Mizuho RT EXPRESS
長期成長を志向するインドネシア新政権の政策
─ 不確実性を孕み2045年の先進国入り目標は野心的 ─
2024年10月16日
調査部 エコノミスト 西野洋平
yohei.nishino@mizuho-rt.co.jp
政府目標の「2045年に先進国入り」は、近年の+5%成長を維持できれば実現可能
インドネシアの実質GDP成長率は最新時点の2024年4~6月期に前年比+5.05%であり、前期の同+5.11%からわずかに減速したものの、3四半期連続で同+5%近傍の成長を維持した(図表1)。コロナ禍の一時期を除き、近年のインドネシアは概ね同+5%の成長率を続けており、近隣のASEAN主要国の中でも相対的に勢いがある。
長期的にみても、インドネシア政府は高い成長目標「Golden Indonesia 2045 vision」(図表2)を掲げる。現在のジョコ政権が設定した目標であり、独立100周年に当たる2045年に1人当たり名目国民所得(GNI)を23,000~30,300ドルにすることを目指す。つまり、約20年後に、現在のギリシャ(2023年: 22,580ドル)やスペイン(同:32,180ドル)といった南欧諸国並みの所得を実現しようというのだ。世界銀行の基準では約15,000ドルを超えるあたりから「高所得国」になるが、インドネシアの長期目標はそれよりも高い「先進国」並みの所得水準に設定されていることになる(図表3)。
図表1 実質GDP
(出所)CEICより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表2 2025~2045年国家長期開発計画
(出所)国家開発企画庁より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
インドネシアの2023年の1人当たり名目GNIは4,870ドルであり、2045年に23,000~30,300ドルを実現するには、一定の仮定の下で年率+4.6~6.0%の実質GDP成長率が必要と試算される1。つまり、近年の前年比+5%近傍の成長率は、長期目標を実現するレンジの下限に近い。
2045年の先進国入りは可能なのか。以下では、①インドネシアの長期的な潜在成長率の観点から課題を抽出する。また、今年2月の大統領選に勝利して10月20日に就任するプラボウォ氏は、2045年の先進国入り目標をジョコ政権から継承することから、②新政権の経済政策が目標達成に資するのかについても考察する。
このままでは年率+5%の成長ペースを維持できず
まず、インドネシアの長期的な潜在成長率について、成長会計の考え方に従って3つの要素(労働投入、資本投入、生産性)に基づいて分析する。近年では、コロナ禍の一時期を除き、これら3つの要素を合わせて前年比+5%程度の成長率となっており、年率+5%程度が長期的な潜在成長率であることが窺われる(図表4)。
労働投入については、今後の成長率を押し上げる効果は減衰していくとみられる。人口ボーナスが終息期に向かい、豊富な労働供給が実現できなくなるためである。国連の人口予測によれば、インドネシアの生産年齢人口(15~64歳)の伸びは鈍化が鮮明となり、2002~2023年平均の年率+1.4%に対し、2024~45年は同+0.4%まで低下する(図表5)。
資本投入については、2015年以降でプラスの寄与度は既に縮小傾向にある。2031年からは生産年齢人口の総人口に占める比率が低下(=稼ぎ手である現役世代の比率が低下)に転じると見込まれ、投資の源泉となる貯蓄もGDP比で縮小することが予想される。国内の貯蓄不足を補うためには、国外からの直接投資の受け入れを拡大させることが課題となる。
図表3 1人当たり名目GNI
(出所)World Bankより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表4 実質GDP(成長会計による寄与度分解)
(出所) Asian Productivity Organizationより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
最後に生産性(TFP、全要素生産性)2については、2009年以降は成長率を押し下げる傾向となっている。TFPのマイナス傾向について、地場研究機関のLPEM(2024)は「高付加価値産業への労働移動の不足」と「資本投資効率の低下」という構造要因を挙げた上で、TFP向上のためには労働者のスキルアップや、デジタルインフラと技術導入への投資などに取り組む必要があると指摘している。
以上の3要素に基づく分析から、このままでは近年の年率+5%近傍の成長率は維持できず、2045年の高所得国入りに向けた成長率レンジ(年率+4.6~6.0%)を達成できるかは微妙な情勢といえよう。
プラボウォ新政権の経済政策は、成長率のテコ入れを図る方向性
潜在成長率の低下を食い止めるには、労働供給の伸び鈍化(=人口ボーナスの終息)は避けらないとしても、国外からの直接投資による資本投入の拡大や、人材育成および技術革新による生産性向上が課題となる。折しも、2月の大統領選挙で当選したプラボウォ氏の政権が10月20日に発足することから、次期政権の経済政策が高所得国入りのカギを握る。実際に、プラボウォ氏の掲げた選挙公約の主なメニューには、潜在成長率にポジティブなものが含まれる(図表6)。
資本投入をテコ入れする外資導入については、従来のインドネシア政府は資源を未加工のまま輸出せず、中間財や完成品に加工してから輸出する「川下化」政策を推進している。例えば、世界生産の約5割(2022年時点)を占めるニッケルについては、国内での精錬・加工を義務付ける。これにより、資源開発を目的とする外資に対し、生産設備への投資も促している3。
次期プラボウォ政権は現ジョコ政権が推し進めた「川下化」政策の継続を表明しており、関連投資は引き続き堅調に推移するとみられる。外資誘致についても、引き続き積極的な姿勢が維持されるだろう。この他にも、グリーンエネルギー投資の促進を図るために現地調達の要件を緩和するなど、ジョコ政権による外資誘致策をプラボウォ政権は継承する方針である。
