デジタルコンサルティング部 西村 和真
デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉が世の中に浸透するとともに、実際の人々の暮らしもデジタル技術により変わりつつある。たとえば、新型コロナウイルス感染症の流行を契機に、従来の働き方やサービスの変化として、テレワークなどの業務のデジタル化やECの進展、巣ごもり需要に対応するデリバリーサービスなどの新たなサービスの台頭が挙げられる。これらはコロナ禍を契機に一気にDXが浸透した例ともいえよう。
他方、コロナ禍によって特に大きな影響を受けた分野として公共交通が挙げられる。コロナ禍で行動制限を余儀なくされた期間もあり、航空や新幹線等では前年同月比で輸送人員が最大9割に近い減少幅となる期間もあった。今では、行動制限も徐々に緩和され利用者も戻りつつあるが、完全な感染症流行の終息が見通せない中、コロナ禍以前の水準には戻ることは期待できない。そもそも公共交通は、人口減少や少子高齢化による人材不足などの課題を抱えていたが、コロナ禍はさらに追い打ちをかけた。実際、2020年以降の運輸業全体の営業利益は落ち込みが続き、地域によっては、すでに廃線や減便等が発生して、人々の暮らしに影響が及んでいる。
もしも、このまま公共交通を取り巻くこの状況が好転せず、事業者の経営が圧迫され続けると、利用者からの一定の需要がある地域でも廃線や減便等が進み、人々の暮らしへの影響はさらに深刻になることが危惧される。このような公共交通の現状に対し、さまざまな施策が求められるが、その中でもデジタル技術活用の視点は重要であろう。特に、コロナ禍による影響を含む利用者のライフスタイルの変化にも目を向けつつ、従来の延長線ではないデジタル技術活用、つまり交通分野におけるDX(交通DX)が求められている。
そこで本稿では、利用者のライフスタイルの変化を踏まえつつ、交通DXがもたらす暮らしの変化や、その実現に向けた重要な視点について筆者の意見を述べる。
多様な利用者ニーズと交通DXへの期待
コロナ禍を契機に、利用者のライフスタイルには変化が見られる。たとえば、テレワークの浸透により、自宅近くで過ごす時間が増え、地元の飲食店や各種施設など、地域コミュニティの価値が高まっている。また、人々の中には、柔軟な働き方を許容する企業が増えたことで、都心部ではない場所に居住地を移す動きや、時差出勤などの動きもある。さらに、従来からの変化として、自家用車を持たない世帯の増加や高齢者人口の増加により、若い世代や子育て世代、高齢者などの近距離移動のニーズが増えている。ただし、これらの利用者のニーズは、地域によってさまざまな形で存在し、全国共通ではない。
他方、一般的にいえば、公共交通は、軌道やバス停による制約等によって路線がある程度決まっており、運用を柔軟に行うことが困難である。しかし、それらの難しさを乗り越え、上記のような利用者のさまざまなニーズに対応するための手段として、DXに注目が集まっている。
たとえば、デジタル技術を活用すれば、利用者への適時・適切な情報提供や、柔軟に移動する新たなモビリティサービスの提供なども可能になる。そのほかにも、それら取り組みを通じて収集した利用者の利用履歴などを基に、より効率的な運行計画を立てる等の応用も考えられ、利用者のさらなる利便性向上、ひいては、より豊かな暮らしに貢献する可能性がある。
交通DXがもたらす暮らしの変化
交通DXは、政府でも検討が進んでいる。政府全体のデジタル戦略をまとめた「デジタル田園都市国家構想」では、魅力的な地域を作るための手段として交通分野におけるデジタル技術活用を位置付けている。そのほかにも、デジタル庁は2022年8月に「デジタルを活用した交通社会の未来2022*1」を取りまとめ、国土交通省でも2022年8月26日に「アフターコロナに向けた地域交通の『リ・デザイン』に関する提言*2」を取りまとめるなど、いずれにおいてもDXが今後の交通維持やさらなる利便性向上のための手段とされている。
この交通DXの具体的な例として掲げられているものが、MaaS(Mobility as a Service)や自動運転である。なお、本稿ではMaaSを「さまざまな移動手法・サービスを組み合わせて一つの移動サービス(よりシームレスな移動サービス)とする仕組み」や、オンデマンド交通やシェアサイクルなどの「新たなモビリティ」も含むものとする。また、自動運転も同様にさまざまな捉え方があるが、ここでは「従来のドライバーが不在で運行する自動運転車を活用した無人自動運転移動サービス」を指すものとする。
これらのサービスがもたらす暮らしの変化の例として、以下が想定される。
