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社会動向レポート

中小企業におけるガイドラインの認知度調査の結果から

治療と仕事の両立支援のさらなる普及に向けた課題と提言(3/3)

社会政策コンサルティング部 チーフコンサルタント 志岐 直美

5. ガイドラインの周知と両立支援のさらなる普及に向けた提言

前章までに、当社が実施した調査結果をもとに、ガイドラインの周知・活用状況の実態と課題を報告した。本調査結果を踏まえ、以下にガイドラインや両立支援のさらなる普及に向けた提言を示す。

(1) 経営者に対するガイドラインや両立支援に関する普及啓発

前章でも示したように、人事労務担当者においてはガイドラインの認知度は一定程度あるものの、経営者においては認知度が低く、ガイドラインのさらなる周知啓発が必要であることが示唆された。また、両立支援に関しては、現在支援が必要な労働者がいない場合であっても、支援を必要とする労働者が支援の申出をしやすいよう、日ごろから環境づくりに取り組むことが重要であるが、経営者や人事労務担当者を対象とした調査からは、この趣旨が十分に周知されていない可能性が示唆された。

ガイドラインの周知啓発の際には、事業者において「治療と仕事の両立が必要な労働者がいないから取り組まない」ではなく、「治療と仕事の両立が必要な労働者がいない(もしくは潜在化している)からこそ、今、取り組む必要がある」という認識がなされるようなアプローチが必要であると考えられる。

また、周知啓発の阻害要因の一つとして、相対的に両立支援が必要な場面に遭遇しづらい中小企業では、ガイドラインや両立支援そのものに対する関心が持ちづらいことがあると考えられる。一方で、調査結果からは、経営者の多くが「これまでに治療を必要とする従業員はいなかった(または退職した)」と回答していたのに対し、人事労務担当者においてはその割合が低いなど、経営者の認識と実態とに乖離がある可能性が示唆された。

実際に各企業においてどの程度両立支援のニーズがあるのか、それをどこまで経営者が正確に把握しているのかに関しては、更なる調査や分析が必要であるものの、「経営者が認識している以上に、両立支援のニーズがある可能性がある」ことは否定できない。こうした実際と、今後労働力の高齢化に伴い両立支援のニーズは高まる可能性があること、労働力人口の減少に伴い人材確保が困難になる可能性があること等を踏まえると、中小企業においても、今後両立支援の対応に迫られる場面が増えることが見込まれる。

ガイドラインや両立支援の普及啓発の際には、こうした情報をあわせて伝えることも、経営者に関心を持ってもらうために有用なのではないか。

(2) ガイドラインを活用した両立支援に備えた環境整備の推進

既述のとおり、両立支援は労働者からの支援の申出が起点となるため、日ごろから、支援を必要とする労働者が事業者に相談しやすい環境づくりに取り組むことが重要である。具体的には、「事業者による基本方針等の表明と労働者への周知」、「研修等による両立支援に関する意識啓発」、「相談窓口等の明確化」「両立支援に関する制度・体制等の整備」などの取組が挙げられる。

経営者や人事労務担当者を対象とした調査では、ガイドラインを知っている者の多くが参考になったと回答していることから、こうした環境整備にあたってガイドラインが有効であることが示唆された。これから両立支援に取り組もうという事業者においては、ガイドラインをもとに自社の取組状況を振り返ることも、環境整備のための重要な一歩になるだろう。今後、国や自治体、経済団体、医療機関などの関係者が連携しながら、両立支援の概念やガイドラインそのものの周知をさらに推し進めるとともに、ガイドラインの活用方法や具体的な環境整備のプロセスについても情報発信していくことで、両立支援のさらなる普及の一助になるものと期待される。

(3) 労働者に対する職場における取組やガイドラインに関する情報提供

当社の調査結果によれば、労働者において治療と仕事の両立に対する関心は高く、ガイドラインについても、認知度向上に向けて改善の余地はあるものの、一定程度の認知度があり、また、関心度が高い様子がうかがえた。ガイドラインの内容は労働者にとっても参考になるものであり、もしもの場合に備えて参照できるよう、引き続き広くガイドラインの周知を行うことが重要であると考えられる。

一方で、労働者を対象とした調査では、勤務先における治療と仕事の両立支援のための環境整備の取組に関して、「ない・分からない」と回答した者が6割超を占めていた。背景には、治療と仕事の両立のために利用可能な制度の整備が十分に進んでいない実態(6)や、環境整備が進められている場合であっても、その内容が労働者に周知されていない可能性があることが考えられる(7)。このことは、労働者が支援の申出をしづらかったり、支援が受けられないと考え、相談を諦めてしまうといった事態を招く可能性がある。

今後、事業者に対しては前項(2)に挙げたような環境整備の推進を図るとともに、労働者に対しては、職場における両立支援の取組や窓口をあらかじめ確認しておくなど、労働者においても取り組めることを情報提供していくことも、両立支援の普及に向けて重要な取組の一つとして考えられる。

  1. (1)2013がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査(静岡がんセンター,2013年)
  2. (2)厚生労働省:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000115267.html
  3. (3)平成26年経済センサス基礎調査をもとに、全国の業種の構成比率に応じてサンプル数を割付
  4. (4)平成29年就業構造基本調査をもとに、全国の性別・年齢別・雇用形態の構成比率に応じてサンプル数を割付
  5. (5)中小企業に着目した理由としては、我が国の企業の大半が中小規模の企業であり、また、人的・経済的理由等により両立支援の取組が大企業に比べて困難であり、対策の優先度が高いと考えられたためである。
  6. (6)労働政策研究・研修機構による企業を対象とした調査では、柔軟な働き方を支援するための制度の有無と、各種制度がある場合に私傷病の治療や療養を目的に利用することが可能であるかを尋ねている。当該調査結果に基づき「制度があり」かつ「利用することが可能」である割合を算出すると、「時間単位の休暇制度・半日休暇制度」は46.5%に上るものの、「退職者の再雇用制度」は28.4%、「時差出勤制度」は22.2%などに留まっている。(括弧内は公表されている結果を基に当社が計算。)(労働政策研究・研修機構「病気の治療と仕事の両立に関する実態調査(企業調査)」報告書(2018年7月31日))
  7. (7) 例えば、アフラック生命保険株式会社が実施した調査では、働くがん患者の75%が産業医の存在を知らないという結果が報告されており、企業等の制度や体制が労働者に周知されておらず、有効活用されていない可能性が示唆されている。(アフラック生命保険株式会社「がんと就労に関する意識調査」(2018年11月11日))
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