みずほリサーチ&テクノロジーズ 社会政策コンサルティング部 田中 文隆
- *本稿は、『monthly信用金庫』2022年5月号(発行:一般財団法人全国信用金庫協会)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。
地域金融機関による人材支援は、2018年3月の金融庁「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」の改正を端に始まり、2021年には、内閣官房の調査によると人材ニーズに対する「何らかの取組みを行っている」、または「行う予定としている」金融機関が8割にまで増加しており、年々気運が高まっている*1
本稿では、地域金融機関による取引先の人材確保・活用に至るまでの見立てや支援のあり方について言及するとともに、「求人・マッチング支援過程」にとどまらず、マッチング以前の「経営課題の顕在化支援過程」、マッチング成立以降の当該人材の「組織社会化支援過程」におよぶまで視座を置き、地域において金融機関に期待される機能とその実装に向けた課題について考察したい。
地域における人材紹介を通じた事業支援の経緯と問題意識
2018年3月の金融庁「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」の改正を契機に、各地域金融機関においては、それまでの人材紹介業とのビジネスマッチングの域を超え、求人票作成、あっせんなどを含む人材紹介業に徐々に参入し始めている。こうした地域金融機関による人材支援の取組みは、上記指針の改正を端としているが、それに至るまでには地域での試行、環境整備が重ねられてきた。
指針の改正以前、または同時期に地域ではいくつかの呼び水とも言える官民連携による施策がスタートした。例えば、内閣府が2015年度より開始した「プロフェッショナル人材事業」だ。各道府県に設置されたプロフェッショナル人材戦略拠点が人材紹介会社を通じて人材確保支援を行うものだ。
中小企業庁は、2019年度より経営支援機能と人材確保支援機能のシームレスな連携を企図し、副業・兼業を含む多様な人材のマッチングを試みる「中核人材確保スキーム事業(モデル実証事業)」を開始した。
「プロフェッショナル人材事業」では必ずしも地域金融機関が主体ではなかったが、道府県に設置された「プロフェッショナル人材戦略拠点」が、管内の地域金融機関と連携して、企業の成長を牽引する人材の確保を投資と位置付けた経営者向けの啓発セミナーを開催したり、人材ニーズを有する企業をともに開拓・訪問したりと地域金融機関との交流に粘り強く取組んできた経緯がある。最近では、互いのノウハウ吸収などを目的として地域金融機関が「プロフェッショナル人材戦略拠点」に職員を派遣しているケースも確認できる。
また、中小企業庁「中核人材確保スキーム事業(モデル実証事業)」では、モデル実証団体として人材紹介ビジネスに加えて、信州大学など地方大学や山口FGなど地域金融機関が採択された。
中核人材確保支援に求められる機能がいわゆる「求人・マッチング支援過程」にとどまらず、それ以前の「経営課題の顕在化支援過程」も重視され、さらにはフルタイム社員のみならず期間限定の副業・兼業を含む多様な人材活用がモデル実証事業の分析を通じて議論された*2。
いわゆる「求人・マッチング支援過程」は、これまで人材紹介ビジネスが主たる事業範囲としていた領域であり、すでに地域金融機関では連携する人材紹介ビジネス会社との役割分担も含めて、人材交流、ノウハウの習得が進められている。他方で、筆者は地域金融機関が人材紹介業に参入する意義は、人材確保サポートという打ち手を経営支援メニューの一つとして整備しつつ、その前後にある各過程にいかに関わって、企業の潜在成長力を目利きとして引き出し、具現化するのかといった息の長い伴走支援にあると認識している。
そこで以降は、求人・マッチング以前の「経営課題の顕在化支援過程」とマッチング成立以降の当該人材の「組織社会化支援過程」について、筆者が関わった取組例を交えて論じたい。
なお、「組織社会化」とは、「組織への参入者が組織の一員となるために、組織の規範・価値・行動様式を受け入れ、職務遂行に必要な技能を習得し、組織に適応していく過程」のことである*3。
求人・マッチング以前の「経営課題の顕在化支援過程」とは