たとえば、MaaSの一例として、統合されたアプリケーション(スマートフォンアプリやWebアプリ等)では、公共交通を利用するうえで必要な情報収集や予約・決済等を1つのアプリで実現可能となり、複数の交通機関を横断的に利用するシームレスな移動も進むだろう。また、そのアプリケーションで提供される情報がリアルタイムになれば、移動計画の変更等が必要になった時、迅速に代替手段の再検討や判断が行え、空き時間も有効に活用可能となる。さらに、便利に使われてきた紙の1日乗車券も、デジタルチケットであれば交通以外の周辺施設のサービスとの連携が容易になり、これまで以上に多様なメニューの購入・選択が可能になると期待されている。
そのほかにも、需要に応じて運行するオンデマンド交通や、無人自動運転移動サービスなどの新たなモビリティは、現在の公共交通に加え、時刻表に縛られずに移動したい時に移動する新たな手段として活用可能となる。
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交通DXによる暮らしの変化の一例
交通DXによって実現するサービス例 | 概要 | 暮らしの変化 | |
---|---|---|---|
マルチモーダルサービス |
統合されたアプリケーション |
各サービスを統合的に利用できるアプリケーション |
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リアルタイム情報の配信・検索サービス |
運行情報やロケーション情報等の配信、リアルタイム経路検索サービス等 |
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デジタルチケット |
エリア内の1日乗車券や、周辺施設の施設入場券と組み合わせた予約・決済サービス |
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新たなモビリティサービス |
オンデマンドモビリティ・オンデマンド交通 |
需要に応じて運行するタクシー、乗合バス等 |
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無人自動運転移動サービス |
ドライバー無人で運行する自動運転車を活用した移動サービス |
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出所:各種公表資料を基に、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
ニーズに応じたバンドリングの重要性
上記のように交通DXは、さまざまな暮らしの変化をもたらすものである。しかし他方で、導入する側の視点に立って考えることも重要である。これらのサービスは、導入したからといって各地域の課題を全て解決できる万能なサービスではない。また、各サービスはそれぞれのサービス領域で高度化が図られ、充実度や技術レベル等に差がある。そのため、地域の実情や、多様な利用者ニーズに応じて、必要かつ有効なサービスを選び、適切に導入を検討する必要がある。
ここで他分野の例である金融サービスを見ると、利用者のニーズに合わせて、金融・非金融の垣根を超えて異業種間で複数のサービスを組み合わせて提供する「リバンドリング」の動きがある。これにより、たとえば、ECでの販売履歴を活用した融資判断や自動車の運転データを活用した保険料率の設定など、それにより付加価値の高いサービスを実現している姿を目の当たりにする。
再度、交通分野を振り返ると、地域によって状況は異なるが、公共交通を含むさまざまな移動サービスがすでに導入され、沿線のまちづくりや小売店・飲食店等の出店も進んでいる地域もある。そのため、より付加価値の高い交通サービスを実現していくには、単純に需要のある新サービスを導入するのでなく、利用者のニーズに合わせて、既存のサービスや、交通以外のサービス、交通DXによる新サービスなど、さまざまなサービスをバンドリングしていくことも重要になると考える。
交通DXに不可欠な「地域との対話」と「共創のための基盤づくり」
人々の暮らしを支えるサービスは、さまざまな社会環境の変化などがありながらも、暮らしに根付き、持続的にサービスを維持・継続していくことが期待されている。企業経営では、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)*3とも呼ばれるが、先行き不透明で予測困難な時代の中、持続可能性を重視した経営に転換することへの注目が高まっている。これは、暮らしの一部である交通も例外ではなく、人々の暮らしの視点から持続的なサービスを考えることが求められている。このためには、暮らしをどのように良くしていくかなどを踏まえた将来的な絵姿からバックキャストして、交通DXを含むサービスの在り方(バンドリングの仕方等)を考えることが重要になる。
