みずほリサーチ&テクノロジーズ 社会政策コンサルティング部 田中 文隆
- *本稿は、『monthly信用金庫』2022年5月号(発行:一般財団法人全国信用金庫協会)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。
求人・マッチング成立以降の「組織社会化支援過程」とは
マッチング成立以降の当該人材の「組織社会化支援過程」については、我が国のミドル層の転職支援が未成熟であったこともあり、さらには人材紹介会社が紹介した人材が入職した後は、入職者と企業に対しての関わりがビジネスの構造上薄くなる傾向もあることから、外部支援機関の取組関与は緒に就いたばかりであると言える。
一つの試みとして、弊社では全国地方銀行協会より受託したWeb研修「地域金融機関のための人材紹介業参入概論」の受講金融機関職員を対象とした「フォローアップ勉強会」を開いた。勉強会では、採用後の人材定着・活躍サポート、本稿で言えば求人・マッチング成立以降の当該人材の「組織社会化支援過程」をテーマとして、特定非営利活動法人ETIC.(エティック)により全国の中間支援団体が行う企業伴走事例について情報提供を行い、参加金融機関同士での意見交換を行った。
そこでは、同法人のこれまでの学生・社会人を対象とした企業インターンシップ、専門人材の副業支援などから見出された求人案件に関する事前のプロジェクト設計の重要性が示唆された。ある老舗地方企業の社会人インターンシップの受け入れに関する中間支援団体のコーディネート機能に注目した。一般的には、外部人材の登用は企業にとっては事業成長のエンジンとしての受け入れ効果を期待する。それは、新規事業の立ち上げや販路拡大といった分かりやすい業績への直接的な効果もあれば、既存顧客との関係性の改善や深化などの測りにくい間接的な効果も含まれるだろう。他方で、受け入れ企業に対して事業成長に関する効果期待のみならず、組織改革の漢方薬とも言うべき視座の醸成もコーディネート機能として重要との指摘がなされた。
組織改革の視座とは、外部人材の登用により、業務プロセスや経営者の姿勢、社内コミュニケーション体制、社員の人材育成など組織の体質変化につなげる契機とするプロジェクト設計である。そのためには、丸投げでない業務設計や仕事の進め方、経営者の経営課題に対する危機感と成長への覚悟が滲み出るアクティブな求人開示が必要となると考えられる。すなわち、人事労務施策の一つである「現実的職務予告(realisticjob preview)」*8とも言うべき取組みが考えられるのである。
前述の特定非営利活動法人ETIC.では、インターンシップや副業求人のサイトで、いわゆる形式的な求人情報でなく、当該企業の経営課題やその背景について、経営者の想いやプロジェクトの進め方、苦慮している点も含めて理解できるストーリーとして発信したり、経営者に対して外部人材の登用による組織の体質変化への視点を提供したりするなど、事業成長と組織変化の双方から事前のプロジェクト設計を行い、求人から入職後の伴走支援を重視していた*9。
さらには、支援機関の関与として外部人材の登用が社内コミュニケーション体制や社員の人材育成の改善など組織開発の契機ともなり得ることを、経営者に指南し参謀となることも考えられる。事実、地域金融機関には自前、もしくは他機関の連携により、人材確保支援に加えて、人事・組織開発コンサルティング業務を新設、拡充させる動きもある。いずれも「組織社会化支援過程」への関与は部分的であるが、参考となる視座である。
最後に ―地域の人事部的機能の検討―
本稿では、地域金融機関の人材支援に関して「求人・マッチング支援過程」にとどまらず、マッチング以前の「経営課題の顕在化支援過程」、マッチング成立以降の当該人材の「組織社会化支援過程」にまで言及したが、業態も規模も違う地域金融機関においてその取組姿勢や体制整備には工夫が必要であろう。
北陸地域連携プラットフォーム(事務局:北陸財務局)では、企業とプロフェッショナル人材のマッチングに取り組む仲介者(つなぎ手)の連携、機能強化について提言を行い、各種サポートを実施している*10。また筆者は、同財務局主催の北陸地域創生セミナー講演(2021年6月21日)にて、地域における仲介者(つなぎ手)同士の連携について提案を行った(図表3)。
提案要旨は、地域金融機関をはじめとして、行政、経営支援機関、人材ビジネス、大学、中間支援組織が経営者支援からフォローアップ支援に至るまでシームレスに連携できる「地域の人事部的機能」の構築である。ここで重要なことは情報のデリバリーで終わらず、各ステップでの奏功や失敗に関する情報を共有できる機能を持つことである。
前述したように、奏功や失敗の要因が必ずしも当該ステップのみに起因するとは言えないからである。マッチング不調や早期離職などは、より上流工程の要因も潜んでいる可能性がある。
すでに関東経済産業局では、地域の人事部構想に資するモデル実証事業やガイドラインの策定に向けた議論がスタートしている*11。今後は地域内の関係機関のネットワーク構築に向けての必要な機能要素や連携による効果検証など議論が熟してくるだろう。
コロナ禍を経て、地域の中小企業の事業再構築や再生への取組みを本格化させていくべき今こそ、地域金融機関が持つ経営課題の顕在化支援をはじめとした無形資産への着意と実装、そして関係機関との連携により可能となる息の長い伴走支援が求められているのである。
図表3 関係機関の連携による地域の人事部的機能

出所:北陸財務局「北陸地域創生セミナー(2021年6月21日)」筆者講演資料 みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
- *1)まち・ひと・しごと創生本部事務局「令和2年度地方創生への取組状況に係るモニタリング調査結果」(令和3年3月)
- *2)中小企業庁「平成30年度地域中小企業人材確保支援等事業(中核人材確保スキーム事業)事業実施報告書」(みずほ情報総研受託)
- *3)高橋弘司(1993)「組織社会化研究をめぐる諸問題」『経営行動科学』第8巻1号
- *4)山口フィナンシャルグループニュースリリース「地域の人材不足解消に向けた“地方銀行×信用金庫”の新たな連携モデル『Career Bank研究会』の設置について」(2019年11月25日)
- *5)まち・ひと・しごと創生本部事務局「令和3年度金融機関等の地方創生への取組状況に係るモニタリング調査結果」(令和3年12月)
- *6)浜松いわた信用金庫「ミニディスクロージャー2021」
- *7)株式会社YMFG ZONE プラニング「令和2年度中小企業庁『地域中小企業人材確保支援等事業(中核人材確保支援能力向上事業)』実施報告書」(2021年3月31日)
- *8)現実的職務予告(realistic job preview)とは、アメリカの産業心理学者であるジョン・ワナウスによって提唱された概念で、組織や仕事の実態について良い面、悪い面も含めてリアリズムに即して情報を提供すること。金井(1994)は、ワナウスの研究を詳述・検討した上で、日本の産業社会でRJPの積極活用が有望であると考えられる領域として、「社内公募」「管理職登用」「中途採用(即戦力採用)」「人材派遣」を挙げている。金井壽宏(1994)「エントリー・マネジメントと日本企業のRJP指向性」『神戸大学経営学部研究年報』第40巻
- *9)特定非営利活動法人ETIC.「副業サイトYOSOMON!」
- *10)北陸地域連携プラットフォーム「北陸地域創生セミナー 北陸地域連携プラットフォームからの提言 ―副業・兼業都市圏プロ人材活用の進展に向けて―」(2021年6月)
- *11)関東経済産業局は、「地域における多様な人材活用や域外企業との協働・共創を実現する『地域の人事部』構想」と題するセミナーを開催(2022年2月24日)
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2022年1月19日