キービジュアル画像

MaaSの現状と、わが国でMaaSを導入する上での重要な2つの視点(2/3)

社会動向レポート
地域ごとの“MaaS+”

経営・ITコンサルティング部 西脇 雅裕

  1. 1
  2. 2
  3. 3

1MaaSとは何か(続き)

(3)MaaSの構成要素

MaaSを実現するためには、まず移動を司るモビリティの存在が前提条件となる。従前のモビリティとしては、鉄道やバス、自転車、タクシー等があったが、近年ではパーソナルモビリティやライドシェアリングといった新たなモビリティや移動サービスが出現しており、それらがMaaSの中で活用されることが今後期待される。また、それらモビリティの情報を統合してサービス提供を行うアプリケーションもMaaS実現に必須な要素である。本章では、昨今注目されているMaaSアプリケーションのほか、新たなモビリティ及び移動サービスの最新動向を紹介する。

[1] MaaSアプリケーション

MaaSの取組が先行する欧州の中でも、特に目を引く取組が、MaaSGlobalが提供するWhimである。フィンランド・ヘルシンキを中心に提供されているMaaSであり、鉄道やバスなどの公共交通機関のほか、タクシー、シェアリングカー、シェアサイクルといったモビリティを含め、最適な経路を案内する。Whimの特徴的な点は、サブスクリプションでモビリティを利用できる仕組みを構築している点にあり、月額約500ユーロを支払うことで、上記に示すモビリティ全てが乗り放題になる仕組みを導入している。

他の欧州の取組については、例えばドイツでは、完成車メーカであるDaimler、鉄道事業者であるDeutsche Bahn(ドイツ鉄道)もMaaSの取組に力を入れている。Daimlerではmoovel(4)というサービスを展開している。moovelの特徴は、取り扱うモビリティの幅の広さにあり、公共交通機関(バス、電車、地下鉄、ライトレール、路面電車等)のほか、同社が事業を行っているカーシェアリングサービスや、タクシー配車プラットフォームとも情報を統合し、多種なモビリティによる最適ルートを提示する。また、Deutsche BahnではQixxit(5)というサービスを展開している。Qixxitは国や地域を跨いだ中長距離の移動での利用を一つのターゲットにしており、鉄道や飛行機、長距離バスといった中長距離での移動手段を対象にした経路検索が可能となっている。

他方、わが国においてもMaaSの取組が始まりつつある。例えば、WILLER(6)では、生活型MaaSや観光型MaaSといったように、移動の目的に沿ったMaaSの実現を目指している。生活型MaaSについては、京都丹後鉄道の沿線に住む移動手段の少ない人々に対して、様々な移動手段が選択できるようなMaaSの実現を目指し、取組を進めている。また観光型MaaSについては、北海道の釧路・網走間を結ぶJR釧網本線の鉄道駅を起点に、鉄道のみでは観光しづらいエリアに対し、地元のバスを活用した周遊ルートを設定し、事前にそのバスを予約できる仕組みを構築している。また、トヨタ自動車は、移動や物流、物販等の様々なサービスや用途に対応した、MaaS専用の次世代電気自動車「e-Palette Concept(7)」のプロトタイプを公表しており、新たなモビリティの提供を通じて、人の暮らしを支えることを目標としている。

いくつかMaaSの取組事例を紹介したが、それぞれのMaaSについて、活用されているモビリティの種類、連携内容、取組地域の観点から整理した結果を図表4に示す。一言MaaSといっても、そのサービスは多種多様であり、各地域の状況に根ざしたサービスが展開されている様子が伺える。

図表4 MaaS の取組状況の比較

図表4

(資料)各種資料に基づきみずほ情報総研作成

[2] 新たなモビリティ及び移動サービス

今後MaaSで活用されることが想定される新たなモビリティや移動サービスとして、短距離向けのパーソナルモビリティ、短中長距離向けのライドシェアリング(二輪・四輪自動車、自転車)、中長距離向けのマイクロトランジットが挙げられ、その詳細を後述する。

パーソナルモビリティは、歩行と既存モビリティの間を補完する、1人から2人用のモビリティである。車両形態は様々であるが、例えば車椅子事業を行うWHILL(8)は、車椅子をパーソナルモビリティとして位置づけ、年齢や障害の有無に関わらず、誰もが利用できるラストワンマイルでの新たな移動手段として提供することを目指している。

ライドシェアリングは、既存のモビリティ(二輪・四輪自動車、自転車)をシェアして利用するサービスである。二輪・四輪のライドシェアリングについては、Uber(9)やLyft(10)、Grab(11)といった企業がユニコーン企業として台頭しており、欧米や東南アジアを中心にオンデマンド型の配車サービスを提供している。自転車のライドシェアリングについては、既定のステーションに管理されている自転車を様々なユーザが利用できるサービスであり、NTTドコモ(12)のバイクシェア事業など、日本でも既に各所にて取組が行われている。

マイクロトランジットは、バスを活用したオンデマンド型の配車サービスを指し、タクシーの配車機能とバスの大量輸送といった両方の特徴を兼ね備えるモビリティとして注目を集めている。例えば、シンガポールでは、Beeline(13)というマイクロトランジットサービスが運用されており、事前にアプリケーション上で現在位置、目的地、到着希望時刻などを入力すると、配車される仕組みを構築している。またBeeline上でのユーザが入力した情報をユーザのニーズデータとして分析し、その分析結果から既存のバス路線や運行スケジュールの見直しにも活用している。

