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フィナンシャルエンジニアリングレポート Vol.34

The Quantitative Methods in Finance 2019 Conference (QMF 2019) 参加報告

2020年3月
みずほ情報総研 マーケッツデジタルテクノロジー部 宮崎 強

1.カンファレンス概要

本レポートは数理的アプローチによるファイナンス研究の国際学会へ参加した際のレポートである。大会概要は以下の通りである。

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大会名: The Quantitative Methods in Finance 2019 Conference (QMF2019)
主催者: University of Technology Sydney
開催地: オーストラリア・シドニー (Hilton Sydney Hotel)
期間: 2019年12月16日~2019年12月20日

2.内容

カンファレンスでは午前は1カ所の大会議室で各人40分の講演、午後は4つの会議室に分かれて各人20分の講演が実施された。トピックとしては、確率モデルやデリバティブ商品評価、信用リスク、高頻度取引、深層学習のファイナンスへの応用、XVAなど様々であった。以下では聴講した発表の中からいくつか報告する。

【確率モデル】

[Kentaro Kikuchi,"Estimating the duration of the quantitative easing policy using a term structure model with a stochastic lower bound"]

中央銀行の量的緩和政策により、日本や欧州の国債市場はマイナス金利の状況が続いている。当該発表は、負の値をとるイールドカーブを捉える金利期間構造モデルを、2次ガウシアン期間構造モデルをベースに構築する内容。特徴は、ショートレートに以下のようなブラウン橋過程に従い変動する下限ytτを設け、かつ量的緩和の終了時刻を確率変数τとしてモデルに組み、割引債価格の導出を行った点である。

図1

導出した割引債価格について、実データ(日本の割引債各年限のゼロクーポン金利)を基にパラメータ推定を行い、量的緩和の終了時刻τが従う確率分布を推定した。

【ビッグデータを活用した投資戦略】

[Takuya Kaneko," J-REIT investment strategy with mobile statistics"]

携帯電話の位置情報データをREITファンドの投資に活用した内容。

ある情報通信業者では、携帯電話の位置情報から、ある空間にいる人の数をリアルタイムに知ることができる。この情報からホテルの客室稼働率を推定し、ホテルを投資対象とするREITファンドへの投資戦略に活用した。具体的には、ホテルの客室稼働率と、当該ホテルを所有する不動産会社を投資対象としたREITの価格には相関があり、客室稼働率の情報が直ちにREITの価格に織り込まれるという仮説の下、ある日の客室稼働率推定値が、事前に定めた閾値より高い(低い)場合は、翌日のマーケットでREITを始値でロング(ショート)し、終値でショート(ロング)する戦略をとるものである。上記戦略に基づき、バックテストを行った結果、リターン15.67%、シャープレシオ10と、市場で取引されるパフォーマンス上位のファンドと比較しても非常に高い結果が確認された。

【深層学習による数値計算】

[Johannes Ruf," Neural Network Based Discrete Hedging"]

株式のリターンの分散を最小にするヘッジ比率をニューラルネットワークで導出できるかについて考察した研究。具体的には以下のような内容。

ある日に、現金の借り入れおよび株式δ単位の買いと、コールオプション1単位の売りを行うヘッジポートフォリオを考える。翌日の当該ポートフォリオの価値Vt+1,jδは、以下のようにかける。

図2

ここで、St:時点tでの株価, R:リスクフリーレート, Ct,j:時点tでの銘柄jのコールオプション価格を表す。ヘッジポートフォリオのリターンの分散を以下のSSEで近似し、これを最小にするようなδをニューラルネットワークで求めるというものである。

図3

ニューラルネットワークを使ったデルタヘッジの研究は150を超える論文が報告されており、それらの多くはニューラルネットワークによるヘッジパフォーマンスは優れたものと結論づけている。筆者の結果からは、確かにBlack Scholesのデルタよりは良い結果となるが、更にベガも考慮したHull-Whiteのデルタ-ベガヘッジと比べるとアウトパフォームしない結果となった。この理由について、いくつかの既存研究では、学習時に時系列を無視したデータ(学習/テスト)分割を行っていることを、自身の検証結果をもとに指摘し、既存の研究に対し注意を促す内容であった。

【信用リスク】

[Rüdiger Frey," Conditionally Affine processes with Markov Modulated Mean Reversion Level and Applications in Credit Risk"]

金利モデルの一つであるCIR(Cox-Ingersoll-Ross)モデルを用いて、ESBies(European Safe Bonds)のリスク分析を行った研究。「景気拡大」、「緩やかな景気後退」、「強い景気後退」の3つの状態を有限状態Markov連鎖で表し、CIRモデルに組み込んだ点が特徴。このモデルに基づき、アタッチメントポイント(証券化エクスポージャーが属するトランシェに毀損が生じ始める基準値)を変えながら、ポートフォリオの期待損失額、ESBiesのスプレッド、ESBiesの損失確率をシミュレーションした。既存研究では、ESBiesは非常に安全な資産と主張されているが、強い景気後退局面で、アタッチメントポイントが低い(<0.35)場合は、大きな損失をもたらす可能性があると指摘した。

【量子コンピューティング】

[David Garvin," Quantum Computing Applications for the Finance Industry"]

量子コンピュータに関する紹介。昨今、量子コンピュータは、国家および企業の戦略レベルでの重要課題として捉えられており、最適化問題、機械学習、シミュレーションといった分野で飛躍的な進歩をもたらすといわれている。実際に、外資系金融機関を中心に、ポートフォリオの最適化やアセット・プライシングにおけるモンテカルロシミュレーション等、実務への応用も進んでいる。当該発表では、量子コンピューティングによるモンテカルロシミュレーションでのヨーロピアンコールオプションの価格算出の事例について紹介があった。

3.所見

本大会には著名な研究者から大学院の学生まで多数の研究者が参加しており、多彩な研究成果や最近の研究動向に触れることができ非常に有意義なものであった。講演内容については、例年通り確率モデルを中心とした数理ファイナンス理論が多かったが、例年に比べ深層学習を扱った内容が増えた印象で、実務への応用の点からも大変参考になった。また、今年は量子コンピューティングのトピックも登場し、当該分野のファイナンスへの応用は今後益々の発展が期待される。引き続き、金融技術の動向をモニタリングしていく所存である。


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