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水中ドローン等の新技術が秘める可能性

期待高まる「海の次世代モビリティ」

2021年12月23日 経営・ITコンサルティング部 木村 俊介

はじめに

近年、ドローンの活躍ぶりが目覚ましい。インターネットでドローンに関するニュースを検索すれば、インフラ点検に農業、物流と、さまざまな産業における活用事例が並び、その利便性が各所で認識されはじめている。一方で、海洋においても「水中ドローン」や「水中ロボット」と呼ばれるものを含む、いわゆる「海の次世代モビリティ」の活用が進んでいることは、あまり知られていないであろう。

従来、我が国における海の次世代モビリティは、海底の地形・地質調査や深海生物の研究などの用途に使用されることが多く、ドローンや自動運転車といった空中・陸上のモビリティに比して、産業利用の検討があまり進んでこなかった。しかし、近年の技術開発の進展や価格の低廉化を背景に、我が国の沿岸地域・離島地域が抱える、インフラの老朽化や人手不足をはじめとした諸課題への解決策として、海の次世代モビリティの活用を推進する動きが産学官で進んでいる。

本稿では、海で活躍する次世代モビリティの概要と、期待される用途を紹介したうえで、メーカーおよび海の次世代モビリティを活用したサービス提供者と、漁業者やインフラ管理者などのユーザーがどのように海の次世代モビリティと向き合うべきか、考察したい。

海の次世代モビリティとは

海におけるモビリティには、旅客船やコンテナ船といった大型船舶や漁船・プレジャーボート・クルーザー等の小型船舶、作業船、潜水艦等さまざまな種類のものが含まれる。そうした種々のモビリティに対して先端技術の開発や実証が推進されており、たとえば大型船舶においては、国土交通省によって自動運航船の技術開発・実証が実施されている。

一方、遠隔操作や自律航行といった機能を持つ比較的小型のモビリティでも、技術開発や幅広い用途の検討が進んでおり、すでに実際の海における活用が始まっている。本稿ではそのような「海の次世代モビリティ」として、ROV(遠隔操作型無人潜水機)、AUV(自律型無人潜水機)、ASV(小型無人ボート)の3種のモビリティに焦点を当てたい。

まずイメージしやすいのは、遠隔操作によって水中を潜行する機体、ROV(Remotely Operated Vehicle)である。カメラで撮影した映像を、ケーブルを介して陸上・船上に送信し、陸側で機体を操作する。移動や撮影といった機能のほか、360度カメラ・ロボットアーム・スキャニングソナー等のオプションを用途に応じて搭載できる製品が多い。

そして、AUV(Autonomous Underwater Vehicle)は、水中への潜航から水中の航行、水面への浮上までを、プログラムに従って全自動で行う潜水機である。ROVと異なりケーブルが必要なく、広範囲の移動が行える長所がある反面、複雑な動作は不得手である。魚雷のような形状で、広域の海底マッピングを得意とする航行型や、海底・海中の物体に接近して調査を行うことができるホバリング型、推進力を持たず、浮力制御のみで移動を行うグライダ型等の種類がある。

ASV(Autonomous Surface Vehicle) は、遠隔操縦または自動航行により水上を航行する小型船舶である。人や物の輸送のほか、海底測量や養殖場の監視など、さまざまな用途の検討や実証が行われている。


海の次世代モビリティ
図1

出所:国土交通省「海における次世代モビリティに関する産学官協議会とりまとめ(概要)」*

海の次世代モビリティへの期待

海の次世代モビリティについては、民間企業が実証や活用、サービス提供を行っているほか、国も活用法に関する検討を進めている。2020年度に開催された「海における次世代モビリティに関する産学官協議会」では、技術開発動向や活用可能性、社会実装に向けた留意点などが整理された。

こうした官民の動きの中、期待が高まっている用途の一つに、桟橋や岸壁などの港湾インフラの点検がある。我が国では港湾インフラの老朽化が進行しており、2033年には我が国の港湾岸壁の中で、建設後50年以上経過するものの割合が約58%に達すると見込まれている。また、点検を行う潜水士の減少や高齢化が進んでおり、今後、港湾インフラの維持管理を十分に行うことが難しくなる可能性が指摘されている。そうした点検作業の一部を、次世代モビリティによって実施することで、潜水士の人材不足を軽減するとともに、潜水士の潜水病リスクの軽減などが期待される。

また、水産業においても海の次世代モビリティが有効であるといわれている。たとえば、養殖や定置網漁において欠かせない網の点検に、海の次世代モビリティを活用し潜水士の作業を一部代替することで、コストの低減や安全性の向上につながる。ほかにも、魚群探知や水産資源の資源量評価、養殖場での給餌の自動化など、さまざまな用途が考えられる。

