生成現象のモデル化
油・ガスの生成プロセスをシミュレーションすることは、堆積盆評価において最も重要な関心事のひとつであり、以前より詳細な検討がなされてきた。 油・ガスの「ケロジェン根源説」とそれに伴う「根源岩」の概念が確立されるに従い、石油探鉱作業の一環としてこの根源岩の量・質・熟成(熱的進化)度を評価する分析手段が開発された。しかしそれらはあくまで根源岩の「現在の姿」を「坑井位置」で評価したにすぎない。
そこで石油生成現象の一つの側面である根源岩の熱的進化(つまり熟成)の歴史を、定量評価する方法として提唱されたのが「Lopatin法」あるいは「TTI(Time-Temperature Index)法」である(Waples,1980年)。この評価法は経験的に確立された手法であったが、非常に簡便であるところから石油探鉱で盛んに用いられた。そのよりどころは、熟成度に対し時間の効果が直線関数、温度の効果が指数関数的に効き、温度が10℃上昇すれば熟成の進行速度が2倍になるということであった。さらにこの熟成度指標のシミュレーションと室内実験等から得られた「石油生成曲線」を組み合わせる方法により、石油生成反応自体も定量評価された。
しかしこの評価法は、石油生成反応を直接定量化したものでなく、あくまで熟成度指標の熱的進化を仲立ちにしていた。厳密に言えば熟成度指標の温度・時間に対する応答と根源岩中のケロジェンのそれは異なっており、この方法では地温勾配(熱史)の違いによる生成のピークのずれを再現できない(Yalcin and Welte,1988年)。
また石油生成曲線を得るための室内実験は、天然と異なる高温・短時間・閉鎖系であることが多く、その精度に問題があることなどの評価法の限界が指摘されていた(Tissot et al.,1987年)。
このような点を補い石油生成反応を合理的に説明するものとして提唱されたのが、フランス国立石油研究所IFPのTissotらによるモデルである(Tissot and Welte,1978年)。彼らは「反応速度論(Reaction Kinetics年)」を導入し、石油生成反応を直接かつ定量的に評価するモデルを作った。
反応速度論(Reaction Kinetics)
「反応速度論」とは、化学反応の速度が反応の各段階における反応物の濃度に比例するという経験則である。「反応速度定数」と呼ばれるその比例定数(k)も、経験的に温度依存性があることがわかっており、
- 1)A:頻度因子(Frequency Factor)
- 2)Ea:活性化エネルギー(Activation Energy)
という2つのパラメーターによって表されている。
さて、化学反応、特に気体の化学反応を分子論的に見れば、アレニウスの式における2つのパラメーターをさらに良く理解することができる。つまり化学反応は、
- 1)反応する物質の分子同士が衝突し、
- 2)衝突によって得られた運動エネルギーにより、古い結合を切り、
- 3)新しい結合を作る。
過程であると解釈できる。
したがって反応速度を規定しているのは、
- 1)分子どうしの「衝突回数(確率)」
- 2)切るべき結合の「結合力(エネルギー)」
である。なぜなら、反応は衝突する回数が多いほど進みやすく、古い分子同士の結合が弱いほど切りやすいからである。
この衝突回数は反応開始後の進行速度を規定しており、「頻度因子」に相当する。また結合力は反応の敷居値のようなものであり、「活性化エネルギー」に相当する。
なお、実際の化学反応では、古い結合が完全に切れるのではなく、古い結合と新しい結合が共存する状態(活性錯体)を作る。実際には、この状態を作るのに必要なエネルギーを、「活性化エネルギー」と呼んでおり、その大きさは結合エネルギーより小さい。
Tissot Model
IFPのTissotらは、石油生成反応つまり複雑な有機重合体であるケロジェンの熱分解反応を、ケロジェンを構成する一つ一つの結合が、温度上昇に伴い熱エネルギーを受け取り、結合力の弱いものから順々に切れることにより起ると考えた。
各々の反応は一種の熱分解反応であり、化学反応のうちで最も簡単な「一次反応」(生成物は幾つでも良いが、反応物が1つである化学反応)とした。異なる結合は異なる活性化エネルギーを持ち、温度の低い時にはケロジェンの中の小さい活性化エネルギーを持つ結合が切れ、その後温度上昇に伴い大きい活性化エネルギーのものが順々に切れていくという「複数の一次反応の並行進行(Several Parallel Reactions)」により、石油生成反応をモデル化した。
具体的にTissotらは、 ケロジェンから油への熱分解反応を6つの結合が切れる素反応で近似し、さらに油からガスへのクラッキング反応は、油中の「C-C結合」が切れるという1つの素反応で簡略化した。そしてこれら7つの素反応を、それぞれ独立に反応速度論に基づき数式化した。
