 ジョブ型要素を取り入れた人事マネジメントの類型
図表2

  1. (資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

若干懸念されるのは「①処遇ジョブ型」を選ぶ場合だ。この類型は組織内にストレスを生じやすい。メンバーシップ型に慣れた企業は配置等の人事権を中央で保持したいと考えるが、そこに処遇ジョブ型を導入すると「会社都合の異動による降格・降給」が起こりうるからだ。そこで比較的柔軟な配置を可能とする役割等級制度の導入が期待されるが、結局は役割上同格とされる狭い範囲内で配置するか、ごく一部の者を降格させる程度にとどまる場合が多い。例外的な処遇や横並びの情実人事が横行するケースもある。会社が言うこととやることが違うという不協和は社員のモチベーションに悪影響を及ぼすだろう。

この点を考慮すると「②フロージョブ型」の方が穏健であり、むしろジョブ型の本質に近い。日本企業がジョブ型を検討する上で最大のポイントとなるのが人事権(特に配置)の制約だからだ。要員計画・採用・配置・育成・代謝といった人材フローを中心に現場の裁量を拡大してジョブ型要素を取り入れ、その運用に慣れてから賃金もジョブ型にすると移行しやすいだろう。

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