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欧州の化学物質関連規制への影響と日本企業にもとめられる対応

EU持続可能な化学物質戦略(CSS)とは何か? そのポイントについて(1/3)

  • *本稿は、『月刊化学物質管理』2021年8月号(発行:情報機構)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 環境エネルギー第2部 後藤 嘉孝

はじめに

2020年10月に欧州委員会が欧州グリーン・ディールの1つの戦略として公表した「持続可能な化学物質戦略(Chemicals Strategy for Sustainability -Towards a Toxic-Free Environment-;CSS」において、今後のEUの目標として「有害物質のない環境に向けた汚染ゼロ目標(A zero-pollution ambition for a toxic-free environment)」が打ち出され、欧州の化学物質管理規制全体における内分泌かく乱物質やPFASの規制、REACH規則及びCLP規則の改定(例:混合物評価係数(MAF)の導入、難分解性、移動性及び毒性(PMT)及び極めて難分解性で高い移動性(vPvM)等の新規クライテリアの導入等)などの規制強化の方向性が示されている。また規制強化だけではなく、化学物質管理の投資戦略として「安全で持続可能にデザインされた化学物質の促進」や「化学物質生産のグリーン化とデジタル化」など、化学物質管理をビジネスチャンスと位置付ける新たな方向性が示された。

本稿では、EU持続可能な化学物質戦略の概要とそれを踏まえた欧州の化学物質関連規制に関する今後の改定の最新動向について説明する。また本稿に記載の内容は2021年6月末時点での情報である点にご留意頂きたい。

なおEU持続可能な化学物質戦略の本文については、「化学物質国際対応ネットワーク」より和訳(仮訳)が提供されているため、適宜参照されたい。

1. EU持続可能な化学物質戦略の背景

2019年12月に新欧州委員会発足後、今後のEUにおける環境政策として欧州グリーン・ディールを発表*1した。欧州グリーン・ディールを提案するコミュニケーションでは、8つの政策骨子とそれを支えるサステナブル・ファイナンス政策が説明されている。8つの骨子のうち8番目に掲げられているのが、「有害物質のない環境に向けた汚染ゼロ目標(A zeropollution ambition for a toxic-free environment)」である(図表1 右上)。

欧州グリーン・ディールでは、大気・水域(表層水・地下水・海洋)・土壌・労働者・消費者製品といった、化学物質規制の関連分野の取組の方向性について言及している。また、有害物質のない環境(toxicfreeenvironment)の達成に向けて、2020年10月14日に欧州委員会からコミュニケーションとして「持続可能な化学物質戦略(Chemicals Strategy for Sustainability-Towards a Toxic-Free Environment-)」が公表*2,*3された。さらに「クリーンな空気・水・土を確保するためのゼロ汚染行動計画(Towards a Zero Pollution for Air,Water and Soil)」が2021年5月に採択*4されている。

EUが「有害物質のない環境」を目指す背景として、図表2に示す事実が挙げられている。欧州では既に世界的に最も先進的で包括的な規制枠組みを有しているが、グリーン化・デジタル化への移行を可能にする化学物質を開発・普及し、人健康と生態(のうち特に脆弱性集団)を保護するためには、化学産業とそのバリューチェーンのグリーン化への移行に係るイノベーションを促進し、化学物質管理政策を発展させ、有害な化学物質がもたらす課題への迅速かつ効果的な対応が必要であるとしている。


図表1 欧州グリーン・ディールの全体像
図1

出典:“The European Green Deal”, Brussels, 11.12.2019, COM(2019) 640 final


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図表2 EUにおける化学物質、化学産業、化学物質の法規制に関する事実と数値

化学物質、化学産業、化学物質の法規制に関する事実と数値(略)

EUのバイオモニタリング研究によると、ヒトの血液や体組織内には、特定の農薬、殺生物剤、医薬品、重金属、可塑剤、難燃剤などの、さまざまな有害化学物質の数が増加しているといいます。出生前にばく露した化学物質の組み合わせ次第では、成長障害や出生率の低下につながることも分かっています。

