コンサルティング第2部
研究員 加藤 隆一
研究員 長谷川 薫
研究員 石井 由佳
先行事例から考える病院PFIのスキーム(続き)
(2)PFIの契約解除事例とその要因
病院PFIの先行事例を遡ると、初期に実施された「高知医療センター整備運営事業」と「近江八幡市民病院整備運営事業」の2事業でPFI事業の契約満了を待たずして契約解除に至っている。平成24年に入札公告された「大阪府立成人病センター整備事業」以降、病院PFIが約10年にわたり事業化されなかったのは、この2事業の結果を受けて病院PFIが敬遠されたものと推察される。
2事業において契約解除に至った原因としては、「高知医療センター整備運営事業」では材料費の診療報酬に対する割合について官民間で齟齬があったこと等が、「近江八幡市民病院整備運営事業」では病院の収支が計画に比べて悪化したこと等は挙げられている。こうした事例を踏まえ、病院PFIの課題としては、「事業計画の不備」、「PFIに対する正しい理解の不足」、「官民間の連携不足」、「制度設計の不備」等が指摘されているが、病院PFIの契約解除はPFIという事業方式に起因したものではない*6。つまり、PFIが病院施設の整備の方式として不適切なのかといえば、決してそうではなく、それぞれの病院施設に適したPFIの制度設計を行えば、「包括発注・性能発注・長期契約」というPFIの特徴を活かして、民間事業者の創意工夫の発揮を促し、良質でコストを抑えた事業の実施が可能であると考える。
(3)都立病院PFIの検証
東京都では、都立病院8病院のうち、駒込病院、多摩総合医療センター、小児総合医療センター及び松沢病院の4病院*7において、病院施設の整備・運営等にPFIを採用している。このうち最も早く運営が開始された駒込病院は、令和元年度で運営開始から10年間経過した。東京都では、4病院のPFIについて、事業期間における医療環境等の変化を踏まえ、運営状況を分析し、残りの事業期間における医療サービスのさらなる向上を目的として、効果の検証を行っている*8。
検証による各業務に対する評価は図表4で示すとおりであるが、「都が導入した都立病院のPFI事業は、現時点では、概ねその目的を達成していると評価できる」としてPFI方式の導入による効果を認めている。一方で、「高額医薬品の増加や医療技術の進歩といった医療の高度化はPFI事業費の変動要因である」としており、業務によっては医療の高度化がPFI事業費を変動させることに留意する必要があることも指摘されている。
図表4 都立病院PFI 事業の評価(上段:定量的評価、下段:定性的評価)

(資料)都立病院PFI 事業の検証 報告書*8をもとにみずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社作成
(4)病院PFIの留意点
以上を踏まえると、病院整備にPFIは決して不向きではなく、事業スキームをうまく構築し、「包括発注・性能発注・長期契約」という、PFIの特徴を活かすことができれば、PFIは有効であると考える。
なお、病院PFIを検討する際には、以下の点に留意する必要がある。
①業務範囲の検討
病院の維持管理・運営業務は多岐にわたっており、包括することで効率化されるかという視点で、業務範囲を検討する必要がある。なお、診療内容や患者の求めるサービスなど、医療を巡る環境は日々移り変わるため、医療の高度化の影響を受けやすい業務については、PFIの事業期間中に、契約内容やサービス対価の見直しが必要となったり、費用が変動したりする可能性があることに留意する必要がある。
②要求水準書の検討
公立病院では、限られた予算の中で、求められる役割に応じた様々な諸室や設備、機能を備え、運営を継続する必要がある。公立病院として不可欠の機能は要求水準書で具体的に示したうえで、事業者に期待すべき事項を対話や審査基準を通し、事業者へ伝えていく必要がある。
③事業期間中の各種変化への対応
PFIは事業期間が長く、医療環境等が変化することが想定されるため、事業期間中に変化した場合の対応方法についても予め規定しておく必要がある。特に、医療環境の変化に影響されうる業務を範囲とする場合や、開院までに期間がある事業においては、医療環境や市場価格等の各種変化への対応方法を検討することが重要となる。
④競争性の確保
事業者が選定された病院PFI先行事例16事業のうち半数の8事業において最終応募者数が1者となっている。1者応募の場合は、落札率が高くなる傾向にあるため、財政負担縮減の観点からも、競争性の確保は重要である。
PFIでは、提案書を受け付ける前の段階において、発注者である公共団体と応募者である民間事業者との間で質問・回答や対話などの意思疎通を行い、競争性が阻害されない事業スキームを構築していくことが重要であると考える。
今後の病院PFIの展望
これまで述べてきたように、ここ10年近く病院PFIは公募されていなかったが、東京都では4病院で実施したPFI事業について、現時点では、概ねその目的を達成していると評価をし、令和3年6月には新たに「多摩メディカル・キャンパス整備等事業」が、財政負担の縮減及びサービス水準の向上を期待できることから、特定事業として選定され、令和3年7月には同事業の入札公告がなされた。
公立病院は、地域医療の確保のため重要な役割を果たす施設であり、一般的に整備費用も大きい。「包括発注・性能発注・長期契約」という、PFIの特徴を活かして、事業の特性に応じて適切に事業スキームを構築することにより、定量面・定性面のメリットを大きく享受できると考える。
新たな公立病院の整備計画としては、「広尾病院整備基本計画」(東京都、令和元年10月)や「玉野市新病院基本計画」(岡山県玉野市、令和2年3月)、「笠岡市新病院基本構想(原案)」(岡山県笠岡市、令和2年5月)、「新病院建設基本構想」(伊南行政組合昭和伊南総合病院、令和2年8月)などがある。こうした事例においても、PFIを含む複数の事業手法について比較を行っており、今後の動向が注目される。
近年の新型感染症の流行への対応もあり、公共側の財政状況は悪化しているが、公立病院は市民にとって必要不可欠な重要な施設であり、老朽化や機能向上等のため、今後も継続的に建替えが必要になると考える。その際、病院施設には多くの諸室、設備、業務があるため事業化に当たって、様々な視点からの工夫が求められる。
筆者はPFIの事業化の業務経験から、病院整備事業は事業規模が大きいため創意工夫の余地も大きく、事業スキームの構築次第で、PFIの効果は十分発揮されると考える。内閣府でPPP/PFI手法の導入を優先的に検討するよう促していることもあり、公立病院の整備を検討されている公的主体の方々にはPFI等の発注方式を検討されることを勧めたい。
注
- *1)厚生労働省「医療施設動態調査(令和3年8月末概数)」(令和3年10月29日)
- *2)内閣府「PFI事業の実施状況(令和2年度末)について」(令和3年11月12日内閣府)
- *3)内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2015~経済再生なくして財政健全化なし~」(平成27年6月30日閣議決定)
- *4)内閣府「PPP/PFI推進アクションプラン(令和3年改定版)」(令和3年6月18日民間資金等活用事業推進会議決定)
- *5)内閣府「PFI事業契約との関連における業務要求水準書の基本的考え方」(平成21年4月3日)
- *6)佐野 修久「契約解除事例からみた病院PFI事業の課題」北海道大学公共政策大学院年報 公共政策学,5巻,pp.57-79(平成23年)
- *7)このうち、多摩総合医療センターと小児総合医療センターは一体的な整備等事業となっているため、事業としては3事業となる。
- *8)東京都病院経営本部「都立病院PFI事業の検証 報告書」(令和元年11月)
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