生産性向上については、人材育成の余地が大きい。Penn World Tableが公表している「人的資本指数」(平均就学年数と教育のリターンに基づき算出)によると、インドネシアの同指数は2019年時点で145カ国中103位、ASEAN10カ国中でも7位にとどまる。具体的に平均就学年数をみても、インドネシアは2023年時点に9.13年で、隣国のマレーシア(11年)や、G7(13年)の水準には及ばず、先進国入りを目指すには心もとない。
図表5 生産年齢人口
(出所)国際連合より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表6 プラボウォ政権の公約
(出所)各種報道等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
次期プラボウォ政権は、積極的な財政出動を通じて人的資本の向上に取り組むとみられる。例えば、次期政権の目玉政策である「無料給食プログラム」はそうした政策のひとつといえる4。この政策は、低所得世帯の経済的負担を軽減し、就学年数を伸ばすことを狙いとしている5。また、2025年から無償の健康診断プログラムの導入も予定されている。2025年には5,200万人が対象となる見込みで、プラボウォ氏の任期最終年となる2029年までには累計で2億人への実施を目指している。この他にも、地域の教育の質を改善するために総合優秀学校を建設することなどを表明している。こうした、教育と健康の質を高める取り組みは、人的資本を高めて生産性を押し上げる要因となりうる。
成長率をテコ入れできるか不確実性は高く、「2045年の先進国入り」目標は野心的
経済成長を実現するうえで、プラボウォ新政権の政策の方向性は良いだろう。しかし、新政権の政策は経済不安定化のリスクも孕んでいる点には留意が必要だ。
例えば、「川下化」政策については、世界的にインドネシアの占有率が高いニッケルでは一定の成果が得られているものの、ボーキサイトや銅などのニッケル以外の鉱石についてはうまくいかない可能性がある。ボーキサイトや銅などはインドネシア以外の国でも調達可能であるため、むしろインドネシア国内での加工義務を嫌って投資が減少するリスクがあろう。
また、人的資本を高めるための積極的な財政支出で、財政赤字は膨らむ恐れがある。プラボウォ氏は政府債務についてジョコ氏よりも寛容な姿勢が窺われ、成長戦略以外にも国防費の引き上げに意欲的な姿勢をみせている。ジョコ政権が成立させた2025年度予算の財政赤字は名目GDP比2.5%で、国内法で規定する同3%のルールを堅守した。しかし、プラボウォ政権下で財政赤字が拡大すれば、通貨ルピアの信認が低下してインフレは高進する恐れがある。
以上より、プラボウォ新政権の成長政策は方向性としては良いものの、狙い通りの成果を得られるかについては不確実性が高い。年率+5%程度の成長を維持して2045年に「先進国」入りを果たすのは野心的な目標といえる。一方で、年率+3%程度の成長を維持できれば、一人当たりGNIで15,000ドル程度が目安となる「高所得国」入りは実現できるだろう。インドネシア経済が現在の南欧諸国並みの所得水準に達するとの過度な期待は禁物なものの、プラボウォ新政権が経済不安定化を回避すれば、現在のチリ(2023年に15,820ドル)やルーマニア(同16,670ドル)に相当する所得水準になることは期待できよう。
[参考文献]
独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(2023)「ニッケルの需給動向(インドネシア)」、2023年4月26日
BAPPENAS(2024), “RPJPN 2025-2045”, BAPPENAS
BPS-STATISTICS INDONESIA (2024), “Mean Years School of Population Aged 15 Years and Over by Province”, BPS-STATISTICS INDONESIA
Feenstra, Robert C., Robert Inklaar and Marcel P. Timmer (2015), “The Next Generation of the Penn World Table”, American Economic Review, 105(10), 3150-3182
LPEM FEB UI (2024),” Indonesia Economic Outlook”, LPEM FEB UI
United Nation (2024),” World Population Prospect, The 2024 Revision “, United Nation
World Bank (2024), “World Development Indicator”, World Bank
- 12023年の1人当たり名目GNIが4,870ドルとすると、2045年に23,000~30,300ドルを実現するには、1人当たり名目GNIが年率+7.3~8.6 %で伸びる必要がある。そして、①交易条件は一定(すなわち名目GNIの伸び=名目GDPの伸び)、②2024~45年のインドネシアの人口増加率は国連推計に基づき年率+0.5%、③2024~45年のGDPデフレーター上昇率は2015~19年と同等の年率+3.2%と仮定すると、(+7.3~8.6 %)+0.5%-3.2%=+4.6~6.0 %として目標達成に必要な実質GDP成長率が試算される。
- 2全要素生産性とは、資本・労働といった量的な生産要素の増加以外の質的な成長要因のことを指す。技術進歩や生産の効率化などが該当する。
- 3「川下化」政策は、投資を促すとともに、生産の高付加価値化でTFPを押し上げる効果も期待される。
- 48月15日に大統領令が公布・施行され、「給食無償化」など国民の栄養問題の解決にあたる「国民栄養庁」が新設された。ジョコ大統領が、後継者として支持するプラボウォ氏の目玉政策を後押しするために、布石を打ったとみられる。
- 52024年8月16日、インドネシア政府は2025年の予算案を発表。歳出は24年の見通しから+9%となる3613兆ルピア(約34兆円)と、次期プラボウォ政権への移行を見据えた内容。プラボウォ氏が目玉政策として掲げる、「無料給食プログラム」には約70兆ルピアが投じられる予定。29年には全国での導入が見込まれており、約8300万人が対象となる見込み。