求人・マッチング以前の「経営課題の顕在化支援過程」を意識したものとして、筆者もアドバイザーとして参画し、山口FGおよび県下の3つの信用金庫が連携して開催した「CareerBank(キャリアバンク)研究会」(2019年度)がある。
この研究会は、中小企業の経営課題の明確化から人材確保などの支援をシームレスに行えるよう、ノウハウの共有を含めた仕組みづくりの実証、地域を「面」とした協働共栄の人材確保支援ネットワークを構築することを目的に発足した*4
具体的には、各金融機関がそれぞれ事業性評価に注力している実際の企業をケースとして、各企業の経営課題の明確化や潜在成長力を引き出すための問いや、面談仮説をワークショップ形式で共有して、実際に面談に臨み、その結果や気づきについて議論を行った(図表1)。
その中で、金融機関の役割・意義を認識できた一例として、ある中小企業の新商品開発の着意から、経営者への問いを重ねることで優先すべき新たな人材ニーズが創出されたケースがある。
同社は、既存商品の堅調な売上増が続く中、当該商品への依存度の高まりに問題意識を有しており、新商品の開発を目指していた。訪問前の面談仮説においては、文字通り、商品開発に資する人材の提案がポイントだったが、実際に面談を進めるにつれて、市場縮小の中での既存商品の好業績の要因が明瞭でないという話になり、新商品開発を行うにしても同社商品が持つ強みや支持顧客の様相について把握、分析した上で、商品開発戦略を練ることが重要ということになった(図表2)。
この例は、多様なケースの一端にすぎないが、参加者からは同社の創業から現在に至るまでの歴史や事業承継における背景、2代目経営者の特性などを熟知しているからこそ、今後の成長を財務面・非財務面の双方から伴走する存在として金融機関の役割は重く、また意義ある支援が行えるのではないかという意見が多数聞かれた。
他方で、新たな人材ニーズへの気づきを促すとしても、企業や事業を診る眼だけでなく、プロフェッショナル人材、副業・兼業マーケットや求職者動向に対するもう一段深い理解と求職者対応の経験値があってこそ可能との課題認識も共有された。
実際、まち・ひと・しごと創生本部事務局「令和3年度金融機関等の地方創生への取組状況に係るモニタリング調査結果」(令和3年12月)によると、人材紹介に関わる体制については、有料職業紹介事業の許可を地方銀行が91.9%、第二地方銀行が56.8%取得済みであるが、信金は8.3%、信組0.8%と業態によって大きな差異が見られている*5。金融機関によっては、単独ですべての領域を守備範囲とすることは難しく、他機関との連携を前提に検討していくことも現実的であろう。そうだとしても、地域金融機関が持つ企業成長に資する求人創出力、その源泉となる企業診断力や経営者理解力は、一朝一夕に獲得できるものでなく、無形資産というべきものであり、それらを行動につなげるための実装力が求められている。
例えば、事業者の個々の成長サイクルや状況に応じて伴走型支援を行う専担者を大幅に増員し、経営課題の分析・共有からソリューション提案、継続的なフォローを行う信用金庫の動きも確認できる*6。
2020年度のキャリアバンク研究会では、他地域の地域金融機関も参画して15機関により、ノウハウ・ナレッジの共有が行われた他、「経営課題の顕在化支援過程」の実装に資する経営者との対話ツールとして、「ディスカッションペーパー」のフォ―マットが開発された。「ディスカッションペーパー」には、定量・定性による現状認識が記載され、想定される経営課題と課題の優先順位付けを行うマッピングが可能となっている。さらには、担い手(地域金融機関職員)のスキル判定を行うことができるシートの開発・試行も行われた*7。
「経営課題の顕在化支援過程」については、本来地域金融機関が蓄積してきた情報、ネットワーク、経営者との信頼関係などを踏まえると十分に遂行可能だと考えられるが、担い手(地域金融機関職員)のスキル向上とマッチングケースの蓄積を生かした業務の標準化・効率化など次なる課題にも直面していると言えよう。
図表1 キャリアバンク研究会取組ステップ

出所:キャリアバンク研究会 筆者講演資料 みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表2 求人創出力とは

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
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2022年1月19日