ヨーロッパ人の84%は日用品に含まれる化学物質が健康に与える影響を心配し、90%は環境への影響を心配しています。

出典:「EUの持続可能な化学物質戦略(化学物質国際対応ネットワークによる仮訳)」より一部抜粋、太字は筆者による

2. EUの化学物質政策の新しい長期ビジョンについての全体像

1.で述べた背景を踏まえ、EUの化学物質政策に対する新しい長期ビジョンとして、「欧州グリーン・ディールに沿って、グリーン化とデジタル化の達成など社会へ最大限に貢献する方法で化学物質を生産及び使用しながら、また地球と現在や未来の世代への危害を回避しながら、“有害物質のない環境”を目指す」としている。当該戦略において、一際目を引くのは、図表3の逆三角形の図である。

EU持続可能な化学物質戦略においては、図表3の図の詳しい説明が記載されていないが、前述の「ゼロ汚染行動計画」においては以下のように説明(図表4)がある。

その要点として、まず第一に本質的に安全で持続可能な化学物質を使用すること、本質的に安全で持続可能な化学物質の使用が(まだ)不可能な場合は、汚染を最小限に抑える行動をとること、そして最後に、汚染が発生した場合、それを回復し、関連する損害を補償する必要があると説明している。

これは、化学物質、化学産業、化学物質の法規制に関する事実と数値(図表2)に記載されている通り、現在のリスクベースのアプローチの推進のみでは、全ライフサイクルステージにおいて適切な化学物質管理の実現が難しく、ハザードベースで本質的に安全な物質の推進が必要不可欠であるという意図であると考えられる。また、本文においても“競争力”や“投資”という言葉が随所に記載されてあり、EUにおいて“安全で持続可能な化学物質”に関するルールメイキングをすることによってEU産業の競争力を向上させる狙いであるともいえる。

戦略では、上記を踏まえたアクションプランを策定しており、それらの要点は図表5の通りである。

このうち、上記の内容について、筆者が事業者への影響が大きいと考えた事項について分類すると以下のようになる。以降では①~⑧を中心として内容を解説する。

① 安全で持続可能にデザインされた化学物質
② 安全な製品及び有害物質がない材料サイクル
③ 消費者製品における包括的アプローチ(Generic Approach)の拡大
④ PFASの段階的廃止
⑤ 内分泌かく乱物質への対応
⑥ 混合物評価係数(MAF)の導入
⑦ CLP規則の改訂による新たな化学物質分類の提案
⑧ REACH規則の情報要件等の拡充

なお、①~⑧以外のアクションプランについての詳細は、適宜原文を参照されたい。


図表3 ゼロ汚染階層(The zero pollution hierarchy) - 化学物質管理の新しい階層
図1

出典: 化学物質国際対応ネットワーク - EUの持続可能な化学物質戦略(仮訳)


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図表4 ゼロ汚染階層(The zero pollution hierarchy)の説明

ゼロ汚染階層(The zero pollution hierarchy)

気候中立性を達成するための努力と並行して、EUは、条約に謳われている原則を考慮に入れた、より効果的な「ゼロ汚染階層(The zero pollution hierarchy)」を必要としている。この原則とは、特に、EUの環境政策は予防原則に基づくべきであり、予防措置が取られるべきであるという原則に基づくべきであること、環境破壊は優先的に発生源で是正されるべきであり、汚染者は回復費用の支払いを行うべきであるという原則である。

出典:「クリーンな空気・水・土を確保するためのゼロ汚染行動計画(Towards a Zero Pollution for Air, Water and Soil)」より仮訳、太字は筆者による


