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海外のスポーツベッティングを支えるデジタル技術を参考に

スポーツDXによる新たなビジネスエコシステム形成の可能性

2022年12月28日 デジタルコンサルティング部 羽田 康孝

はじめに

近年、さまざまな産業でデジタル技術を活用して製品やサービス、ビジネスモデルを変革するデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいる。スポーツ分野でも、2022年3月に公表された「第3期スポーツ基本計画」において、今後5年間で取り組む施策の1つに「スポーツ界におけるDXの推進」が掲げられた。スポーツ界には「高齢化の進展によるスポーツ実施に障壁を持つ人の増加」や「新型コロナ流行による対面でのスポーツ観戦機会の制限」などの課題が存在するが、誰もが参加できるスポーツ実施機会の創出や、没入感のある観戦体験の提供に向けたデジタル技術の活用が期待されている。

FIFAワールドカップカタール大会の全64試合をライブ中継したABEMAの「マルチアングル機能」で提供されるカメラ映像はVAR*1にも活用されており、スペイン戦における日本代表の逆転ゴールのように、多面的に「みる」楽しさに加えて公正な判定を支える可能性も拡がった。

以前のコラムでは、スポーツを「する」場面のデジタル変革としてスマートフェンシングを紹介した。本稿では、海外で展開される「スポーツベッティング*2」を取り巻くデジタル技術の進展を参考に、スポーツを「みる」場面にデジタル技術を活用した観戦体験の向上に係る取り組みと、新たなビジネス創出の可能性を展望したい。


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スポーツ界の抱える課題とデジタル技術活用により期待される対応策
スポーツ界の抱える課題の例 デジタル技術を活用した想定される対応策
高齢化の進展によるスポーツ実施に障壁を持つ人の増加 誰もが参加できるスポーツ実施機会の創出
新型コロナ流行による対面でのスポーツ観戦機会の制限 データやコンテンツの充実による、非対面でのスポーツ観戦体験の向上

出所:各種資料よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

スポーツベッティングにおけるデジタル技術活用

海外で近年盛んになっているスポーツベッティングでは、試合の進行に応じて賭ける対象(攻守交代による攻撃側チームの変更など)やオッズが変動するため、さまざまな種目のプレー内容に関するリアルタイムのデータや、視聴者が試合の状況に対する理解を深められるような解説情報が必要となる。こうしたニーズを受け、スポーツリーグなどと提携してこれらのデータを収集・配信するデータプロバイダと呼ばれる事業者が現れている。

たとえば、スイスのデータプロバイダSportradarは、NBA(全米バスケットボール協会)やITF(国際テニス連盟)などと提携してリアルタイムの試合映像を入手し、それらをAIで分析することで、ベッティングに関するプレー結果のデータや実況・解説の題材となるインサイト等を生成し、ベッティングサービスの運営事業者などへ提供している*3

我が国では、視聴者に試合の駆け引きを楽しんでもらうことを目的に、プロ野球中継でAIを活用し、試合の場面に応じた最適な球種を予測するテロップを組み込むなど、スポーツ観戦をより楽しめるようにするためのコンテンツ拡充が試行されている。

デジタル技術による新たなスポーツビジネスエコシステム形成への可能性

「みる」スポーツにおけるデータ活用の拡大は、現行のスポーツビジネスの発展にとどまらず、スポーツの新しい楽しみ方の創出にも寄与している。

その一例として注目したいのはファンタジースポーツである。ファンタジースポーツとは、スポーツ選手の成績(スタッツ)を活用したオンラインシミュレーションゲームである。好きな選手を集めて仮想的に自分のチームを結成し、別のユーザーのチームと対戦する。画面上で選手を操作するのではなく、現実の試合の選手のプレー結果に応じて仮想チームにポイントを加算していき、自チーム登録選手の合計得点を競う。海外では参加者から料金を徴収し、試合結果に応じて勝者に賞金が分配されるが、国内では参加料を徴収せず、主催者やスポンサーから賞品が贈られる*4

参加料を徴収しない点で、我が国のファンタジースポーツは海外より単体で得られる収益こそ少ないが、新たな観戦者やファンを獲得するツールにはなり得る。ファンタジースポーツを契機に新たなスポーツ観戦者を増やせれば、観戦チケットやグッズを購入するファンの獲得につながり、収益拡大に寄与すると期待される。

