みずほ情報総研 環境エネルギー第1部 コンサルタント 谷口 友莉
- *本稿は、『みずほグローバルニュース』 Vol.105 (みずほ銀行、2019年10月発行)に掲載されたものを、同社の承諾のもと掲載しております。
海洋プラスチック問題解決に向けての日本企業への提言
国内企業各社は、小売や外食での紙製のストロー、容器や袋の導入など石油由来プラスチックを使わないようにする脱プラ転換、バイオマス由来プラスチックのような代替素材の開発、ボトルtoボトル(使用済みの飲料用PETボトルを原料化して新たな飲料用PETボトルを製造すること)に代表される使用済みプラスチック製品の回収・リサイクル、河川・海岸の清掃活動、廃プラスチック処理設備への投資など、様々なプラスチック対策に力を入れ始めており、それに関連するプレスリリースも頻繁に行っている*17。
プラスチック製品のサプライチェーンを通じた企業間連携の動きも出てきた。経済産業省が立ち上げた「クリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンス(CLOMA)」では、素材の提供側と利用側企業の技術・ビジネスマッチングやプラスチック製品全般の有効利用に関わる多様な企業間連携の促進等を進めるとしている。また、化学・樹脂メーカーの業界団体の動きも活発である。
プラスチック対策への関心がグローバルに高まっていく中で、その解決に向けた取り組みは特に欧州を中心に民間主導で進められている。例えば、エレン・マッカーサー財団はNew Plastics Economy*18という企業間連携や情報共有のための枠組みを設け、欧州を中心に世界的な消費財メーカーやリサイクラーをコアメンバーとして、ダボス会議でもプラスチック対策を訴えて世界各地の企業を巻き込んでいる。また、欧州企業はEUのプラスチック戦略や国連でのプラスチック対策に関する議論にも影響を与え*19、使い捨てプラスチック代替や海岸清掃などのキャンペーンを自地域のみならず、アジア、中南米やアフリカの途上国にも広げている。また、2019年1月にアメリカで発足したAlliance to End Plastic Waste(AEPW)には、化学メーカー、プラスチック加工、消費財、小売、廃棄物管理などプラスチックのバリューチェーン全般に携わる世界40社が加盟しているが、日本からはバリューチェーンの上流に位置する化学メーカー3社が参加するにとどまっている。このように、民間主導の海洋プラスチック問題に対するアクションの中で日本企業の存在感は今のところ小さい。
海洋プラスチック問題を意識する日本企業としては、まず日本国内・業界だけではなく、世界的な海洋プラスチック問題や廃プラスチックの資源循環の議論の流れを追うとともに自社・業界が置かれている立ち位置を正しく認識することが必要だろう。プラスチック廃棄物を大量に生み出す企業は重大なリスクに直面するとも指摘されている*20。ただ、プラスチックはあまりに多くの場面で使用されており、脱プラが時流になっているとはいえ、急に転換できない部分はある。また脱プラのために単純なプラスチック代替をしても、製造から廃棄までの全体を見るとCO2排出が増えるなど実は環境負荷が増える例もある*21。自社の事業や販売する製品を使用した消費者が大量のプラスチック廃棄物を排出するような場合には、より再利用やリサイクルのしやすい形状・材質に変えるといったことも求められるだろう。また、方向転換のためには素材やリサイクルに関する新技術の開発だけではなく、その技術をシステムとして社会のニーズにつなげることがより重要になると考えられる。このためには企業間の連携がより重要になる。何らかの対策が必要な点については自社内に限定せずに、必要に応じてサプライチェーンを通じた他社との連携も視野に対応することが求められる*22。
日本企業の多くが進出しているアジアの途上国においても、プラスチック対策は喫緊の課題であり、それぞれの国で対応を迫られるだろう。日本の化学関係の業界団体が設立した海洋プラスチック問題対応協議会(JaIME)*23ではアジア新興国におけるプラスチック廃棄物の管理向上を支援する方針を掲げ、JaIMEに参画する日本プラスチック工業連盟では中国のプラスチック加工関連業界の海洋プラスチック問題に関する協力覚書を締結して情報交換を目的としたワークショップなどを開催している。現地で規制が導入されてから対応するのではなく、時流をつかんだ一歩先の対応を日本企業には求めたい。
自国開催のG20サミットで「海洋プラスチックごみによる新たな汚染を2050年までにゼロにすることをめざす」というゼロ目標が共有されたことを念頭に、アジア、ひいては世界のプラスチック対策で日本が大きな存在感を示せる日は近いと期待したい。
- *1)Ellen MacArthur Foundation (2016). The New Plastics Economy Rethinking the future of plastics
- *2)衆議院「第196回国会 386 海洋プラスチック憲章に関する質問主意書」
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b196386.htm - *3)外務省(2019)G20大阪サミット関連トピックス「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン実現のための日本の『マリーン(MARINE)・イニシアティブ』」
(参考)外務省 ODAと地球規模の課題>地球環境>海洋プラスチックごみ - *4)環境省「プラスチック資源循環戦略」の策定について(2019年5月31日)
- *5)環境省「海洋プラスチックごみ対策アクションプラン」の策定について(2019年5月31日)
- *6)環境省 ASEAN関連首脳会議における環境分野の成果について(2018年11月15日)
- *7)3RとはReduce(減らす)、Reuse(繰り返し使う)、Recycle(再資源化する)のこと
- *8)Ocean Conservancy and the McKinsey Center for Business and Environment (2015). Stemming the tide: Land-basedstrategies for a plastic-free ocean
https://www.mckinsey.com/business-functions/sustainability/our-insights/saving-the-ocean-from-plastic-waste - *9)UNEP. (2018) Single-use plastics: A roadmap for sustainability
報告書では、世界のプラスチック生産量(2015年)4億トンを産業セクター別にみると容器包装セクターが最も多く(36%)、プラスチック製容器包装の廃棄量(2015年)1.41億トンのうち、リサイクルされたものは14%にすぎないとの推計も紹介している。 - *10)Jambeck, Jenna R., and others (2015). Plastic waste inputs from land into the ocean. Science, February 13, Vol. 347(6223).