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図表5 EU 持続可能な化学物質戦略におけるアクションプランの要点
タイトル アクションプラン(抜粋)
2.1 安全で持続可能なEU化学物質へのイノベーション
2.1.1 安全で持続可能にデザインされた化学物質の促進
  • 「安全で持続可能にデザインされた化学物質」のEU基準の策定
  • 産業の対応状況を測定するためのKPI(評価指標)を設定
  • 産業排出指令の改正(現場でのリスク評価を義務付け等)
2.1.2 安全な製品及び有害物質がない材料サイクルの達成
  • 製品中に含まれる懸念物質を最小限に抑える要件を導入
  • 材料・製品のライフサイクルを通じた懸念物質の追跡(SCIP 等)
  • ライフサイクル全体を考慮した化学物質のリスク評価手法の開発
2.1.3 化学物質の生産におけるグリーン化及びデジタル化
  • グリーン化・デジタル化のための高度な材料の研究開発等の推進
  • 低炭素・低環境負荷の化学物質製造プロセスのための研究開発等の推進
2.1.4 EUにおける開かれた戦略的自律の強化
  • グリーン化・デジタル化の移行に向けて特定の化学物質が重要な構 成要素である技術と用途の戦略的バリューチェーンを特定
  • 社会にとって不可欠な用途に使用される化学物質のサプライチェー ンのレジリエンスと持続可能性の推進
2.2 環境と健康への差し迫った懸念に対処する、より強力なEUの法的枠組み
2.2.1 最も有害な化学物質からの、消費者、脆弱なグループ、労働者の保護
  • REACHに基づいた、CMR、内分泌かく乱物質、PBT/vPvB 物質、免疫毒性物質、神経毒性物質、特定標的臓器毒性、呼吸器感作性物質を優先的にグループとして規制するためのロードマップの検討
  • 消費者製品に、CMR、内分泌かく乱や、PBT 等の化学物質を含まないようにするためのリスク管理の包括的アプローチ(GenericApproach)を展開
  • REACH68 条(2)の制限をプロユースにまで拡張
  • 必須用途の基準を定義
  • 育児用品及び玩具以外の子供用製品中の有害物質の制限
  • REACH等で、内分泌かく乱物質特定のための情報要件の更新
2.2.2 化学物質の複合影響からのヒトと環境の保護
  • REACH規則における混合物評価係数(MAF)の導入検討
  • 他の関連法規制の複合影響を考慮に入れるための規定を導入/ 強化
2.2.3 化学汚染ゼロの環境へ向けて
  • CLP規則改訂による内分泌かく乱物質、PBT/vPvB 物質、難分解性物質、可動性物質(Mobility)の分類導入、REACH規則の高懸念物質(SVHC)リストに追加する提案
  • (非不可欠用途を除く)REACHに基づく全PFASを制限する提案
  • PFAS に対してグループアプローチを適用して規制(環境基準指令/地下水指令、食品汚染物質委員会規則等での対処)
2.3 法的枠組みの簡素化及び統合
2.3.1 1物質1評価
  • EU化学物質管理法規制全体として「1物質1評価」を推進
2.3.2 法令非遵守に対するゼロ・トレランスなアプローチ
  • 「No data, no market」と汚染者負担の原則の強化するREACH規則の改正(全ドシエの遵守と不適合の場合は登録を取り消し)
  • 違反のリスクが高い分野(オンライン販売等)への監視強化
2.4 化学物質に関する総合的な知識基盤
2.4.1 化学物質データの利用可能性の向上
  • REACHへの登録情報要求の改訂(神経系及び免疫系への影響を含む重大な危険性を持つ物質の特定、グループ化アプローチへの移行、懸念ポリマーの登録、化学物質の環境全体へのフットプリントに関する情報、1~10トンの物質の化学物質安全性報告書の義務等)
2.4.2 化学物質の科学政策の接点を強化
  • 動物試験代替のための研究とデジタルイノベーションの促進
  • ヒト及び生態系のモニタリングの強化
2.5 世界規模の適正な化学物質管理模範の設定
2.5.1 国際標準の強化
  • 国連GHSの基準・分類カテゴリの新設・編集・明確化を提案
2.5.2 EU外での安全性と持続可能性の推進 (略)
  • アクションプランは、筆者が重要と考えた事項のみを抜粋。(出典: 化学物質戦略本文及びAnnexより作成)

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