経営・ITコンサルティング部 西脇 雅裕
本稿では、まずMaaSの概要や、移動手段であるモビリティやMaaSアプリケーションといったMaaSの構成要素に関する最新の取組の動向など、MaaSの現状について紹介する。続いて、わが国において、今後MaaSを導入していく上で重要となる視点について考察を行い、最後に、日本におけるMaaSのあるべき姿の一つとして、“MaaS+(マース・プラス)”という考えを提唱する。
MaaSの現状と、わが国でMaaSを導入する上での重要な2つの視点(PDF/949KB)
MaaSとは何か
(1)MaaSの概念と効果
MaaS(Mobility as a Service)という言葉を聞いた時に、どのようなイメージを持つだろうか。現在のところ、MaaSに関して、世界的に統一された定義は存在しないことから、人によってイメージが異なるのではないだろうか。
いくつかの取組ではMaaSの概念を示しているものがある。例えば、MaaSの展開促進を目的に、欧州の官公庁や民間企業を中心に結成されたパートナーシップ、MaaSAllianceでは「Mobility as a Service (MaaS) is the integrationof various forms of transport servicesinto a single mobility service accessible ondemand.(1)」としており、MaaSを「様々な形式の交通サービスを、オンデマンドでアクセス可能な単一のモビリティサービスに統合するもの」としている。一方、日本に目を向けると、国土交通省は「ICTを活用して交通をクラウド化し、公共交通か否か、またその運営主体にかかわらず、マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティ(移動)を1つのサービスとしてとらえ、シームレスにつなぐ新たな『移動』の概念である。(2)」とMaaSの概念を示している。
これらの概念を整理すると、MaaSのポイントは「個々のモビリティごとに分散されていた各種情報を単一のアプリケーション等に統合することで、様々なモビリティを活用したシームレスな移動を実現すること」と言える。従来の移動は、移動ユーザ自身の経験や勘のほか、移動ユーザ自身が独自に収集した各モビリティのルートや運行情報等に基づき、出発地から目的地までの移動全体の行程を移動ユーザ自身が計画していた。また乗車するモビリティごとに予約や支払い等を行う必要があった。一方、MaaSが実現されれば、移動ユーザはMaaSアプリケーションに出発地と目的地を入力するだけで、アプリケーションから提案される複数のルートを元に移動経路を計画することができる。また、一つのアプリケーション上で、利用する全てのモビリティの予約や支払いが可能となる(図表1)。
このように、MaaSの実現によって、移動計画時や移動時に係る手間が省け、よりシームレスな移動が可能になることで、移動ユーザの利便性が高まる。
MaaSは移動ユーザの利便性を高めるだけでなく、モビリティの利用状況にも変容をもたらす。特に顕著に変容が現れた事例が、フィンランド・ヘルシンキにおける取組である。MaaSGlobalが提供するWhim(3)と呼ばれるMaaSアプリケーションの導入前後を比較すると、モビリティの利用状況が大きく変化した(図表2)。具体的には、公共交通機関の利用が48%から74%に増加した一方、自家用車の利用割合は40%から20%に低下した。また、共有の自動車(タクシーやレンタカー)を利用する割合も増加している。MaaSは、利便性向上だけでなく、自家用車から公共交通機関へのシフト、自動車の所有から共有へのシフトをもたらすポテンシャルも秘めている。
図表1 MaaS によって実現される移動のイメージ
(資料)みずほ情報総研作成
図表2 モビリティの利用状況とMaaS がもたらす効果
(資料)MaaS Global 社講演資料「Mobility as a Service –The End of Car Ownership?」をもとにみずほ情報総研作成
(2)MaaSのレベルとわが国の現状
スウェーデン・チャルマース工科大学のJanaSochor氏によると、情報統合の程度によってMaaSには5つのレベル、具体的には、レベル0(統合なし)からレベル4(政策の統合)までのレベルがあるとしている(図表3)。
この内、レベル1は「情報の統合」段階であり、様々なモビリティの運行情報や運賃情報が統合され、それら情報を元に、多様な移動計画を一つのMaaSアプリケーションが提示する段階にある。例えば、ジョルダン、NAVITIMEといった乗換案内サービスや、Googleマップ等の経路案内サービスは、出発地と目的地を設定することで、その目的地に向かうための様々なモビリティを取り込んだ経路案内や運賃等の情報を表示できることから、それらサービスはレベル1に該当する。日本では既にレベル1は実現していると言える。
続いて、レベル2は「予約・決済の統合」段階であり、予約や決済に関する様々なモビリティの情報が統合されている状態を指す。これにより、一つのMaaSアプリケーション上で複数のモビリティの予約・支払いが可能になる。日本では、都市部を中心にSuicaやPASMOといった交通系ICカードが活用されており、複数のモビリティに対する運賃の支払いを一つのカードで対応である。MaaSアプリケーション上で支払いは行われていないものの、一つのカードで様々なモビリティの支払いが可能という点で、MaaSレベル2の一部が実現されているという見方もある。
一方、レベル3は「サービス提供の統合」段階である。例えば、鉄道やバス、タクシーといった複数のモビリティが毎月定額で乗り放題というサブスクリプション型のサービスなどがこのレベルに該当する。日本では、例えば東京フリーきっぷに代表される一日乗車券など、有効期限内であれば定額で鉄道やバスなどが乗り放題になる仕組みが既に導入されており、MaaSアプリケーションを介さない形態でMaaSレベル3が一部の取組で実現されているという見方もある。
図表3 MaaS のレベルと定義
(資料)Jana Sochor, Hans Arby, I.C. MariAnne Karlsson, Steven Sarasini “A topological approach to Mobility as a Service: A proposed tool for understanding requirements and effects, and for aiding the integration of societal goals”
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