「ポスト・トゥルース」時代の年金不信

2025年10月20日

みずほリサーチ&テクノロジーズ 主席研究員

藤森 克彦

*本稿は、『週刊東洋経済』 2025年8月23日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

現代は事実よりも感情や信じたいことに反応する「ポスト・トゥルース(post truth)」の時代といわれている。先月の参院選挙では、消費税や社会保険料の負担軽減が争点になった。こうした措置は社会保障給付の縮小につながりかねない。それでも一定の支持を集めたのは、若い世代を中心に「どうせ自分たちは公的年金などの給付に頼れない」という意識が根強いからだと思われる。
実際、大学の講義で公的年金を取り上げると、多くの学生が「少子高齢化の下では年金制度は破綻する」との意見を示す。筆者は「公的年金制度には、現役人口の減少や平均余命の伸びに応じて年金の給付水準を調整する仕組みが組み込まれているので、財政的に破綻しない」と説明する。
しかし、学生は納得しない。「少子高齢化に応じて給付水準が低下すれば、自分たちが高齢期になった頃にはまっとうな年金額を受給できない」と不安を口にする。そこで、厚生労働省が昨年初めて行った「出生年度別の65歳時に受給する平均年金額」を記したいわゆる分布推計を見せると、学生は一様に驚く。若年世代が受給する年金額は、今の高齢者よりも高いことが示されているからだ。
具体的には、2024年度末に65歳の人(1959年度生まれ)の平均年金月額は12.1万円だったが、経済が順調に成長する場合、20歳(04年度生まれ)は22.5万円(24年度価格)になり、87%も増加する。過去30年のように経済が振るわない状況であっても、20歳の実質年金額は現在の65歳に比べて13%増となる。
少子高齢化が進むのに、なぜ若年世代の年金額は増えるのか。その主な要因は、若年世代ほど長く働いて厚生年金の加入期間が延びることだ。その結果、年金額は給付水準の調整を上回って増加する。
とくに女性では、厚生年金に20年以上加入する人の割合は、現在の65歳では4割弱にすぎないが、20歳では7割台になると試算されている。これは、経済が順調に進もうが、過去30年の投影だろうが、さほど差はない。
従来の議論では、分布推計と異なって、悲観的な未来が語られてきた。そこでは、夫が厚生年金に加入し40年間働いて、妻はその間ずっと専業主婦という片働き世帯の年金額(モデル年金)が前提である。夫婦世帯に占める共働き世帯の割合は7割を超えるのに、モデル年金は働く妻の厚生年金(報酬比例部分)を勘案していない。
これに対して、分布推計は男女別の年金額が示されていて、若い女性ほど労働参加が増えていく実態を反映している。若い世代が将来の年金額をイメージしやすい。
そして同推計が示す通り、長期に、さらに高賃金で働けば、その分年金額は増える。今後一層注力すべきは、子育てや親の介護があっても男女ともに働き続けられる両立支援策や、テレワークなど柔軟な働き方の拡充であろう。
以上のように、若者は将来の年金をいたずらに不安がる必要はない。一方、ポスト・トゥルースの時代では年金不信が蔓延し、実態に合った未来の姿が伝わりにくい。難題だが、社会保障教育が重要だ。

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