[連載]2040年の社会を、ともに語る。ともに創る。
地域金融機関の現状や行員の意識から考える
第2回(DEI編)SOGI(性的指向・性自認)による差別のない社会への道のり
2023年12月7日
社会政策コンサルティング部 ヒューマンキャピタル創生チーム
堀 菜保子
人口減少、少子高齢化が加速する我が国、日本。社会・経済の活力を維持・発展させ、安心して暮らせる社会基盤づくりをどのように進めていくべきか、課題解決に向けた取組みが各方面で進んでいます。
社会政策コンサルティング部では、個人の幸福な生活とサステナブルな社会・経済の実現に向け、さまざまな角度から議論を重ねています。
今回はそのなかでも「DEI*」「ヘルスケア」をメインテーマに、2040年を見据えた議論を連載コラムとして皆さんにお伝えしていきます。今回はその第2回です。
2040年の社会を、ともに語り、ともに創っていきましょう。
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*DEI (ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン):
あらゆる多様性を尊重し、機会の公平性を確保し、多様な視点や価値観を積極的に取り入れるという概念
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第2回 (DEI編)SOGI(性的指向・性自認)による差別のない社会への道のり ―地域金融機関の現状や行員の意識から考える―
【誰ひとり取り残さないため、中小企業と繋がる地域金融機関に着目】
2023年は、日本社会でLGBTQ+を含む性的マイノリティに関係する動きが相次いだ。6月には“LGBT理解増進法”*1が成立。同性婚をめぐる地裁判決や、戸籍上の性別変更に関する現行法の規定を「違憲」とする最高裁の判決も言い渡された*2。そのような中、民間企業に関する動きも注視する必要がある。理解増進法では企業の努力義務として「普及啓発」「就業環境の整備」「相談の機会の確保」等を明記。これらを含む企業等の取組みの評価指数「PRIDE指標」への応募社数は、今年度は398社にのぼった*3。
『2040年の社会』という長期的見地でSOGI(性的指向・性自認)による差別のない社会の実現への道のりを考えると、これらの動きを持続、加速させることが必要だ。現在企業による取組みは大企業で先行して進んでおり、中小企業ではその動きは緩やかである*4。しかし、中小企業の割合が99%を超え、中小企業で働く従業員数が約7割という日本の状況に鑑みると、中小企業においてもSOGIによる差別が起きないための施策を実施することが不可欠である。
そこで筆者は、中小企業に大きな影響力を持つ地域金融機関に着目した。昨今、非財務面においても「顧客企業に対するコンサルティング機能の発揮」や「地域の主導的役割」を求められる地域金融機関がSOGIを含む人権尊重に対してどのような役割を果たせるのかという視点を持ち、その一歩目として地域金融機関自身の実態を可視化するための調査研究に取り組んでいる。本稿では、その調査から見える地域金融機関のSOGIに係る現状や行員の意識の一部から、SOGIによる差別のない社会を実現するための道のりを考えたい。
【性的マイノリティを取り巻く社会課題の存在の認知は進むが、「正しい理解が十分には浸透していない」現実も】
地域金融機関のSOGIに係る意識や風土、関連する体制や制度の整備状況を把握するため、当社では、自主研究の位置づけで、地域金融機関に勤める行員向けアンケート、並びに地域金融機関向け(回答は経営企画や人事労務関連部署の担当者)のアンケート調査を実施した。当該調査結果からは、地域金融機関の課題と可能性の双方が垣間見える。
まず、地域金融機関で働く行員(n=2742)に職場に性的マイノリティ当事者がいるかどうか尋ねた設問では、「いないと思う」が70.4%、「認知していないが、いる可能性を想定している」が25.0%、「いる」が4.6%であった。
図1 いまの職場に性的マイノリティの方はいますか
出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ「SOGI(性的指向・性自認)に関わらず全ての人が尊重される地域づくりに関する調査 ―地域金融機関の果たせる役割とは―」
他方で、本調査で「性的マイノリティ当事者である」と回答した行員79人のうち、自らの性のあり方をオープンにして生活している人(ご自身が性的マイノリティであることを「ほとんど全員に伝えている」と回答した人)の割合は7.6%(6人)であり、ほとんどの当事者は性のあり方を周りに伝えずに過ごしていることがうかがえる。さらに本調査では、職場の人に自身が性的マイノリティであることを伝えた理由として「アウティング/カミングアウトの強要があった」と答える人もいた*5。
一見、「正しい理解が十分に浸透していない」とうかがえる結果がある一方で、性的マイノリティの人の存在を前提とした対応や性的マイノリティに関する社会環境の課題解決に「取り組みたい」「取り組むべき」という意欲を持つ人の割合の高さが見られることも事実である。
行員個人に「あなたは、地域金融機関は性的マイノリティの人の存在を前提とした対応(人事制度の設計や職場環境の整備、地域のお客さまに向けた取組等)を行うべきだと思いますか」と聞いた設問では、75.4%の行員が「行うべき」と回答している。
図2 地域金融機関は、性的マイノリティの人の存在を前提とした対応を行うべきか
出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ「SOGI(性的指向・性自認)に関わらず全ての人が尊重される地域づくりに関する調査 ―地域金融機関の果たせる役割とは―」
また、速報値(n=49)ではあるが、地域金融機関向けの調査でも、約9割の地域金融機関が「地域金融機関として、性的マイノリティに関する社会環境の課題解決に貢献したいか」に対して「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と答えている*6。
