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脳内活動の可視化が拓く未来

「出力型」BMIに要注目

2024年3月28日 社会政策コンサルティング部 医療・福祉政策チーム 杉浦 健司

1. ブレインテックとは何か

頭の中で考えたことを、手を使わずに文字に変換する、視覚的イメージを思い描いたとおりに表出する。そんなことができる未来が現実のものとなりつつある。これを可能とするのが、脳科学と先端技術を駆使して脳の活動を計測・可視化し医療、ビジネスなどに活用するテクノロジー「ブレインテック」だ。

ブレインテックとは「Brain(脳)」と「Technology(技術)」を組み合わせた造語である。近年測定デバイスの小型化・計測技術の発達や収集した信号処理機能の進化、脳に関する理解の発展によって研究開発が加速化している。また、技術先進国では米国のBRAIN Initiative*1、EUのHuman Brain Project*2などで大型の国家プロジェクトや脳データ取得プロジェクトが推進されている。注目の集まるブレインテックの市場規模は、三菱総合研究所によれば2024年に5兆円程度になると予想されている*3

本稿では実用化に向けて急速に開発が進んでいるブレインテックの活用事例を紹介し、特に今後の発展が期待されるBMI(Brain Machine Interface)技術に関して取り上げる。

2. ブレインテックのビジネス活用

ブレインテックでは、認知状態や感覚体験などの活動を侵襲・非侵襲的に計測(インプット)し、その結果を様々な形で活用(アウトプット)する。実用化された事例では、多くが痛みや不快感を伴わない、非侵襲的な測定方法を用いており、脳血流や脳波の変化として脳活動を計測、それらの結果を用いてマーケティングやヘルスケア、リハビリテーション等の場面で活用されている。それぞれの活用事例を下表に示す。


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図表1 ブレインテックの活用事例
活用事例 概要
マーケティング 来店した消費者が香水の香りを嗅いだ時の脳波を測定し、消費者の好みの香水を提供するサービス(ロレアル社)*4
ヘルスケア アメリカのボブスレー選手がヘッドバンド型の脳計測装置「FocusCalm」を用いて、集中度やリラックス度を高めるトレーニングを実施。2022年北京・冬季オリンピックに向けたトレーニングで活用。(BrainCo社)*5
リハビリテーション 筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の脳内の血管にデバイスを埋め込むことで、患者が脳内で考えただけで、ECサイトでの買い物や同僚とのチャットを行うことを成功(Synchron社)*6

出所:日本総合研究所(2021)「ブレインテックの概説と動向」SMBC(2022)「【先端技術研究・解説】ブレインテック編」より筆者作成

3. 念じて動かす「出力型」BMIが研究テーマのフロンティアに

ブレインテックの応用先の中でも非常に注目されている分野がBMIである。2016年には、電気自動車メーカー・テスラの代表を務めるイーロン・マスク氏が、脳に埋め込むチップを開発するNuralinkという企業を設立したことでも大きな話題となった。日本においても、身体や脳に障がいがある人向けに、BMI機能を持つアバター(Cybernetic Avatar)の実現を目指す研究開発「身体的能力と知覚能力の拡張による身体の制約からの解放」(内閣府「ムーンショット型研究開発事業」)が進められている*7

BMIには大きく分けて3つの種類がある。1つ目は脳に電極を埋め込んで活動を制御する「介在型」BMIである。例えばパーキンソン病患者のように、脳の活動がうまくいかずに手の震えが起きてしまうような場合に、脳信号を整理し震えを止める(脳に電極を埋め込み、刺激を与えることで治療する)手法である深部刺激(DBS)が挙げられる。DBSは日本でも一部の病気に対する治療法として保険適用されている。

2つ目は外からの刺激を人間に入力する「入力型」BMIである。例えば、マイクやカメラで撮影した音や映像のデータをAIで処理し、音や視覚を処理している脳の領域にインプットすることで難聴の方や眼が見えない方が『知覚』することができるようになる、人工内耳や人工網膜が挙げられる。

3つ目としては、念じて動かす「出力型」BMIである。これは近年研究開発が非常に盛んな分野である。前述のDBS、人工内耳や人工網膜など医療機器として社会実装されているものも過去から多く存在する一方、例えば筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の脳内の血管にデバイスを埋め込むことで、患者が脳内で考えただけで、ECサイトでの買い物や同僚とのチャットを行うことを成功した事例などが挙げられる。

