社会政策コンサルティング部 チーフコンサルタント 野中 美希 リサーチャー 杉田 裕子
児童館が地域で果たす役割と今後の可能性
これまで見てきたように、児童館は、戦後間もないころから、時代の要請に応じて、また地域の状況や個々の自治体で求められている役割に応じて、地域の拠点となり、子どもの健全な育成を支え、子育て支援を担ってきた歴史がある。 しかし、近年の我が国の子育て支援施策においては、地域子ども・子育て支援事業等で様々な子育て支援メニューが打ち出されているなかで、「児童館」という貴重な社会資源を積極的に利用する動きは残念ながら見られていない。また、「新・放課後子ども総合プラン」(文科生第396号子発0914第1号、平成30年9月14日、文部科学省生涯学習政策局長、文部科学省初等中等教育局長、文部科学省大臣官房文教施設企画部長、厚生労働省子ども家庭局長通知)に基づき、共働き家庭等の増加に伴う放課後児童クラブの待機児童数の解消や、地域の子どもの多様な体験・学びの機会の充実を目的とした事業を推進しているが、学校施設の活用を基本としていることもあり、すべての子どもが自分の意思で通える場所、よりどころといった性格は有していない。
児童館は、地域に施設として存在することで、子どもが通っている保育所、幼稚園、小中学校等の限られた範囲だけでなく、異なる保育所、幼稚園、学校等に通う子ども、異なる年齢の子どもや地域住民等との関わりができる場所である。さらには、子どもが自らの意思で来たいときに来て、やりたいことができる場所であるのに加え、「児童厚生員」という専門職がいて、子どもと一緒に考え、対応し、時には相談にのってくれるところなのである。
こうした機能や役割を果たせるのは、施設として常に地域に存在し、児童厚生員がいるからこそであり、特定の機能に特化した活動や事業型の子育て支援メニューでは果たすことができない。
子どもや子どもとともに来訪する保護者にとっても、同じ場所、顔なじみの児童厚生員との関係ができることで、気軽に気になっていることや困っていることなどを相談できる関係を構築しやすいであろう。また、一見すると問題ないように見える子どもや保護者であっても、何度か訪れてくるなかで、児童厚生員が小さな変化や、子どもや保護者への支えの必要性に気付くこともできる。そこから、児童館が支えていくこともできれば、より専門的ケアが必要な場合には専門機関や行政につないでいくことも可能となる。
特定の機能に特化した活動や事業型の子育て支援メニューにもそれぞれの役割・意義があるが、児童館は、保護者等にとっての相談場所・よりどころ、子供にとっての居場所、相談できる場所としてなど、現代の課題に対応した役割を果たせる重要な拠点となり、子どもや子育て家庭を守る防波堤となりうる可能性を秘めている施設と考えられる。まさに、「児童館ガイドライン」(2018年版)で示されたように、「拠点性」、「多機能性」、「地域性」という児童館にしか果たしえない機能・役割があるのである。
しかし、前項で紹介した京都市やうるま市の児童館のように、子どもが自由に遊べる場所であると同時に、地域での児童館の役割を認識し、その役割を果たしている児童館もあるが、全国的にみてすべての児童館が地域の状況を把握し、子どもや子育て家庭の支えとして十分に機能しているかといえばまだその段階には至っていない。また、児童館を設置していない市区町村が全国に約4割あるなど、児童館のない地域に暮らす子どもや子育て家庭は少なくない。
今回改定された「児童館ガイドライン」(2018年版)には、個々の自治体や児童館が、それぞれの地域特性や置かれている状況等を考え、子どもや子育て家庭が必要としていることは何か、そのために自分たちの児童館にできることは何かを自問自答し、地域で求められる児童館に発展させられる道標となる要素が盛り込まれている。
これだけの可能性のある児童館を活かし、全国各地でその役割を果たしていくためには、
- [1]「児童館ガイドライン」(2018年版)を児童館関係者にとどまらず、児童館未設置自治体の担当者や子ども・子育て会議委員、地域住民等あらゆる主体に広める
- [2]「児童館ガイドライン」(2018年版)が本質的に意味することを児童館関係者が理解できるよう、厚生労働省や自治体等が研修会等を通じて普及する
- [3]先駆的で一般化可能な活動や取組の事例を収集・普及して、児童館の可能性を広める
- [4]全国の自治体や児童館運営団体において、児童館運営の自己評価や第三者評価の取組を促進させるとともに、「児童館ガイドライン」(2018年版)を実践の振り返りや運営内容の改善のための指標等として活用可能な媒体(解説書、評価基準等)を行政や児童館関係団体等が示す
