環境エネルギー第2部 中村 悠一郎
コロナ禍による経済活動の自粛は、日本経済を支える多くの産業に多大な影響を及ぼした。電気事業もその例外ではなく、電力需要の減少と、卸電力取引市場(電力市場)における電力価格ゼロ円という事象となって顕在化した。電気を生み出す発電事業者にとってみれば、販売電力量と売電単価がともに小さくなり、売り上げも利益も出ない、重大な事態であった。
緊急事態宣言が解除され、経済活動が本来の姿に戻るにつれ、電力価格も従前の水準に戻るだろう。しかし、電力価格がゼロ円という事象は、今回のコロナ禍に限った特異的なものではなく、日本の電力システムの未来を垣間見たと筆者は考えている。
実は電力価格がゼロ円となる(あるいはゼロ円を下回る)事態は、欧米ではすでに発生している。欧州の電力市場ではマイナスの電力価格が導入されており、たとえば2019年4月22日のドイツ電力市場では、祝日(復活祭月曜日)による需要減と晴天による太陽光発電の出力増大等により、日中の8時間にわたってマイナス価格での約定が発生した。つまり、発電して売電するほど損をする状態である。ドイツのように再エネ電源の導入量が一定規模以上に拡大した電力市場においては、電力の需要減少によって電力価格がゼロないしはマイナスとなり得る。同様に、米国内で特に再エネ電源の導入量が大きいカリフォルニア州でも、太陽光発電の発電量が増大する日中の電力価格が極端に安価に推移する、「ダックカーブ現象」が発生している。
日本では、現在のところマイナス価格は導入されておらず、最低でも0.01円で約定する仕組みである。しかし、再エネ電源の導入拡大や、人口減少に伴う電力需要の減少によって、将来的にゼロ円近傍での約定が頻発する可能性がある。この意味で、今回のコロナ禍による電力価格の下落は、日本の電力市場の未来を垣間見る機会であったといえる。
さて、市場価格がゼロ円近傍で約定する世界においては、燃料の消費を伴い大きな限界費用が発生する化石電源は、市場取引を通じた発電コストの回収が困難となり、そもそも発電事業の継続性自体が危ぶまれる。再エネ電源も例外ではなく、たとえば、本質的に市場価格に依存するFeed in Premium制度が施行された場合、約定価格がゼロ円近傍の市場の下では、制度設計によっては化石電源と同様に発電コストの回収が困難となる可能性がある。
このような将来において、化石電源および再エネ電源のそれぞれが事業を継続するためには、電力に備わっているいわゆる動力としての「kWh価値」だけでなく、他の価値の取引を通じた新たな収入源の創出が求められる。具体的には、安定的な供給力としての「kW価値」、需給バランスを一致させるための調整力としての「ΔkW価値」、そして低炭素であること等の「非化石価値」である。
化石電源の場合、一定程度の常時出力を確保しつつ、必要な場合の調整力を提供することも可能な場合には、これらkW価値やΔkW価値を取引することで、発電事業の収益性を確保する視点が求められる。それぞれ、2020年度、2021年度に開始される容量市場および需給調整市場において取引が可能となる。
再エネ電源の場合も、常時出力や調整力が期待できる水力発電やバイオマス発電等はもちろん、いずれは太陽光発電や風力発電等においても、蓄電池等の調整力の付加によるこれらkW価値やΔkW価値の取引を通じた収益性の確保が求められることとなるだろう。そして、再エネ電源において特に重要なのが、電力の需要家とのコーポレートPPA*を通じた、非化石価値の取引契約を締結することであろう。コーポレートPPAにおいては、市場価格の変動を無効化または最小化するように、一定期間・固定価格での再エネ電力の取引が保証される。資金調達の観点からは、長期の安定収入が担保されるコーポレートPPAは、再エネ発電事業の成立を左右する極めて重要なファクターといえる。
コロナ禍による電力の市場価格の極端な下落は、将来の電力市場の姿と発電事業のあり方の可能性について、我々に一考の機会を提供してくれたといえよう。電源から創出される4つの価値をいかに活用するかの模索が、今から必要である。
- * 再エネ発電事業者と電力の需要家が、一定期間・固定価格での再エネ電力の取引を締結する契約方式。欧米では、再エネ発電事業者の事業性確保、電力の需要家における再エネ電力調達の双方のニーズを満たす手法として採用事例が増えている。物理的な電力の取り扱い方法に応じて、「Physical PPA(またはSleeved PPA)」や「Virtual PPA(またはSynthetic PPA)」などいくつかの方式が存在する。
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