上記を踏まえ、交通DXにおいては、交通を担う事業者または自治体等による以下の2点の取り組みが重要になると考える。
1つは、地域との対話である。将来的な不確実性が高まる中で、持続性を高めていくためには、利用者である地域との対話を繰り返すことで、サービスとしての価値を磨き上げていくことが求められる。人口減少社会となり、総移動量が増えることが期待できない中、特に、定常的な利用者が少ない地域の交通になるほど、地域との対話は重要といえる。
たとえば、デジタル技術は、アプリ等の提供を通じて、利用者の行動履歴を分析し、ニーズを把握する手段としても活用可能であるが、利用者の中には、デジタル技術の導入に抵抗がある人や、うまく活用できない人もいる。その対応として、デジタル技術で全てを解決しようとするのではなく、人が対応すること(コミュニティ、コーディネーター等)や、電話やテレビ等を活用することも考えられる。他方、個々のニーズ全てに、デジタル技術やそれ以外の手段を用いて対応するにはコストがかかりすぎる側面もある。コストとのバランスも踏まえながら、地域の人々の暮らしの視点からサービスを考え、真に求められる利用者ニーズに対して的確にデジタル技術を導入していくためには、地域と対話する取り組みが重要になる。
もう1つは、共創のための基盤づくりである。航空業界では、2022年10月から九州の一部路線でANAとJALの系列を跨いだコードシェア*4が行われることが話題になった。このように、暮らしを支えるサービスを、複数企業で協力することで持続させようとする取り組みが各地で進められている。こうした事業者間での共創の取り組みは重要ではあるが、そのためには情報やデータの連携が必要となり、システム面で連携できる基盤づくりが必要となる。すなわち、共創するための手段としてもDXが必要になる。比較的規模の大きな企業では、基盤づくりが進んでいる場合もあるが、基盤が整っていないことで共創が前に進まないといったことにならないよう、たとえば、DXに踏み出せない事業者等は、国や自治体などのサポートも視野に入れながら、基盤づくりの取り組みを進めていくことが重要になる。
以上のように、交通DXは、人々の暮らしを支える交通の今後の姿として期待されており、「地域との対話」と「共創のための基盤づくり」を欠かすことなく行うことにより、その活用はさまざまな地域で加速すると考えられる。人々の暮らしにとって、移動は不可欠であり、その移動手段としての交通は、運転免許保有者に関わらず移動したい時に移動する手段になるものであり、その位置付けは大きい。将来、振り返ってみたときに「DXで一番変わったのは交通であった」と言われるぐらい大きなインパクトを与えうるものである。そう考えると、交通DXが地域に根付き、現在の暮らしを維持するだけでなく、より良い豊かな暮らしの実現に貢献していけるよう、その推進を支援していきたい。
- *1)デジタル庁「デジタルを活用した交通社会の未来2022」
(PDF/3,500KB) - *2)国土交通省「アフターコロナに向けた地域交通の『リ・デザイン』に関する提言」
(PDF/2,700KB) - *3)サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)については、経済産業省「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会」中間取りまとめにて、提言が行われている。
https://www.meti.go.jp/press/2020/08/20200828011/20200828011.html - *4) https://press.jal.co.jp/ja/release/202208/006869.html
西村 和真(にしむら かずま)
みずほリサーチ&テクノロジーズ デジタルコンサルティング部 上席主任コンサルタント
自動運転や無人航空機(ドローン)、AR・VR・MR等のデジタル・モビリティ領域に関する調査研究・コンサルティング、実証実験に携わる。デジタル技術の社会実装に向けた政策立案支援やデジタル技術を活用したビジネスの創出・事業化支援を担当。
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