上述したように、様々なモビリティ及び移動サービスが誕生しつつある。パーソナルモビリティは徒歩、ライドシェアリングは自転車・自動車・公共交通機関等、マイクロトランジットは基幹バス等の公共交通機関やタクシー等の代替移動手段となることから、利用者の利便性向上に繋がることが期待される。ただし、わが国においての普及に当たっては課題も多く、法規制面、インフラ面、ビジネス面などの課題が残っている(図表5)。

図表5 新たなモビリティ及び移動サービスの利点と普及に当たっての課題

図表5

(資料)みずほ情報総研作成

2 わが国においてMaaSを導入していく上で重要となる2つの視点

以上までは、MaaSの取組の現状について紹介したが、以降は、今後MaaSを日本で導入していく上で重要となる視点について説明していきたい。本稿では、地域ごとの交通特性と、移動ユーザの利便性という2つの視点から、わが国におけるMaaSのあり方について検討する。

(1)視点[1] :地域ごとの交通特性

モビリティがなければMaaSは実現できない。したがって、MaaSの導入を検討していく上では、まずモビリティがどの程度整備されているか整理する必要がある。わが国においては、都市部では、鉄道、バス、タクシーといった様々なモビリティが既に存在しており、また路線数や本数、台数も多いことから、MaaSを実現するための下地は大いにあると言える。一方、郊外では、都市部に比べてモビリティの数や量が限定的であり、MaaSの導入に当たっては工夫が必要になる。このようにわが国では、モビリティの整備状況は地域ごとに大きく異なるという特徴を有する。

こうしたモビリティの整備状況の地域ごとの差は、モビリティの利用状況にも現れる。図表6に、地域ごとのモビリティの利用状況を示す。縦軸は下に行くほど公共交通機関(鉄道及びバス)の利用割合が高いことを示し、横軸は各都市の人口規模を示している。グラフ全体を俯瞰すると、人口の多い地域ほど公共交通機関の利用割合が高い傾向にある。また、都市の規模によってモビリティの利用状況が大きく異なる。具体的には、約100万人以上の大都市では、首都圏や大阪圏は公共交通機関の利用割合が高く、首都圏及び大阪圏以外では公共交通機関に比べて自家用車の利用割合がやや高い。一方、約10万人から約100万人の人口規模である地方中核都市は、一部の都市では公共交通機関の利用も見られるものの、多くの都市では自家用車の利用割合が高い。さらに約10万人以下の地方都市では、公共交通機関の利用がほとんどなく、ほぼ自家用車による移動が主流となっている。

このように、モビリティの整備状況及び利用状況は地域ごとに大きく異なる。図表4において先述したように、世界の先進的なMaaSの取組を見ると、各地域の状況に合わせたMaaSが展開されていることが伺える。日本においてMaaSを導入していくに当たっては、日本全体として画一的なMaaSを導入するという考えではなく、モビリティの整備状況や利用状況といった各地域の交通特性に合わせ、その地域に根ざしたMaaSのあり方を検討するという視点が求められるのではないか。

図表6 利用する交通手段から見た地域の類型

図表6

(資料)国土交通省「平成27年度全国都市交通特性調査(全国PT 調査)」及び総務省統計局「日本の統計 2019」をもとに みずほ情報総研作成

(2)視点[2] :移動ユーザの利便性

先述したように、わが国ではMaaSレベル1(複数のモビリティの経路検索、運賃表示)はほぼ実現されており、またアプリケーションを介さない形態でレベル2(複数モビリティの予約・決済)、レベル3(定額制)が一部の地域や事業者の中で実現している。すなわち、既にわが国では、一定水準の移動サービスが実現されており、かつ、ある程度のMaaSレベルが実現されている状況にあると言える。

こうした状況の中、仮にシームレスな移動のみに閉じたMaaSが日本で導入されるとした場合、移動ユーザである我々はどれほど利便性を感じるのであろうか。一つのアプリケーション上で経路検索、予約・決済等が可能になった場合、我々はそのMaaSを利用するのであろうか。おそらく、既に一定水準の移動サービスが実現しているわが国においては、MaaSによって実現されるサービス水準が高かったり、MaaSを利用することによって移動料金が低くなるといったメリットがないと、MaaSの利用が限定的になると思われる。より幅広いユーザがMaaSを利用するためには、「移動+α」といった、移動以外の付加価値を提供し、移動ユーザの利便性を高めるMaaSが求められるのではないか。

+αとは何か。筆者は、移動する動機、すなわち「移動の目的」にヒントがあると考えている。観光、エンタメ、医療、買い物といった移動の目的に寄り添ったMaaSがあれば、ユーザはさらなる利便性を感じるのではないだろうか。例えば、観光(移動目的)と移動をセットにしたMaaSであれば、MaaSを利用することで観光地までシームレスに移動できるだけでなく、MaaSのアプリケーション上で現地の観光地や食事処などの観光スポットに関する情報の検索や予約、決済が可能であったり、移動ユーザの嗜好に合わせて観光スポットをMaaSアプリケーション側が提案したり、それら観光スポットの入場料や割引クーポンが得られたり、あるいはMaaS利用者限定で現地ガイドがついて案内するサービスが付与されるといったMaaSが、観光を目的としたMaaSの一つの形態として考えられる。また、言語変換機能がMaaSに搭載されていれば、そのMaaSが訪日外国人にとってのコミュニケーションツールとしても活用されることが想定される。こうしたMaaSの実現により、その土地に精通していない観光客にとっての利便性は大きく高まるであろう。

移動と移動以外のサービス(移動+α)をセットにしたMaaSを、我々は“MaaS+(マース・プラス)”と呼びたい。“MaaS+”、すなわちユーザの利便性という視点から、移動のみに閉じないMaaSのあり方を検討することが、今後さらに求められるのではないか。

  1. 1
  2. 2
  3. 3

本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。

レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。全ての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。