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社会動向レポート

高齢者が意欲的に働き続けることのできる社会を目指して

定年後再雇用者の「職務・働き方」と「賃金」の変化に関する考察(4/4)

社会政策コンサルティング部 コンサルタント 古川 みどり

5.まとめと考察

(1)調査結果の振り返り

本調査の結果、九州総菜事件において定年後再雇用の「原則」だとされた「連続的再雇用環境」を実現する企業(タイプA)は集計対象全体の15.4%と1割を超え、「原則」とは呼び難いものの一定程度存在することが確認された。タイプAに係る特徴の中でも特に重要なことは、定年前後の「基本給」および「労働意欲」の低下幅がいずれも、8つの企業タイプの中で最も小さかったことである。

これに対して、最も該当企業数が多かったのはタイプG([1] 業務の内容が変わり、[2] 業務に伴う責任の程度は小さくなるが、[3] 所定労働時間は「フルタイム」のまま変わらない企業タイプ)であり、この企業タイプでは定年前後の労働意欲の低下幅が8つの企業タイプの中で最も大きいことが確認された。

タイプAの特徴としては、業種について「医療・福祉」「運輸業、郵便業」に該当する企業が多かった一方で、人材確保に向けた考えとして「すでに十分確保している」と回答した企業が比較的多かったことも指摘できる。「医療・福祉」「運輸業、郵便業」は、昨今の人手不足の情勢の中でも特に状況が深刻だとされている業種である(9)。それにもかかわらず人材を十分に確保している企業が比較的多かったこと、さらに、最も正社員の人数が多い年代を「40代後半以上」とした企業が6割を占めたことを考え合わせると、タイプA企業では、中高年齢層の人材を戦力として活用することで人手不足を回避している可能性が示唆される。

また、処遇や人事制度に係るタイプAの特徴としては、賃金(基本給、賞与・寸志等、手当)や役職、人事評価の仕組みや期待役割といった多くの点で、定年前との連続性が維持されていることがわかった。特に、「基本給」「人事評価の仕組み」「期待役割」に定年前後で連続性があることは、定年前後で労働意欲の低下幅が小さい企業の特徴に一致する。これらの結果からは、タイプA企業は、定年後再雇用者に対して定年前とほぼ共通の「業務」や「働き方」を提供するとともに、定年前とほぼ共通の「処遇・人事制度」によって遇することでその労働意欲の維持につなげていることが推測される。事実、タイプA企業は、定年後再雇用者が企業の期待に応えて「担当者として成果を出すことができる」点にメリットを見出し「戦力」として高く評価しており、定年後再雇用者の労働意欲の高さは彼ら彼女らのパフォーマンスの高さにつながっていると考えられる。

今後労働力がますます高齢化していく中では「高齢社員の雇用をいかに維持するか」という点だけでなく「高齢社員のパフォーマンスの最大化を図るためにはどうすべきか」を考えることが一層重要になるだろう。この点を考えるとき、「業務・働き方」と「処遇・人事制度」の双方に定年の前後で連続性を維持し、それを通じて定年後再雇用者の「労働意欲」と「パフォーマンス水準」の維持につなげていると見られるタイプAの戦略は、1つの選択肢を示していると言える。本調査の結果、タイプAの戦略をとる企業にはその背景となる発想として、若年期から定年後まで長期的に人材を活用していくことを前提に賃金を設計していることが窺われた。急速な少子高齢化と人口減少の中で人材をより長期的に活用していくことの必要性と有用性が啓発され、高齢者活用のノウハウ普及や人事制度見直しへの支援が行われれば、タイプAの戦略をとる企業が増えることが期待できるだろう。

(2)残された課題

仮に、連続的再雇用環境を提供することで高齢社員のパフォーマンスの維持・向上を図ることが可能になるとしても、その実現にあたっては次の2点が大きな課題となる。

第一には、人件費総額が限られている中で定年前後における賃金の水準維持をどのようにして実現するかという点がある。企業が安定的に経営を続けていくためには若年層の確保・育成にも費用を投じなければならず、若年期から高齢期まで長期的な視野に立った賃金設計や人材育成の戦略が必要である。また、社会的な観点に立てば、人材を長期的に活用することが結果的に若年層の新たな雇用機会を奪う可能性も否定できず、タイプAに代表される長期的な人材活用戦略については、その実現の方法とともに社会的な問題に関しても検討していく必要がある。

第二には、定年前と変わらずに成果を上げるよう期待されることが定年後再雇用者にとって過度な負担となっていないかという点である。タイプA企業の特徴として、定年前後で定年後再雇用者に対する期待役割を変えていない、特に「担当者として成果を上げる」ことを変わらずに期待し続けているという点がある。しかしながら、加齢とともに身体能力の衰えが避けられない中で、現役時代と同様の成果を出し続けることは容易ではない。特に、タイプA企業で働く定年後再雇用者の職種には「専門職(医療・福祉)」「技術職(建設・不動産・工場・運輸)」が多いが、これらの業務は肉体労働を伴ったり高い集中力を求められたりすることの多いものであり、過度な負担は労働災害に直結するおそれがある。本調査は企業を対象として実施したが、上記の点を検討するためには定年後再雇用者自身に主観的な認識を尋ねる必要があり、今後さらに調査を進めることで、連続的再雇用環境下において定年後再雇用者が感じる肉体的・心理的な負担感の大きさについて検討を深めたい。

  1. (1)定年年齢に到達していったん退職したあとに、定年前と同じ企業あるいはその子会社等に再び雇用されている方
  2. (2)総務省統計局「人口推計─令和元年12月報─」
  3. (3)国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」
  4. (4)高齢・障害・求職者雇用支援機構「高齢社員の人事管理と展望─生涯現役に向けた人事戦略と雇用管理の研究委員会報告書─」(2015年度)
  5. (5)労働政策研究・研修機構「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」(2016年)
  6. (6) 例えば、最も多くの定年後再雇用者が従事する職種が「販売・営業」である企業では、販売・営業職に就く定年後再雇用者のみを念頭に置いてアンケートに回答している。
  7. (7)「40代後半」、「50代前半」、「50代後半」、「60代以上」のいずれかと回答した企業の和
  8. (8)「そう思う」、「ややそう思う」のいずれかと回答した企業の和
  9. (9)厚生労働省「一般職業紹介状況(一般職業安定業務統計)」(2019年11月)によると、有効求人倍率は、全体で1.46であるところ、「医師、歯科医師、獣医師、薬剤師」「医療技術者」「介護サービスの職業」は順に4.66、3.27、3.75であり、「自動車運転の職業」は3.28である。

参考文献

  1. 高齢・障害・求職者雇用支援機構「高齢社員の人事管理と展望─生涯現役に向けた人事戦略と雇用管理の研究委員会報告書─」(2015年度)
  2. 労務行政研究所「労政時報 第3983号」(2019年)
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