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見えない格差を可視化する、データの整備と活用例(3/3)

社会動向レポート
教育分野を中心に

社会政策コンサルティング部 主任コンサルタント 森安 亮介

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4結びにかえて

以上、本稿では、わが国の教育には生まれ育った地域や家庭環境によって目に見えない格差が生じており、そうした格差はデータがあって初めて可視化できることをまずお伝えした。次にその対応策についても、データで検証しないと効果が限定的であるばかりか思わぬ副作用すら生じることについて述べた。その上で、パネルデータの構築や行政情報の利活用、効果検証のための事前設計(リサーチデザイン)などの必要性を紹介した。

とくに学校教育分野は、今後デジタル化の更なる進展によって、テストの点数や学習行動履歴など様々な情報がデータ化され、授業内容の改善等に活かされることが予想されている。しかし、学力や学習行動は、家庭環境や地域環境の影響を大きく受けている。さらに教育による効果は、単なるテストの点数のみならず、成人後の雇用や健康、医療、技術革新などに色濃く反映されることとなる。そのため、学校内で収集できる教育データのみならず、家庭や地域、雇用、健康、医療といった他分野と連携したデータを収集・構築することが本来的には必要である。そうしたデータの整備を通し、学力の背後にある構造の可視化や、教育施策の事後検証に活用することこそが、持続可能な社会の土台たる教育分野に今求められている。

  1. *1)本稿では、「差・差異」と「格差」を区別して表記する。「差・差異」については、必ずしも問題視されない違いを指す。これに対し、「格差」は問題をはらむ差異であり、是正・縮小・緩和をめざす対象の場合に用いる。
  2. *2)ここでいう高校は、全日制・定時制・通信制に加え、中等教育学校の後期課程も含む。また令和2年度卒業の、いわゆる現役生のみを母数とした算出である。
  3. *3)教育社会学では、家庭や地域が子どもの学力に影響を与える要素を、①経済資本(家計・教育投資など)、②文化資本(本や美術品など客体化されたもの、学歴など制度化されたもの、行動様式・言葉の使い方・知識教養など身体化されたもの)、③社会関係資本(人間関係や社会的ネットワークに内在する情報・義務と期待を担う信頼関係・規範など)の3つに分類している(参考:耳塚寛明編2014『教育格差の社会学』有斐閣)。本稿でいう「目に見えない格差」とは、社会関係資本と文化資本のうち身体化された文化資本のことを念頭においている。
  4. *4)教育社会学における近年の先行研究は松岡(2019)に詳しい。
  5. *5)東京大学大学院教育学研究科 大学経営・政策研究センターが、高校生を対象に追跡的に行った調査。2005年11月に高校3年生だった生徒4,000人に対し、その後2006年3月(高校卒業時点調査)、2006年11月(卒業1年目)、2008年1月(卒業2年目)、2009年12月(卒業4年目)、2011年2月(卒業5年目)と6年弱にわたって回答を依頼している。初回2005年11月調査では当該生徒の保護者も調査対象としている。高校生時点での学習状況や成績、進路等への認識、親の世帯年収や親の学歴、進学期待等を踏まえた上で、その後の生徒の進路も把握できる貴重なデータとなっている。
  6. *6)ここでいう三大都市圏は東京1都3県(東京・埼玉・千葉・神奈川)、大阪2府1県(大阪・京都・兵庫)、愛知県の計8都府県が該当する。地方圏はそれ以外の39道県を指す。
  7. *7)こうした手法による発展に対し、2019年ノーベル経済学賞(アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞。以下ノーベル経済学賞という)がアビジッド・バナジー教授、エスター・デュフロ教授、マイケル・クレーマー教授らに授与された。受賞理由は「世界的な貧困を軽減するための実験的アプローチ」に対してであり、彼ら彼女らは途上国でランダム化比較実験の手法を用いた研究を多数行い、「開発経済学の発展を通し、貧困と闘う力を大幅に向上させた」ことが評価されている。
  8. *8)ゲイリー・ベッカーの人的資本理論に基づく考え方。なお、ここでいう費用には学費など直接的な費用だけではなく、「もしも進学しなかったら得られていたはずの効用」という機会費用も含む。こうした効用や費用は、概念的には非金銭的なものも含まれているが、データの制約から実際の経済学の諸研究では、金銭的な指標を用いたものが多い。
  9. *9)厳密には、追跡データだけでは因果効果は分析できず、何かの事情で自然発生したイベントをうまく利用して分析することとなる。なお、そうしたイベントをあたかも「自然実験」(準実験)とみなして因果関係を分析する手法の発展を理由に、2021年ノーベル経済学がヨシュア・アングリスト教授、グイド・インベンス教授らに授与されている。同時に受賞したデービッド・カード教授も、授賞理由こそ「労働経済学への実証的な貢献」であるが、その研究は自然実験の発展に大きく貢献している。
  10. *10)そうした失われたイノベーションの機会を、アレックス・ベルらは「ロスト・アインシュタイン(失われたアインシュタイン)」と名付けている。
  11. *11)2015年にノーベル経済学賞を受賞した医療経済学者。受賞理由は「消費、貧困、福祉に関する分析」であり、貧困や不平等研究の発展に大きく貢献した。余談ではあるが、前述のランダム化比較実験には懐疑的な立場を取ることでも知られている。

