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スコープ3の最大排出源、カテゴリ1の算定に挑戦する データ収集前に目的や範囲を明確に

[連載]スコープ3で始める企業の新標準 炭素会計入門(第6回)

みずほリサーチ&テクノロジーズ サステナビリティコンサルティング第2部
森 史也、柴田 昌彦

  1. *本稿は、『日経ESG』2024年6月号(発行:日経BP)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

スコープ3では、サプライチェーンに携わる他社が排出した温室効果ガス(GHG)を対象とする。今回はスコープ3の算定手順について紹介するとともに、多くの企業でスコープ3の大半を占めるカテゴリ1「購入した製品・サービス」を例に、実際の算定に取り組んでいこう。

算定の基本的な考え方や計算方法はスコープ1、2と同様で、(1)目的の設定、(2)算定範囲の確認、(3)算定ロジックの決定、(4)データ収集、(5)算定の順で進める。

この中でまず重要となるのが、目的の設定だ。スコープ3も「活動量」×「排出原単位(排出係数)」で算定するが、対象がサプライチェーン全体と広範囲に及ぶため、データ収集など算定の負担が大きい。目的が定まらなければ、どこまで詳細に算定すればよいかを判断できない。「自社のサプライチェーン排出量の全体を把握するため」「削減箇所を把握するため」「科学的根拠に基づく目標(SBT)の認定を取得するため」といった算定目的に応じて、取得するデータの範囲や精度が決まる。

スコープ3のカテゴリ1に着目

図表1

カテゴリ1は、報告年において購入した製品・サービスで、自社よりも上流側の排出量の全てが対象となる

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

簡易的に始め、レベルアップを

目的を明確にしたところで、算定範囲を確認し、算定ロジックを決定する。組織範囲や対象カテゴリといった算定対象範囲は、自社の事業活動を精査して検討しよう。GHGプロトコルではスコープ3の関連活動を見極める基準が提示されている。事業形態上、該当する活動がなかったり、排出量が非常に小規模で全体に及ぼす影響が小さいと予想されたりするカテゴリは算定範囲から除外できる。ただし、算定範囲と除外理由の開示が必要になる。算定ロジック、つまり算定の方法や内容は、目的に照らして自社が収集可能なデータの限界や利用できる排出原単位の粒度を考慮して定めればよい。

活動量などのデータ収集には時間がかかることに注意しよう。算定担当部署は関連データを保有していないことが多く、スコープ3では社内の各部署に加え、取引先への問い合せも必要となる場合がある。

状況により異なるが、初めて算定に取り組む場合、6カ月程度はかかるとみておこう。また、算定ロジックの策定からデータ収集、算定は何度も見直すことを想定しておこう。実際にデータを集めて算定し、当初のロジックでの対応が困難であれば、ロジックから見直すことになる。初めは全体像の把握などを目的に簡易的な手法を用いて算定し、徐々に目的のレベルを高めて算定ロジックを高度化していくのがお勧めだ。

GHGプロトコルでは、全ての温室効果ガス排出源と活動を報告する「完全性」や、排出量を定量化する際の十分な「正確性」などが原則とされている。ただし、完全性を高めようと算定対象範囲を広げれば精度が低い項目も含まれ正確性が低下しやすく、正確性を高めるには精度が低い項目は除外しなければならないなど、完全性と正確性はトレードオフの関係にある。そのため、目的に即して算定を精緻にするかカバー範囲を広めるかを決めなければならない。「まず全体像を把握したい」のであれば、完全性を重視して排出量が多いカテゴリの特定を目指すといった方向性がよい。

一方、正確性を重視するのが、削減を見据えるケースだ。SBTでは、スコープ3の排出量が全体の40%以上になる場合、スコープ3の削減目標の設定が要求される。そのため削減の効果が見えるよう、正確に算定する必要がある。

では、完全性を重視する場合と正確性を重視する場合の違いは、具体的な算定にどのように影響するのだろうか。詳しく見ていこう。

注目される「一次データ」

スコープ3の算定方法には大きく分けて「一次データ」を活用する手法と「二次データ」を活用する手法がある。ここ最近、削減に向けて正確性を重視する企業が増える中で話題になっているのが一次データ、いわゆる計測による実績データだ。