性的マイノリティ当事者が職場に「いないと思う」人の割合の高さと、一方で、性的マイノリティの人の存在を前提とした対応や性的マイノリティに関する社会環境の課題解決に「取り組むべき」「取り組みたい」と回答する人の割合の高さ、これがまさに本テーマを探索する上での大事なヒントだ。「漠然と"性的マイノリティを取り巻く社会課題がある"ことは認識しているが、“自分自身に身近な課題だとは思っていない”」という状態にある人が一定数いるのではないかと考えられる*7。“自分自身に身近な課題だとは思っていない”ために、いざ性的マイノリティの当事者が身近にいると分かったときにどうしていいかわからず、本人の了解を得ず他人に伝えてしまったり、興味本位で言いふらしてしまったりする状況が起きているのではないかと推察される。
【地域金融機関の取組み状況が社会のうねりを作る】
では、この状態にどのように向き合っていくべきか。山口県内の自治体や企業を対象にSOGIに係る研修等を実施している「レインボー山口」事務局長・鈴木朋絵弁護士の語りから考えたい*8。まず鈴木氏は、現在地域金融機関では住宅ローンの「配偶者」に「同性パートナー」を含めるようにする等、金融商品面での対応が先行している現状について、それも大切だとしたうえで「金融商品面でも対応できることはまだあるし、“ピンクウォッシュ”*9とならないよう自社内の制度を整える必要がある」と話す。自社内の制度を整えることそれ自体が、「当事者は既にあなたの隣にいる」ということを当事者の負担やリスク無しで感じてもらう意味を持つと説明する。さらに、制度設計や取組み開始後に「浸透をはかり続ける」ことの重要性にも言及する。「例えば、本社で制度を作ったり『LGBTフレンドリーな企業です』と打ち出したりしても、支社等にはその情報が行き届いていない場合がある」とも指摘する。これを地域金融機関に置き換えると、営業店や窓口で働く一人ひとりにまで制度を浸透させることが必要だといえる。
地域金融機関で性的マイノリティの存在を前提とした制度を整えることは、働く行員がまず「自分の隣に当事者はいるかもしれない」という意識を持つことにつながり、それは、日頃接する顧客企業(多くの場合、中小企業)や地域住民に対しても同様に思える状態を作り出すことにもなると考える。さらに昨今地域金融機関は非財務面においても「顧客企業に対するコンサルティング機能の発揮」や「地域の主導的役割」を求められていることを踏まえると、中小企業のSOGIを含む人権尊重の支援にもつながりうると言える。つまり、地域金融機関でSOGIに係る取組みを行うことは、機関内に留まらないプラスの影響を及ぼす可能性を秘めている。SOGIによる差別のない社会を実現するために現在ある動きを持続/加速させられるかは、地域金融機関の取り組み度合いが1つの鍵を握っていると言えるだろう*10。
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*1正式名称は「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」
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*2現在G7で同性カップルに対して法的権利を与えず、性的マイノリティに対する差別を禁止する規定がないのは日本だけであり、性的マイノリティを取り巻く法制度の整備状況がOECD加盟国の中で35か国中34位(2019)という国際社会での日本の位置に変わりはないことも押さえておく必要がある。
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*32016年に始まった日本初の性的マイノリティに関する企業・団体等の取組みの評価指数。
一般社団法人work with Prideが企画・運営を行う。 -
*4Indeed Japanによる「企業のLGBTQ+当事者の従業員への取り組みに関する調査」(2023年6月)では、LGBTQ+の従業員に対する取り組み度合いを企業規模別にみると、大企業では39.0%、中小企業では2割以下の18.0%であることが明らかにされている。
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*5本人の了解を得ずに性のあり方を他者に暴露することを「アウティング」と言うが、過去にアウティングが原因で自死につながった事件もあり、アウティングやカミングアウトの強要は生死に関わる問題である。また、職場のハラスメント対策の義務化などを定める労働施策総合推進法においても、アウティングは「パワーハラスメント」と認定されており、実際に今年は、職場でのアウティングを労災と認める判決が出た。(同意なき性的指向暴露"アウティング"巡り 労災認定 全国初か | NHK | ニュース深掘り)
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*6本稿では、締め切り前の速報値を算出(速報値はn=49でその内訳は地方銀行=2、第二地方銀行=3、信用金庫=44である)
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*7本アンケート調査は匿名を前提としてはいるものの、社会規範によって「取り組む必要はない」と答えるには心理的障壁の高さがあることなど、他にも様々な要因があると考えられることを申し添える。
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*8「レインボー山口」は、今年県内で初めてのレインボープライドを開催。レインボープライドの実行委員長・田中愛生氏は、今回鈴木氏と一緒に話をしてくださった。
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*9「LGBTフレンドリー」を掲げながらその実態には疑問の残る状態を指す言葉。
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*10本稿で触れた地域金融機関と行員を対象にした調査(「SOGI(性的指向・性自認)に関わらず全ての人が尊重される地域づくりに関する調査 ―地域金融機関の果たせる役割とは―」)は、法政大学 グローバル教養学部 助教 平森大規氏/認定NPO法人 グッド・エイジング・エールズ 代表 松中権氏/認定NPO法人 虹色ダイバーシティ 理事長 村木真紀氏の助言を得て実施している。結果概要は2024年1月に発表予定。今後は、可視化された現状をもとに取組みを進めるにあたって必要な点等を整理していきたい。調査にご協力いただいた地域金融機関、行員の皆様に感謝の意を表したい。