また彼らのモデルの優れた点は、根源岩毎のケロジェンタイプの違いを、これら6つ結合が全ての結合の中でどれくらいあるのかという割合(濃度)、つまり「活性化エネルギーの分布」の違いで表現した点である。この分類によれば、活性化エネルギーの小さいものが多いケロジェンは、石油生成反応が早く始まり、逆に活性化エネルギーの大きいものが多いケロジェンは石油生成反応の開始が遅くなる。またその分布範囲の狭いケロジェン(例えばタイプI)は、ある濃度に達すると急激に生成反応が進み、その分布が分散しているケロジェン(タイプIII)は、生成反応の進行が緩やかとなるのである。根源岩の有機物量と根源岩中のケロジェンの頻度因子と活性化エネルギーの分布を入力すれば、このモデルにより、反応速度や反応物・生成物濃度の時間変化を計算し、石油生成現象を再現することができる。
堆積盆評価システムにおける生成モデル
既存のベースンモデリング・ソフトウエアの多くはTissot Modelをベースにしているが、
- 石油生成反応を表す反応様式
- 入力パラメーターの与え方
に改良が加えられ、それぞれ特徴がある。当研究室の堆積盆評価システムの生成モデルも彼らのモデルを改良したものであるが、油・ガスの排出・移動をシミュレーションすることを念頭に置き、ガスの生成を厳密に扱おうとするモデルである。
なぜならガスは移動という点ではたいへん動き易い上、油の保存という点でも、生成後排出できずに根源岩中に残っている油のガスへのクラッキングは重要な現象であるからである。ガスへのクラッキングを忠実に再現するため、LLNL(ローレンスリバーモア国立研究所)が提唱した「コーク(Coke)」生成の概念を導入し(Braun and Burnham,1990年)、石油生成反応を3つのプロセスで表現する。

堆積盆評価システムにおける石油生成プロセス
「油あるいはコークからガスへのクラッキングを2種類以上の素反応により表現する。」とした。中間生成物であるコークは、アスファルテンを加熱すると生成されるケロジェン様の不溶性物質に相当する。
さらに滑らかな生成曲線、生成率曲線を得るために、反応速度定数を規定する活性化エネルギーを1kcal/mol毎の分布で与えた。但しもうひとつのパラメーターである頻度因子は、一定値に固定している。また石灰質根源岩で重要と考えられる「初期ビチュメン量」も考慮するモデルとした。
なお、生成モデルのオプションとして、(1)Tissot Modelと(2)LLNL Modelも組み込んでいる。
熟成モデル
前に述べたように「ビトリナイト反射率」のような熟成度指標は、その物質つまりビトリナイトの熱的進化を示しているに過ぎないため、石油生成現象を直接に評価することはできない。しかし熱史(Temperature History)を反映している指標であることから、石油生成反応をシミュレーションする際に必要な「熱史の補正」に活用できる。つまり熟成モデルによる熟成度の計算結果とその実測値を比較し、熟成度を再現する際に用いた熱史、あるいは熱史を計算するために入力した「地殻熱流量」等のパラメーターを補正するのである。一般的にこのような入力パラメーターの補正のことを「適正化(Optimization)」と呼んでいる。
現在、堆積盆評価システムには、次の方法によるビトリナイト反射率のシミュレーションモデルが組み込まれている。
- (1)IMI法(Sato et al.,1986年)
- (2)VITRIMAT法(Burnham and Sweeney,1989年)
- (3)EASY%Ro法(Sweeney and Burnham,1990年)
- (4)SIMPLE-Ro法(Suzuki,et al.,1991年)
(2)~(4)はいずれも反応速度論によるモデルであるが、(2)と(3)は前に述べたローレンスリバーモア国立研究所が提唱したモデルであり、(4)は今大型研究において構築したモデルである。
反応速度論的モデルの一つである「Simple-Ro法」は入力パラメーターである活性化エネルギーを、他のモデルが分布で与えていたのを「一つの見かけの活性化エネルギー」で代用して与え、計算時間の大幅な短縮を計ろうというモデルである。但し各熟成段階での見かけの活性化エネルギー、つまり各熟成段階で反応に最も関わる活性化エネルギーが変化することから、見かけの活性化エネルギーを、ビトリナイト反射率の関数として、
Ea=a・ln(%Ro)+b(a、bは定数)
のように与えることにした。従って入力パラメーターは、a、bという2つの定数のみであり、一つの熟成段階における計算も1回で済むことになる。
この式により与えられる速度定数に基づき、ビトリナイトの熱的進化に伴う「脱水、脱ガス反応による重量減少率(F)」を反応速度論を用いて求め、
%Ro=exp(-1.6+3.7・F)
という関数により新しいビトリナイト反射率を計算する。そのビトリナイト反射率により、次の熟成段階での活性化エネルギーを求めるという計算を繰り返しビトリナイトの熱的進化を再現する。
出典:石油公団 地質・地化学研究室
「堆積盆評価システム」の概要-大型研究『原油・根源岩対比技術』における「堆積盆評価システム」の開発(その2)-
石油の開発と備蓄 '91.8
- 原理1.地質シミュレーションモデル
- 原理2.生成シミュレーションモデル
- 原理3.移動シミュレーションモデル
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