日本でも観測、今注目を集める天然水素とは― 次世代エネルギーのゲームチェンジャーとなるか ―

2025年4月10日

サステナビリティコンサルティング第1部

神矢 彩花

近年、専門誌のみでなくThe Wall Street Journal、The Economist等の経済誌でも取り上げられるなど、天然水素への注目が集まっている。日本でも三菱重工や大阪ガスが天然水素探査の米国スタートアップ企業への出資を発表したほか、NHKで特集が放送されるなどホットなテーマとなりつつある。なぜ天然水素が注目されているのか、本稿では次世代エネルギーとしてのポテンシャルと日本における可能性について示すと共に、今後の日本への期待について言及した。

天然水素とは

一般的には地中で自然に生成された水素を指す。Natural / Gold / White Hydrogen等で呼称されている。天然水素がどのように作られるか、詳細なメカニズムは解明されていないが、現時点では、蛇紋岩化反応と呼ばれる鉄を豊富に含む岩石と水による酸化還元反応によって生成されるプロセスが主力だと考えられている*1。生成された天然水素は断層や岩石の亀裂を伝って高孔隙率な岩相に貯留され、緻密な岩相でシールされた後、トラップとなるような地層構造によって蓄積されると考えられている*1*2
天然水素の主な利点と課題を下表に示す。天然水素は、地中から直接採取可能で、水電解や水蒸気改質のような人為的な製造プロセスが不要であることから、低コストであり、ライフサイクル全体のGHG排出が少なく環境負荷も小さいと言える。供給規模等が不明である点や純度の観点から現時点では商業化はされていないが、上述の天然水素の生成反応は比較的速く*2、連続的に生成されていると考えられており、枯渇する可能性が低いと推測されている*1*3
また、米国地質調査所(USGS)の支援を受け実施されたマスバランスアプローチをベースとしたモデルを用いた試算では現在の世界の水素需要量9,700万トン*4をはるかに超える10億~1000兆トンの天然水素が存在する可能性が示されるなど*5、メディアではゴールドラッシュの兆しとも表現されている。

天然水素の主な利点と課題

利点 課題
  • 他水素と比較して環境負荷が小さい*3
  • 他水素と比較して低コスト
    (マリ共和国での推定コスト*4:0.5米ドル/kg)
  • 日本でも観測されている*2
  • 枯渇する可能性が低い*1*3
  • 詳細なメカニズムが未解明*6
  • 供給規模、供給安定性が不明*6
  • 商業化されている例がない*4
  • 高純度は稀(メタン、ヘリウム、窒素、二酸化炭素等が併産)*2*7

出典:各種公開情報をもとにみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

なぜ今天然水素が注目され始めたのか

天然水素の発見は、1987年マリ共和国の井戸で採掘員がタバコを吸っていたところ突然爆発した火災事故に遡る。以降、井戸は封鎖されていたが、2012年に石油ガス企業により98%の高濃度で水素が発生していることが発見された*1。当時、地中で生成された水素は炭化プロセスで消費されると考えられていたが、マリ共和国の一件により水素が鉱床として高濃度に存在することが示された。
注目が集まったきっかけは上記のマリ共和国における天然水素の発見に関する2018年に発表された論文が挙げられる*8。以降、天然水素に関する論文数は増加しており、2023年には科学学術雑誌Scienceで”Hidden Hydrogen”として論文が発表されている*1。実際に米国を中心に豪州やフランスでも試掘調査が進んでおり、現在トルコ、オマーン、カナダ、イタリアなど世界各地で天然水素が観測されている*9

日本における天然水素の可能性とは

日本では、長野県に位置する白馬八方温泉で唯一観測されている。この地域は、上述の蛇紋岩化反応によって天然水素と共に形成される「蛇紋岩」が分布している。また火山列が縦断する地域で、蛇紋岩の特徴である強アルカリ性(pH11.4)の温泉が存在し、世界的に珍しい場所として知られている*10。蛇紋岩は上越帯、飛騨外縁帯、北海道の神居古潭帯等、日本で複数分布しているが*11、白馬八方温泉以外に天然水素の観測はされていない。生成された天然水素が炭化プロセスや微生物反応等で消費されている可能性も否定できないが、日本における試掘調査が限定的であるために、発見に至っていないとすれば、今後、試掘調査が進むことで新たな観測地点の発見が期待できる。