4. 「出力型」BMIの応用先は幅広く、社会課題解決の技術として期待される

「出力型」BMIの実用化は、高齢者等における身体的な機能補助システムへの活用など、社会課題解決の技術として、大きな期待が寄せられている。

しかしながら産業用途の商品・サービスの開発では、利用しやすさを追求するあまりデータの精度が低かったり、解釈にブレが生じたりすることが課題となっている。データから分かることの限界についての説明や解釈の仕方など正確な情報提示を行い、利用者に誤解を生じさせないようにする必要がある。

「出力型」BMIの実用化によって、日々の生活を豊かに過ごすため、あらゆるシーンで自分の脳状態を把握しマネージするという生活スタイルが現実のものとなる時代が来るかもしれない。様々な技術的課題があるが、現時点で取組が進んでいる応用先として、下記が挙げられる。


  • 脳卒中などにより身体が動かせない患者の機能を代替・回復
  • 拡張現実(VR)空間での操作やシミュレーション(eスポーツ、ドライバー検査)
  • 脳波によるドローン操作など考えただけでマシン・コンピュータが動く仕組み

筆者が特に注目するものは1点目、脳卒中によって失われた身体機能の回復のために、新たな道筋を切り拓く可能性である。脳卒中はがん・心臓病・糖尿病と並ぶ4大疾病の一つであり、25歳以上の4人に1人が発症するともいわれる。脳の血管が詰まったり破れたりすることで身体機能を司る脳の部位が損傷し、一命を取り留めたとしても体に麻痺が生じるケースが少なくない。特に重度の麻痺によって失われた運動機能は、一般的に発症から半年ほど経つと「症状固定」というステージに入り、それ以降は大幅な治療は見込めないと考えられてきた。

また、脳卒中は日本人の死亡原因としては第4位の一方、介護が必要となる要因としては第2位であるなど、身体機能に障害を抱えたまま生活・復職を送る患者が多いことが課題と言える(図表2)。BMI技術を応用すれば、病気や障がいと共に、社会参加や質の高い生活を実現することができる。新たなリハビリテーション治療、技術の導入によって、麻痺を抱えたまま生活を送るしかなかった患者へ治療の可能性を切り拓くことができるといえる。即ち今までは諦めるしかなかった体の動きや自由な生活を、再び取り戻すことができる可能性が生まれることになる。


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図表2 死亡要因並びに介護が必要となった要因
項目 第1位 第2位 第3位 第4位
死亡要因(全年齢) 悪性新生物 心疾患 老衰 脳血管障害
介護が必要となった要因(65歳以上) 認知症 脳血管障害 高齢による衰弱 転倒・骨折

出所:令和4年版高齢社会白書(全体版)、令和4年(2022)人口動態統計月報年計より筆者作成


今後一層の技術発展・市場拡大が予想されるブレインテック分野において、特に社会課題解決の手法として注目されているBMIへ目を向け、技術が生み出す価値を最大化する上で、どのような領域に適用することが効果的か、そのための挑戦課題を今後とも追っていきたい。

また、例として挙げた脳卒中へのBMI技術の実用化等に向け、日本での取組も先行する中、解決すべき技術的ハードルとして、安全で長期的に安定した脳情報測定方法の確立と高精度で安定した脳情報解読技術の確立の2点があげられる*8。前者では疾患や病態に応じたニーズの違いによって最適化された測定手法が、後者では個々の病態に応じ最適化されたアルゴリズムの確立が望まれるが、医療の世界(実際に患者に接している脳神経内科医)だけでなく、基礎研究に携わる神経科学研究者、医療工学分野やAIに関する技術者を含めた横断的な協力体制構築も重要となっていくであろう。

  1. *1米国政府が主導している、オバマ政権時代に発表された「先端・革新的神経学技術を通した脳研究イニシアティブ(the Brain Research through Advancing InnovativeNeurotechnologies Initiative)」、通称「BRAIN Initiative」。
    プロジェクトホームページ
  2. *2EUの執行機関である欧州委員会が2013年に米国の「BRAIN Initiative」に相当する脳科学に関する巨大プロジェクトとして、「Human Brain Project」を採択。医療への応用や人工知能の技術進歩、倫理問題について取り組んでいる。
    プロジェクトホームページ
  3. *3三菱総合研究所(2018)「ブレインテックが切り拓く5兆円の世界市場 第1回 ブレインテックの現状」
  4. *4 ロレアル社ホームページ
  5. *5 米国ボブスレースケルトンチームホームページ
  6. *6 Synchron社ホームページ
  7. *7 事業概要(PDF/321KB)
  8. *8日本神経学会、日本神経治療学会、日本神経感染症学会、日本パーキンソン病・運動障害疾患学会、日本末梢神経学会、日本自律神経学会、日本筋学会、日本神経免疫学会(2022) 「脳神経疾患克服に向けた研究推進の提言 2022」 (PDF/2,872KB)

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