これに対して、二次データは産業平均値や業界標準値を基にしたデータを指す。二次データによる排出原単位としては、国内では環境省が提供する排出原単位データベースか、産業技術総合研究所(AIST)のインベントリデータベース「IDEA」がよく使われる。初めてスコープ3を算定する際は環境省のデータベースを利用することが多い。有償のIDEAは対応するデータが豊富で、対応する排出原単位を探しやすい。

収集が容易で、全体像の把握に向けた初期のデータ集約に効果を発揮する二次データだが、スコープ3への取り組みを深めていくと、壁にぶつかってしまう。例えば、スコープ3を削減するために活動量を減らすため、製品の軽量化により調達量を減らすといった方法がある。ただし、事業が拡大すれば活動量の削減には限界が見えてくる。

そこで、製造に再生可能エネルギーを採用するなど排出削減に向けて努力しているサプライヤーを採用したとしよう。二次データではサプライヤーなどの削減努力は反映されず、削減の道筋をつけにくい。

こうした場合に一次データを使えば、サプライヤーの活動の実態に沿って毎年の進捗を確認できる。ただし、サプライヤーからのデータ収集やデータの管理・更新が必要になるなど、難度は高い。詳しくはまた別の回で紹介する予定だ。

現時点で主流となっている二次データによる算定手法の中にも、「金額ベース」と「物量ベース」の2種類がある。活動量として、金額データを用いるか、物量データを用いるかの違いである。どちらを基にするかは企業の裁量に任されている。

企業では物品の購入金額などを会計データとして管理しているので、金額ベースのデータ収集は容易だが、算定の精度は低くなる。スコープ3の算定を始めたばかりで全体像を把握したい場合は、調達金額の約8割の算定を目指そう。一方、物量ベースでは、物品の数量や重量などを基に精緻に算定できるが、データ収集は煩雑になりやすい。

二次データによる排出原単位を用いたスコープ3の算定方法は2つ

図表2

スコープ3はどのカテゴリも基本的に「活動量」×「排出原単位」で計算できる。活動量で「金額ベース」「物量ベース」のどちらを基にするかは企業の裁量に任される。それぞれ長所と短所があるので、算定目的に合わせて選択する

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

カテゴリ1を算定する

カテゴリ1はスコープ3を算定していくうえで一番困難で、最も重要なカテゴリといっても過言ではない。報告年において購入した製品・サービスで、自社よりも上流側の排出量の全てを指す。製品の最上流の原材料採取から1次サプライヤーから出荷される地点まで(Cradle-to-Gate)の排出量を含む範囲の広いカテゴリである。スコープ1、2、3を合計した排出量全体から見ても、多くの企業で大きくなる傾向がある。

それではカテゴリ1算定の演習問題に取り組んでみよう。ある企業では製品の原料としてプラスチックやアルミなどの素材を調達している。把握している年間の調達金額を基に、カテゴリ1の排出量を算定する。

排出原単位は、環境省の「サプライチェーンを通じた組織の温室効果ガス排出等の算定のための排出原単位データベース」(Ver.3.4)を参照する。排出量算定などの情報を提供する環境省のウェブサイト「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」の中で、「排出原単位データベース」を紹介するページから入手できる(2024年4月現在)。エクセル形式のデータベースのシート「[5]産業連関表ベースの排出原単位」から、該当する排出原単位を見つけよう。活動量が金額ベースか物量ベースかを見極め、適切な排出原単位を選んで排出量を計算してほしい。

次回はスコープ3のカテゴリ2から4までを解説する。

スコープ3カテゴリ1算定の演習問題

図表3

あるメーカーの年間の調達物の購入額を記載した。排出源単位のデータベースから適切な部門名の排出原単位を見つけて排出量を算定してほしい。排出量は「活動量」×「排出原単位」で計算できる

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

■解答
(A)4.00 (B)9.42 (C)No.138 プラスチック製品 (D)No.180 アルミ圧延製品
(E)1600 (F)1884

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