- *11)日本からの流出量もゼロではないことには留意が必要
- *12)首相官邸第43回経協インフラ戦略会議(2019年6月3日)インフラシステム輸出戦略(令和元年度改訂版)では、「特にアジアにおいて、先進的な我が国循環産業の戦略的な海外展開を進め、途上国の求める、海洋プラスチックごみ対策にも資する廃棄物処理・3Rの実施や廃棄物発電・浄化槽システム、水銀処理・代替システムの導入を効率的に進め、世界の環境負荷の低減にも貢献」するとしている。
(PDF/1,610KB) - *13)国際協力機構(JICA)開発途上国における廃棄物管理分野への支援の事例(一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会機関誌『季刊 環境技術会誌』掲載)
https://www.jica.go.jp/activities/issues/env_manage/haiki.html - *14) JETRO.(2019)中国における外国ごみの輸入禁止と固形廃棄物輸入管理制度改革に関するレポート
- *15) JETRO.(2019) 東南アジア諸国が廃プラスチック輸入規制を強化、日本の輸出量は減少
- *16)中国の輸入禁止措置を受けて国内資源循環体制の整備を後押しすべく、環境省は2017年11月に緊急的な財政支援制度を創設。「省CO2型リサイクル等高度化設備導入促進事業」として国内資源循環のためのリサイクル高度化設備の導入に対する国庫補助(施設整備費の1/2を補助)を実施し、2019年度予算でも33.3億円を計上。2020年度予算の概算要求でも78.3億円を要求している。
- *17)企業、団体、自治体などの取り組みを集めた「プラスチック・スマート」キャンペーン・サイトを環境省が運営しており、2019年8月29日時点で628団体から866件の取り組みが登録されている。
http://www.env.go.jp/press/107141.html - *18)エレン・マッカーサー財団の New Plastics Economy では、*1のレポートをきっかけとして企業の参加を呼びかけている。
- *19) IGES, 第4回国連環境総会(UNEA4)報告(2019年4月9日)
- *20)英環境NGOのClientEarthのレポートでは、移行リスク、レピュテーションリスク、物理的リスク、責任リスク(賠償リスク)の4つがあると指摘し、プラスチックを大量に生産もしくは消費する企業はプラスチック汚染による重大なリスクを認識するとともに適切に対処するべきであり、そのためには現状の企業ガバナンス、リスクマネジメント、情報公開の取り組みの見直しが必要であると提言している。
ClientEarth. (2018) Risk unwrapped: Plastic pollution as a material business risk - *21)英マクドナルドでは2018年に全店舗でプラスチックストローを紙製に切り替えたが、紙製ストローはリサイクルできずに廃棄されているとして批判されている。切り替え当初は使い捨てプラスチック対策の先進事例として注目を集めた。
https://www.bbc.com/news/business-49234054 - *22)消費財大手やリサイクラー大手が連携して立ち上げた Loop(ループ) などは先進的な事例だろう。Loopは、アメリカのリサイクラーであるテラサイクルと大手消費財メーカーP&G、ネスレ、ユニリーバなどによる食品や日用品の容器を回収して再利用する循環型宅配サービスのアイデア。2019年5月には米国の食品スーパーKrogerやドラッグストアチェーンWalgreensと提携して実証実験に着手しており、2020年には東京での試験導入が決まっている。
- *23)JaIMEは日本化学工業会など化学5団体が2019年9月に設立し、2019年6月時点で47社が参画している。情報の整理と発信、国内動向への対応、アジアへの働きかけ、科学的知見の蓄積の4つを活動方針とする。
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