また、北海道大学はフィリピン海プレートの沈み込みによる水素生成の可能性を示している。この水素生成プロセスは2種類に大別され、上述の蛇紋岩化反応等の岩石と水の相互作用に加え、新たに有機堆積物の熱分解による水素生成が報告されている*12*13
なお、フィリピン海プレートの沈み込みによる蛇紋岩化反応と有機堆積物の熱分解は、共にプレートが沈み込む際の温度上昇を起因に進行すると考えられている。蛇紋岩化反応は、温度上昇に伴うプレートの脱水反応で水が生成し、周囲の岩石と反応することで進行するとされている*12*14。有機堆積物の熱分解は、プレートと共に沈み込んだ有機堆積物が、温度上昇に伴い熱分解されることで進行するとされている。この反応はメタン生成プロセスとしては知られていたが、水素も持続的に生成されることは初めて解明されたとしている。有機堆積物の熱分解によるメタンや水素の生成は過去約220万年間にわたり継続していると考えられており、これまでに南海トラフ1kmあたりで5,900億m3/kmのメタンが生成され、水素生成量はそれ以上と推定されている*13
南海トラフ周辺地域は巨大地震の発生が予想されている地域でもあり、同地域に関する基礎データが豊富に蓄積されていた。今回のメタン・水素生成プロセスの解明はそれらのデータが活かされた結果としており、メタン・水素生成と地震発生の相関についても調査されている。今後さらなる資源探査によって、詳細なメカニズムや天然水素としての経済性等が明らかとなることを期待する。

最後に

天然水素は、低環境負荷・低コストの観点で、化石燃料由来水素はもちろん、近年導入が推進されているブルー・グリーン水素より優れている可能性がある。安定的な産出が可能となれば、次世代エネルギーのゲームチェンジャーとなる可能性がある。
国際エネルギー機関(IEA)によれば、現在約40社の企業が天然水素の探査を実施しており、これは2020年と比較し4倍に増加している*4。このような潮流を受け、米国エネルギー省(DOE)はARPA-Eの革新技術補助金プログラムを通じて天然水素のプロジェクトに計2,000万ドルを拠出することを2024年2月に公表している*15。さらに2025年1月にはUSGSが米国本土48州における天然水素の発生可能性を示すマップを公開している*16。また、フランスがEUに先立って2022年4月に天然水素を鉱業法の対象に含める*17など、世界では天然水素の開発に向けた動きが加速化している。
天然水素は日本においてもポテンシャルが期待される低環境負荷な天然資源であり、早期に国内の研究開発や探査に取り組むべきだと考える。そのためには政府支援体制の構築が必須であり、今後の産官学一体となった取り組みが進められることを期待する。

  1. *1
    Hand, E. Hidden hydrogen. Science. 2023, Vol.379, p.630-636.
  2. *2
  3. *3
    IEA Hydrogen Technology Collaboration Programme (TCP) Task 49.
  4. *4
    IEA, Global Hydrogen Review 2024
  5. *5
    Ellis, G., Model predictions of global geologic hydrogen resources. Science Advances. 2024, Vol 10, Issue 50.
  6. *6
  7. *7
    Etiope, G. et al., Abiotic methane flux from the Chimaera seep and Tekirova ophiolites (Turkey): Understanding gas exhalation from low temperature serpentinization and implications for Mars, Earth and Planetary Science Letters, 2011, 310, 96-104.
  8. *8
    Prinzhofer, A. et al., Discovery of a large accumulation of natural hydrogen in Bourakebougou (Mali)
  9. *9
    Zgonnik, V. The occurrence and geoscience of natural hydrogen: A comprehensive review. Earth-Science Reviews. 2020, Vol.203, 103140.
  10. *10
  11. *11
    寒地土木研究所月報 No.809 2020年9月
  12. *12
    Suzuki, N. et al. Thermogenic methane and hydrogen generation in subducted sediments of the Nankai Trough. Commun Earth Environ. 2024, Vol.5, 97.をもとに弊社理解にて記載
  13. *13
  14. *14
  15. *15
  16. *16
  17. *17

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