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社会動向レポート

高齢者が意欲的に働き続けることのできる社会を目指して

定年後再雇用者の「職務・働き方」と「賃金」の変化に関する考察(1/4)

社会政策コンサルティング部 コンサルタント 古川 みどり

少子高齢化が急速に進む中で、「高齢者が意欲的に働き続けられる社会」の実現が急務となっている。本稿では、高齢の雇用者の中でも「定年後再雇用者(1)」に注目して、その定年前後での労働条件や労働意欲の変化についてアンケート調査結果から考察する。

1.背景

日本では、急速に少子高齢化と人口減少が進んでいる。2019年12月1日現在、総人口約12,615万人に対して65歳以上人口は3,593万人に上り、高齢化率は実に31.4%である(2)。そして、2060年には総人口が約9,284万人まで減少するのに対して高齢化率は38.1%まで上昇すると予測されている(3)。これは、日本の総人口の約2.6人に1人が高齢者という計算である。労働の担い手の確保という観点では、生産年齢人口の減少が深刻さを増す中、今後ボリュームを増していく高齢者は貴重な存在であり、彼らがその職業能力を活かして活躍できる社会の実現が求められている。

現状、65歳までの安定した雇用を確保するため、高年齢者雇用安定法により、企業には「定年制の廃止」、「定年の引上げ」、「継続雇用制度(勤務延長制度あるいは再雇用制度)の導入」のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を講じることが義務付けられている。厚生労働省の最新の統計では、高年齢者雇用確保措置の実施済企業は99.8%であり、少なくとも65歳までは希望すれば働き続けることのできる社会が実現しつつある。そうした中、今後より重要な課題となるのは「高齢者が意欲的に働き続けることのできる社会」の実現であろう。

ここで、労働者の「働く意欲」と強い関係を持つものの1つとして「賃金」を挙げることができる。高齢者に関してもこの点は同様であり、一例として2015年度に実施された調査(4)によれば、60歳以上の雇用者が働く理由は「現在の生活のため」が最も多く78.5%を占め、次いで多いのは「老後の生活に備えて」(49.2%)であった。この結果からは、労働者が高齢期を迎えても働き続ける理由としては、収入の確保の必要性という事情が大きく、高齢者の働く意欲にも「賃金」が影響していることが窺える。他方で、上述の高年齢者雇用確保措置のうち最も多くの企業で選択されているものは「再雇用制度」の導入であることを踏まえると、「高齢者が意欲的に働き続けることのできる社会」の実現に向けてまず着目すべきは、定年後再雇用者の賃金設定であると言える。

この点に関して、2018年は「長澤運輸事件」と「九州総菜事件」という重要な2つの最高裁判所判決が示された年であった。特に、本調査に重要な示唆を与えたのは後者の判決であり、その概要は以下のとおりである。

九州総菜事件

定年後の再雇用契約を巡り、フルタイム勤務からパートタイム勤務への変更と賃金の75%カットを提示されて退職した元従業員が、会社側に対して損害賠償を求めたもの
(最高裁判所判決(2018/4/1)の主旨)

  • 定年後の極端な労働条件の悪化は、高年齢者雇用安定法の趣旨に反する
  • 再雇用に関しては、定年前後の労働条件の継続性・連続性が一定程度確保されることが「原則」である

「九州総菜事件」判決は、再雇用時の極端な賃金引き下げを不法行為とした初の司法判断であり、企業の人事担当者を中心に社会の注目を集めた。なぜなら、従来、定年後再雇用者の賃金は定年時と比較して6~7割程度の水準に低下することが一般的だとされてきた(5)ためである。本判決は定年後再雇用者の賃金設定に関して企業に再考を促す意義を持つと言えるが、他方で、司法判断において「原則」とされたあり方が実社会ではどの程度浸透しているかという点で疑問を残した。また、仮に企業が「定年前後の労働条件の継続性・連続性が一定程度確保」された労働環境の実現に今後努めていく場合には、すでにそうした環境を提供している企業がどのような特徴を持つかを明らかにすることはその取り組みの一助となるだろう。

2.目的

「1.背景」に述べた問題意識の下、弊社では以下に述べる目的に基づきアンケート調査を実施した。なお、その際の前提として、「九州総菜事件」判決に言う「定年前後の労働条件の継続性・連続性が一定程度確保」された労働環境を、本調査では「[1] 業務の内容、[2] 業務に伴う責任の程度、[3] 所定労働時間の3つの観点において定年前後で変化がない環境」(以下、「連続的再雇用環境」と表現)と定義している。そのうえで、本調査の目的は大きく分けて以下の2点とした。

1.実態の把握

  1. [1]「連続的再雇用環境」はどの程度の企業で実現しているか
  2. [2]「連続的再雇用環境」においては賃金にも連続性が見られるか
  3. [3]「連続的再雇用環境」においては労働意欲にも連続性が見られるか

2.「連続的再雇用環境」を実現している企業に見られる特徴の検討

3.調査概要

(1)調査実施概要

2018年9月から10月にかけてアンケート調査を実施した。調査対象は、全国に所在する総従業員数10名以上の企業のうち、従業員規模と業種により比例配分して抽出した16,000社である。ただし、業種について「農業、林業」「鉱業、採石業、砂利採取業」「公務」は調査対象から除外している。調査票は企業の人事労務担当者宛に郵送し、回答後に郵便で返送いただいた。

(2)集計の考え方

調査の結果、有効回答はN=2,393、有効回答率は15.0%となったが、本レポートでは図表1に示す5つの条件をすべて満たした企業(N=1,042)の回答を集計した結果を報告する。特に、本レポートにおける報告が総従業員数300人未満の企業に係る集計結果であることに留意いただきたい。また、図表1の「条件[2] (i)」に関連して、本調査で定年前後の労働環境の変化を問う設問は、回答企業各社で「最も多くの定年後再雇用者に当てはまる職種」に係る状況を回答するよう求めた(6)。すなわち、各社の定年後再雇用者に適用される人事制度等を網羅的に回答いただいたものではないことに注意していただきたい。

集計対象とした1,042社の概要は図表2のとおりである。


図表1 本稿における集計対象
図表1


図表2 集計対象企業の概要
図表2

  • 本レポートは当部の取引先配布資料として作成しております。本稿におけるありうる誤りはすべて筆者個人に属します。
  • レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。全ての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
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