実際に、ハンドボールチームのジークスター東京やプロ卓球チームの琉球アスティーダなどは、株式会社なんでもドラフトと提携し、試合の勝敗やチーム得点王を予想し、成績上位者に選手のサイン入りグッズなどを贈呈するファン向けコンテンツの提供を開始している。

しかし、アマチュアスポーツやマイナースポーツは、スポーツ観戦者を増やすため、こうしたコンテンツと積極的に連携する意向が大きいものの、データを取得する基盤やその環境整備への投資余力は必ずしも高くない。こうした事情から、データ取得のためにコンテンツ提供者と協業する事例もある。競輪やオートレースでは、勝敗予想サービス「TIPSTAR」を運営する株式会社MIXIが、競技映像の配信基盤として「BreezeCast」を開発した。これまで競技映像の編集・配信には高額の専門機材が必要であったが、同基盤を活用すれば安価に行える。また、遠隔地で開催される複数の試合を同時にPCで編集するため、従来は試合会場の数だけスタッフが必要だったが1名でできるようになった。

このように、外部連携などによりデータを取得・配信できる基盤を整備し、そのデータを基に魅力的なスポーツ観戦コンテンツを開発できれば、コンテンツを契機とする観戦者が増え、これまで興行が成立しにくかったマイナースポーツやアマチュアスポーツもビジネスとして自立できる可能性が出てくる。


デジタル技術活用が形成するスポーツビジネスエコシステムのイメージ
図1

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

おわりに

筆者が競技者として関わるフェンシングでは、2021年の夏季オリンピックで日本勢が初の金メダルを獲得し注目を集めたが、誰もが気軽に観戦や体験できるような定着には至っていない。しかし、デジタル技術を活用した観戦コンテンツの充実によって、マイナースポーツやアマチュアスポーツに目を向けるきっかけが増えるだろう。そうすれば、これまでスポーツに関心を持たなかった人々も興味を持てる競技・種目に出会い、「する」「ささえる」機会の創出にもつながると考えられる。

冒頭で紹介した第3期スポーツ基本計画の取り組み施策には「スポーツの成長産業化」として、スポーツ市場を拡大し、その収益をスポーツ環境整備に還元し、スポーツ参画人口の拡大につなげる方向性が打ち出されている。本稿で紹介したスポーツベッティングでの取り組みがスポーツ産業を活性化させる可能性を秘めているように、「みる」スポーツへのデジタル技術活用がその第一歩になると期待したい。

  1. *1ビデオ・アシスタント・レフィリー:競技場外で映像を見ながらビデオ判定を行う審判員を指し、得点や警告シーンに係る主審の判定を補助する。
  2. *2スポーツを対象とした賭け事を指す。近年はスマートフォンの活用を前提に、試合前の勝敗予想だけでなく試合中のさまざまなプレー(野球における打席の結果やサッカーにおけるイエローカードの数など)も対象としており、試合の進行と連動して楽しめる点が特徴である。我が国では特別法に基づく公営競技(競馬、競輪、競艇、オートレース)およびスポーツ振興くじを除き、刑法185条(賭博罪)で不法行為と位置づけられている。本稿では、ベッティングそのものの是非ではなく、先行して活用されているデジタル技術の可能性に注目した。
  3. *3データプロバイダは、ベッティングサービスの運営事業者から掛け率の変動などのデータを取得し、AIで分析することで八百長などの不正を検出・未然に防ぐ取り組みも行っている(経済産業省「第2回スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会」事務局資料)
  4. *4参加料を徴収すると「偶然の勝敗に関して、財物を賭けその得喪を争う」として賭博罪に該当する懸念があるため。なお、懸賞による景品類の提供を行う場合もスキームによっては景品表示法が適用され、商品等の最高額および総額に上限が課される。

羽田 康孝(はねだ やすたか)
みずほリサーチ&テクノロジーズ デジタルコンサルティング部 コンサルタント

スポーツDXやメタバース、スマートサプライチェーンやMaaSなど、デジタル・モビリティ領域に関する技術・政策動向調査のほか、同分野での新規ビジネスの創出に向けた実証実験支援などを担当。2022年、第77回国民体育大会 フェンシング競技に選手として出場。

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