Mizuho RT EXPRESS
中小企業の業績を左右する「価格転嫁」
─ 価格転嫁率が50%Pt異なると倒産件数に約3,000件の差 ─
2024年7月18日
調査部 経済調査チーム 上席主任エコノミスト 坂中弥生
yayoi.sakanaka@mizuho-rt.co.jp
2023年度の企業倒産件数は2014年度以来の高水準
日本の企業倒産件数はコロナ禍の金融支援で一旦減少したが、2022年度以降は物価高や人手不足、ゼロゼロ融資の返済進展といった要因を背景に増加傾向にある。2023年度の倒産件数(負債額1,000万円以上)は9,053件と、2014年度以来の高水準になった(図表1)。
足元の経済状況に関する企業のコメントをみると、「価格転嫁がある程度進んだ」、「人件費増加分の転嫁が従前よりも進めやすくなった」といった声がある一方で、「人材係留の観点からやむを得ず賃上げを実施したが、コスト増分の価格転嫁が不十分で収益が厳しい」といった指摘もあり、物価や人件費の上昇といった環境変化に対応できるかどうかで企業の優勝劣敗が鮮明になりつつあるようだ(図表2)。さらに、日本銀行の金融政策修正を受けて金利に上昇圧力がかかっていることも、中小企業を中心に企業の利益を下押しし、倒産件数のさらなる増加につながる可能性がある。
図表1 企業倒産件数(負債額1,000万円以上)
(出所)株式会社東京商工リサーチ「倒産月報」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表2 価格転嫁や賃上げに関する企業の声
(注)企業コメントは一部抜粋
(出所)日本銀行「地域経済報告―さくらレポート―(2024年7月)」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
そこで本稿では、人件費・物価・金利の上昇による企業の利益率と倒産件数へのインパクトを検証した。具体的には、コスト上昇の価格転嫁度合いと売上数量の伸びについて複数のケースを想定し、各ケース間で利益率と倒産件数にどの程度差が出るかシミュレーションを行った。
売上数量が変化せず、コスト増加分の価格転嫁率が50%のケースでは、利益率が1.3%Pt悪化
まず、シミュレーションの枠組みと前提について整理しておこう。本稿では中小企業(資本金1,000万円以上1億円未満)を対象に、各種費用と売上高の変化による売上高経常利益率と倒産件数への影響を試算した。
費用面の前提として、みずほリサーチ&テクノロジーズ(2024)における予測値を参考に、人件費の上昇率を5.1%、物価の上昇率を2.0%、長期金利の上昇幅を0.7%Ptと想定した1。これをもとに、企業の営業費用(売上原価+販売費及び一般管理費)のうち、人件費は5.1%、それ以外の費用は2.0%増加すると考えた。金利上昇の影響については、長期金利の上昇による企業の支払利息等、受取利息等の変化分をそれぞれ計算し、両者の差額(利息収支)の変化を経常利益に反映した。
売上高の面では、中小企業が「コスト増加分をどれだけ価格転嫁できるか」「売上数量を伸ばせるか」という2点に着目し、価格転嫁の割合として「100%」「75%」「50%」の3ケース、売上数量の伸びとして「3%増」「不変」の2ケースを設定した。これらの合計6ケース(3ケース×2ケース。費用の前提は同一)それぞれについて、売上高経常利益率の変化幅を試算した。
図表3 人件費・物価・金利上昇による売上高経常利益率への影響シミュレーション
<6ケースの前提条件>
(注)1.中小企業(資本金1,000万円以上1億円未満)が対象。2022年度の年報データ(一部業種については2018年度の年報データ)を使用して試算した。なお、受取利息等については年報でデータが取得できないため、季報のデータを用いた
2.人件費上昇率を5.1%、物価上昇率を2.0%、長期金利上昇幅を0.7%Ptとした
3.④ケースにおいては、経常利益が変わらない一方、売上高はコストの価格転嫁分だけ上昇するため、価格転嫁率100%であるものの、売上高経常利益率は小幅に悪化する
(出所)財務省「法人企業統計調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
試算結果をみると、最も利益率が悪化するケース⑥(コスト増加分の50%を価格転嫁、売上数量が変わらないケース)では、売上高経常利益率が1.3%Pt低下する結果となった(図表3)。中小企業の売上高経常利益率が3.5%(2022年度)であることを踏まえると、1.3%Pt低下のインパクトは大きい。また、売上数量が3%増加するケース(①~③)においても、価格転嫁度合いが低いと利益率が大幅に低下する構図は変わらず、価格転嫁できるかどうかが中小企業の業績に極めて重要であることが分かる。
ケース⑥を業種別にみると、売上高経常利益率の押し下げ幅が大きかった上位10業種のうち9業種が非製造業となっている(図表4)。物価上昇に伴う費用(除く人件費)増加による利益率の押し下げ幅は業種間であまり差がない一方、人件費上昇による利益率の押し下げ幅は業種により濃淡が色濃く表れている。教育・学習支援、その他サービス、医療・福祉、学術・専門・技術サービス、宿泊・飲食、運輸・郵便、情報通信といった人件費率の高い業種では、利益率が大きく押し下げられることが確認できる。また、金利上昇は不動産、電力・ガスで利益率の下押し幅が相対的に大きくなった。両業種とも他業種対比で有利子負債比率が高く、費用に占める支払利息等の割合が大きいことが試算結果に表れた形だ。