などの取組を推進していくことが期待される。こうした取組が進展すれば、児童館の役割や必要性などが自治体や地域住民などにも理解され、児童館未設置自治体がゼロになっていくのではないか。全国で子どもや子育て家庭の支えとなる地域の「子ども施設」が広まり、子どもたちの笑顔が広がることを期待したい。
注
- (1)「一億総中流」の根拠としては、総理府(現内閣府)が実施する「国民生活に関する世論調査」において、世間一般からみた自分の生活程度を「中の上」「中の中」「中の下」を合わせた「中流に属すと意識している人」が9割を占めたことにより言われるようになったこと等がある。
- (2)セツルメントとは、貧しい住民の住む地区に宿泊所・診療所・託児所などを設け、住民の生活向上に努める社会運動、またはその施設をいう。日本では、隣保館と呼ばれる場所を指す場合もある。
- (3)高城義太郎「総論02児童館の基本的理念と機能-国庫補助制度創設時の思想」,財団法人児童健全育成推進財団「児童館 理論と実践」,p.24(2007年)
- (4) 一般財団法人児童健全育成推進財団ホームページ(2018年11月29日アクセス)
- (5)たとえば「都市児童健全育成事業の実施について」(昭和51年6月9日厚生省発児第118号厚生事務次官通知)では、留守家庭児童対策は本来、児童の生活圏に見合った児童館の整備等各種施策の組合せによって推進されるべきことが指摘されている。
- (6)全国学童保育連絡協議会が1979年に公表している児童館実態調査結果(全国学童保育連絡協議会編・一声社「学童保育年報 1979.9 No.2」,p.76(1979年))によると、全国の児童館のうち学童保育を行っている割合は43.1%。
- (7)「児童館の設置運営について」(昭和53年6月9日 厚生省発児第117号厚生事務次官通知)
- (8)文部省・厚生省・労働省・建設省「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」(1994年12月6日)
- (9)「児童館の設置運営について」(平成12年7月14日厚生省発児第113号厚生事務次官通知)
- (10)みずほ情報総研株式会社「児童厚生員の処遇や資格の現状と課題に関する調査研究」(平成29年度子ども・子育て支援推進調査研究事業,植木信一座長),p.210(2018年)
- (11)1998年以降、児童館で子どもに直接関わる職員の法律上の名称は「児童の遊びを指導する者」とされているが、本稿では全て「児童厚生員」という呼称を用いている。
- (12)たとえば、財団法人こどもみらい財団「これからの児童館のあり方についての調査研究」(平成20年度児童関連サービス調査研究等事業,主任研究者 鈴木一光),pp.102-106(2009年)では、児童館や児童館職員の位置づけに係る課題を6つの観点から考察している。
- (13)財団法人こどもみらい財団「これからの児童館のあり方についての調査研究」(平成20年度児童関連サービス調査研究等事業,主任研究者 鈴木一光),p.133(2009年)
- (14)一般財団法人児童健全育成推進財団「児童館における子育て支援等の実践状況に関する調査研究」(平成27年度子ども・子育て支援推進調査研究事業,主任研究者 野中賢治),p.11(2016年)
- (15)子ども・子育て支援制度のなかに位置づけられた、市町村が地域の実情に応じ、市町村子ども・子育て支援事業計画に従って実施する事業「地域子ども・子育て支援事業」として、利用者支援事業、乳児家庭全戸訪問事業など13事業が指定されている。
- (16)社会保障審議会児童部会遊びのプログラム等に関する専門委員会「遊びのプログラムの普及啓発と今後の児童館のあり方について 報告書」,p.3,5(2018年9月20日)
- (17)厚生労働省 平成29年度子ども・子育て支援推進調査研究事業の補助を受け、弊社の自主研究事業として実施したものである。本調査研究は、一般財団法人児童健全育成推進財団のご協力を得て、実施した。
- (18)みずほ情報総研株式会社「児童厚生員の処遇や資格の現状と課題に関する調査研究」(平成29年度子ども・子育て支援推進調査研究事業,植木信一座長),pp.83-92(2018年)
- (19)みずほ情報総研株式会社「児童厚生員の処遇や資格の現状と課題に関する調査研究」(平成29年度子ども・子育て支援推進調査研究事業,植木信一座長),pp.62-70(2018年)
- (20)社会保障審議会児童部会遊びのプログラム等に関する専門委員会「遊びのプログラムの普及啓発と今後の児童館のあり方について 報告書」,pp.14-15(2018年9月20日)
- (21)厚生労働省「児童館ガイドラインの改正について(通知) 参考資料1」(平成30年10月1日子発1001第1号厚生労働省子ども家庭局長通知),p.1
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