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社会動向レポート

「人生百年時代」を検証する(3/3)

社会政策コンサルティング部 主席コンサルタント 仁科 幸一

4.「人生百年時代」のリアリティ

(1)現状は「人生90年」

以上の検証を通じて、以下のことが明らかになった。

第1に、高齢期の延伸という意味での長寿化が進展したのは、1960年代以降のことであり、現在までほぼ一貫して伸びている。

第2に、とはいえ実際に100歳まで到達できるのは、男性では2%に満たず、女性でも1割に満たない。90歳到達者であれば男性ではおよそ4分の1、女性ではおよそ半数ということを踏まえれば、「人生90年時代」は現実のものではあるが、「人生百年時代」というにはためらいが残る。

第3に、わが国が長寿国であることはいうまでもないが、決してわが国に特有の現象ではなく、先進国に共通してみられる現象である。長寿化の要因は医療のみならず、生活習慣、住宅環境、就労環境、都市環境など多岐にわたると考えられるが、わが国に特有な要因だけを取り出して称揚すること(7)には慎重であるべきだろう。

(2)長寿化は今後も進むのか

1960年代以降のわが国の長寿化傾向は今後どのように展開するのだろうか。筆者は、長寿化は今後も進展するとみている。

長寿化の要因は多岐にわたるが、生活習慣、就労環境、住宅環境、都市環境が、高齢者の余命を短くするほど大きく変動するとは考えにくい。一方、医療の技術進歩があらたな展開を見せており、その動向次第では、高齢者の積極的治療の可能性が拡大するとみられる。

一般に加齢に伴って侵襲性(身体へのインパクト)が高い治療の適応が難しくなる(8)。今日、外科領域では、内視鏡手術、血管内治療、ロボット手術などの低侵襲性手術が適用範囲を拡大しつつある。また、バイオ医薬、遺伝子治療、再生医療などが実用化に向けて研究・開発にしのぎをけずっている。

もちろん、新型インフルエンザなどの新たな感染症の蔓延、耐性菌の発生など無視しがたいリスクも存在するが、医療技術の進歩が後期高齢者への積極治療の可能性を拡げ、高齢者の平均余命を延伸していく可能性は小さくはない。それがいつ実現するかを具体的に特定することは筆者の手には余るが、「人生百年時代」が将来実現する可能性は低くはない。

こうした変化に対応した社会システムをどのように再構築すべきか、議論に費やす時間は意外に短いかもしれない。

  1. (1)野口忠「巻頭言 人生100年時代の栄養学を目指して」FFI ジャーナル第209巻6号、広瀬信義「人生百年時代」商工ジャーナル30巻4号。
  2. (2)ある人口集団の死亡状況が今後変化しないと仮定したときに、各年齢の者が生存する確率や平均してあと何年生きられるかという期待値などを集計した統計。国勢調査をデータソースとして5年ごとに作成されるのが「完全生命表」、推計人口をデータソースとして作成されるのが「簡易生命表」。第1回生命表は1891~98年の人口をもとに作成され、1955年以降は国勢調査の実施に合わせて5年周期で完全生命表が公表されている。
  3. (3)当時の大都市圏であった東京府・大阪府・京都府を対象として、文部省医務局が1874年に公布した、医師等の養成、医療制度、衛生行政に関する規定。わが国の近代医療制度の原点ともいうべき法令である。
  4. (4)細菌性感染症治療にめざましい効果のある抗生物質による投薬治療、画像診断機器(CT・コンピュータ断層撮影装置、MRI・核磁気共鳴画像診断装置、エコー・超音波検査装置)や内視鏡検査・治療装置などの開発と普及が例としてあげられる。
  5. (5)「高齢者に関する定義検討ワーキンググループ報告書」(2017年・日本老年学会・日本老年医学会)
  6. (6)医療の普及や技術進歩のほか、生活習慣(栄養・食習慣、喫煙、飲酒、睡眠、運動、ストレスなど)、就労環境(労働安全・衛生、労働時間、ストレス)、住宅環境(室温や衛生状況)、都市環境(上下水道、大気・水質汚染)の要因が考えられる。
  7. (7)その例として、日本的な食習慣がわが国の長寿の最大の要因とするような言説がある。すでにみたように、長寿化は先進国に共通してみられる現象であり、こういった言説にどの程度の科学的根拠があるのか、疑問なしとはしない。
  8. (8)侵襲性の高い治療を強行すれば、治療自体は成功したが侵襲性によって患者が亡くなってしまうということになりかねない。医師は治療によって得られるメリットと侵襲性によるリスクを天秤にかけながら治療方法を判断している。
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