図表4 要因別の売上高経常利益率押し下げ幅(ケース⑥)
(注)図表3のケース⑥(売上数量が変化せず、コスト増加分の50%を価格転嫁したケース)の業種別・要因別の売上高経常利益率押し下げ幅
(出所)財務省「法人企業統計調査」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
価格転嫁率が50%Pt異なると、倒産件数に約3,000件の差が出る結果に
次に、前述した6つのケースで倒産件数にどの程度差が出るか試算しよう。川畑(2021)を参考に、中小企業の売上高経常利益率と手元流動性比率((現預金+有価証券)÷売上高)を用いて、倒産件数への影響を推計した2。なお、ここでは人件費・物価・金利の上昇による費用の増加をすべて手元資金で賄うと仮定して手元流動性比率の変化幅を計算した。
6つのケースの試算結果を比較すると、前述した利益率と同様に、中小企業が価格転嫁できるかどうかが倒産件数に大きく影響することがわかる(図表5)。売上数量が変化しないケース(④~⑥)では、⑥(価格転嫁率50%)の倒産件数が④(価格転嫁率100%)に比べて2,776件多い。また、売上数量が3%増加するケース(①~③)でも、③(価格転嫁率50%)と①(価格転嫁率100%)の倒産件数の差が2,437件と大きい。
このように本稿のシミュレーションでは、中小企業が価格転嫁できるかどうかで利益率や倒産件数に大きな差が出る試算結果になった。足元の中小企業の価格転嫁度合いをみると、進展はしているものの十分とはいえない状況であり、企業によるばらつきも大きい。中小企業を対象としたアンケート調査3によれば、コスト増加分について、一部でも価格転嫁できた企業の割合は67%となった。コスト増加分の価格転嫁率は回答企業全体平均では46%となっているものの、コスト増加分を全額価格転嫁できた企業の割合は2割、全く価格転嫁できなかった企業の割合が2割といったように、価格転嫁の度合いが企業により大きく異なっている(図表6)。みずほリサーチ&テクノロジーズ(2024)で示されているように、先行きの個人消費の回復ペースが緩やかとなることが見込まれるなか、売価引き上げが難しい企業も相応に多いことが想定される。当面価格転嫁率の上昇しづらい環境が続き、①~⑥のシミュレーションの中では価格転嫁率50%の③・⑥ケースに近い状況が続く可能性が高いとみられる。
以上を踏まえると、企業によって環境変化に対する対応力に差が出ている状況下、2024年度も倒産件数が増加する可能性は相応に高いと予想される。実際、倒産件数は振れを伴いながらも増加傾向が続いており、2024年4~6月累計の倒産件数(負債額1,000万円以上)は前年同期間対比+25%となっている。2024年度の倒産件数が2013年度以来の年間10,000件超えとなる可能性に注意が必要だ。
図表5 倒産件数の試算結果
(注)図表3内①~③ケースは①を基準に、④~⑥ケースは④を基準に倒産件数推計値の差を示している
(出所)財務省「法人企業統計調査」東京商工リサーチ「倒産月報」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表6 中小企業の価格転嫁動向
(注)2023年10月~2024年3月末までの期間における発注企業(最大3社分)との間の価格交渉・転嫁の状況に関するアンケート調査。集計の対象となる発注企業数は67,390社
(出所)中小企業庁「価格交渉促進月間(2024年3月)フォローアップ調査結果」より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
[参考文献]
川畑大地(2021)「コロナ禍でも企業倒産は減少~今後は資金繰り支援の「出口戦略」が重要に~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『みずほインサイト』2021年3月31日
みずほリサーチ&テクノロジーズ(2024)「2024・2025年度内外経済見通しー二極化と格差を抱えた強弱入り混じる成長パスー」みずほリサーチ&テクノロジーズ『内外経済見通し』2024年7月2日
- 1人件費上昇率の5.1%は春闘賃上げ率、物価上昇率の2.0%は企業物価指数の前年比変化率、長期金利上昇幅の0.7%Ptは10年国債利回りの前年比上昇幅(何れもみずほリサーチ&テクノロジーズによる2024年度予測値)。なお、みずほリサーチ&テクノロジーズ(2024)では、2024年9月以降2025年3月までに日本銀行が2回利上げを行うと予想している。
- 2推計の詳細は次の通り。
<推計式> ln(B)=C+αO+βL
B:倒産件数(東京商工リサーチ倒産月報、負債額1,000万円以上)、C:定数項、
O:売上高経常利益率(法人企業統計年報、金融・保険業を除く全産業、資本金1,000万円以上1億円未満)、
L:手元流動性比率(法人企業統計年報、金融・保険業を除く全産業、資本金1,000万円以上1億円未満)
<期間>1973年度~2022年度
<推計結果>
***は1%水準で有意、()内はt値 - 3中小企業庁「価格交渉促進月間(2024年3月)フォローアップ調査結果」(2024/6/21)