参考文献

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  3. 3.Bettinger EP, Long BT, Oreopoulos P, and Sanbonmatsu L. (2012) “The Role of Application Assistance and Information in College Decisions:Results from the H&R Block Fafsa Experiment,”The Quarterly Journal of Economics, 127 (3), pp.1205?1242.
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  12. 12.石井加代子・中山真緒・山本勲(2021)「コロナ禍での在宅勤務の潜在的メリットと定着可能性:パネルデータを用いた検証」PDRC Discussion PaperSeries DP2021-007
  13. 13.上山浩次郎(2012)「高等教育進学率における地域間格差の再検証」『現代社会学研究』,Vol.25, pp.21-36.
  14. 14.苅谷剛彦(2001)『階層化日本と教育危機―不平等再生産から意欲格差社会(インセンティブ・ディバイド)へ』有信堂高文社
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  17. 17.別所俊一郎・野口晴子・田中隆一・牛島光一・川村顕(2019)「子どもについての行政データベースの構築」,『フィナンシャルレビュー』,第141号,pp.106-119
  18. 18.松岡亮二(2019)『教育格差─階層・地域・学歴』ちくま新書
  19. 19.松岡亮二・中室牧子・乾友彦(2014)「縦断データを用いた文化資本相続過程の実証的検討」教育社会学研究,第95号,89-110
  20. 20.森安亮介(2021a)「個人の主観的な期待収益が進学希望や進学格差に与える影響(大学進学率の地域差を用いた実証分析)」『経済分析』第201号,pp39-61.
  21. 21.森安亮介(2021b)「大学進学の情報が生徒の進学関心に与える影響(クラスターランダム化比較実験を用いた実証分析)」Keio-IES Discussion PaperSeries. DP2021-008
  22. 22.森安亮介(2021c)「EBPM で用いられるエビデンスの役割とは?EBPM 促進のための「3つのエビデンス」の理解」みずほリサーチamp;テクノロジーズHPコラム(2021年7月16日)
  23. 23.森安亮介(2020)「EBPM 推進で用いられるロジックモデルとは? EBPM 浸透に向けた第一歩」みずほリサーチ&テクノロジーズHP コラム(2020年11月26日)
  24. 24.森安亮介(2019)「行政への浸透に向けたEBPM の課題とその一方策~EBPM を契機とした行政・研究の連携を~」みずほ情報総研『みずほ情報総研レポート』Vol.18
  25. 25.山本勲・石井加代子(2021)日本経済新聞 経済教室「ポストコロナの雇用:格差拡大、働き方や熱意でも」2021年9月23日
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