さらに、近年注目が集まっている洋上風力発電においても、適地の選定を効率化するための海底のマッピングや、支持構造物・パイプラインの点検への活用が始まっており、次世代モビリティに期待される役割は大きい。

ほかにも、沈没船の調査や、VR技術と組み合わせたダイビング体験の提供、離島物流の低コスト化など、幅広い分野において次世代モビリティの活用が検討されている。


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海の次世代モビリティに期待される用途
分野 用途
インフラ管理
  • 港湾施設や漁港施設などにおける、潜水が困難な箇所や広域での状況把握
漁船漁業
  • 漁場探索等の負担軽減
  • 藻場・サンゴ礁保全のための状況把握・食害生物の除去
  • 人工魚礁の蝟集効果の把握
  • 密漁・違反操業対策の効率化
養殖業
  • 給餌
  • 清掃
  • 収穫物運搬等の効率化
  • 養殖場や周辺環境のモニタリング
洋上風力発電
  • プロジェクトの大規模化・広域化に対応した広範囲かつ厳しい海象条件での調査や維持管理
観光・教育
  • 海中画像の観光コンテンツ・海洋教育での利活用
  • 水中遺跡の状況把握
離島物流
  • 空のドローンでは困難な大きな貨物の輸送や悪天候下での輸送

出所:国土交通省「海における次世代モビリティに関する産学官協議会とりまとめ(概要)」*

海の次世代モビリティを活用することの意義

我が国の沿岸・離島地域の多くの課題に対して有効と目される海の次世代モビリティだが、現状では技術的な課題や利用上の制約も少なくない。天候や流れの強さなどにより、航行や作業が困難な環境も多いうえ、潜水士が行うような精密な作業をロボットアームで再現することは困難である。こうした現状の技術的な利用制約を踏まえると、ユーザーとしても海の次世代モビリティによって自らの事業の課題が解決されるイメージが湧きづらく、導入のハードルが高くなっていると考えられる。産業利用が始まったばかりの新技術より、積み重ねてきた経験のほうが頼りになると考えるユーザーも少なくないだろう。

しかしながら、将来にわたり漁業や港湾インフラを持続させていくことを考えたとき、これまでの経験のみを頼りに作業や点検を続けていくことに限界があることは、想像に難くない。目下、世界的な気候変動に伴い海洋環境が変化しつつある。今後も環境の変化を緩和できる見通しが立っていない中、定期的な点検や調査により、水中設備や水産資源の実態をリアルタイムで把握することは、今以上に重要になるだろう。人手不足や高齢化の深刻化も見込まれており、今後は沿岸部での産業を持続させていくために、簡単な手段で海を「見える化」し、安全で効率的な点検や作業を行うことが求められる。その実現のため、大きな助けとなる可能性を秘めているのが海の次世代モビリティである。

海の次世代モビリティの可能性を引き出すために

前述の通り、海の次世代モビリティは何でもできる万能ロボットではなく、現状の技術的な利用制約の中で、海域の環境に応じた活用方法の検討が欠かせない。また、海の次世代モビリティでは代替が難しい精密な作業や、機材の運搬・操縦など、人が担う作業もあり、役割分担の検討も必要となるだろう。そのため、海の次世代モビリティが課題解決のための有用な手段として広く定着するためには、メーカーやサービス提供者が、ユーザーの事業の実態に即した活用方法について、検討を深化し続けることが求められる。

現状でも、それらユーザーの事業を踏まえた活用法の検討は、メーカーやサービス提供者によって積極的に行われているほか、国や業界団体においても整理や情報発信が進められている。しかし、現状では海の次世代モビリティは実際に活用された事例の積み重ねが十分とはいえず、多彩な活用可能性の一つ一つについて検討が深まり、商品に反映されるには時間を要すると考えられる。

そのため早急に海の次世代モビリティの有効性を引き上げ、より現実的な現場課題解決につなげるためには、ユーザー自身が活用法の検討に加わり、海域や事業についての知恵と経験を最大限に活かすことが大きな意義を持つのではないか。つまり、ユーザー自身が期待する活用方法や技術的な要望をメーカーや研究機関・サービス提供者に届け、ともに活用方法を探ることで、より現実的かつ効果的で、地域に根付く課題解決策を生み出していくことが必要であろう。

我が国の海洋産業を待ち受ける諸課題の打開のため、海の次世代モビリティの活用法についてユーザーやメーカー・サービス提供者といった垣根を越えた検討が深まり、より効果的な課題解決策が生み出されることに期待したい。

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