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技術動向レポート

時空間データ分析におけるモード分解技術の活用(2/2)

サイエンスソリューション部 コンサルタント 賀須井 直規

4.「標本生成」:現象データサンプルの人工的な生成

実験・計測・シミュレーション等で蓄積した空間分布データから取り出されたモードは、そのデータを取得したときと類似した別の条件においても共通に含まれる特徴であることが多い。すなわち、類似条件下における2つのデータサンプル(標本)間では、含まれるモードは共通で、その構成比(各モードをどれだけの割合で含んでいるか)のみが異なると考えることができる。これを利用して、構成比を1つランダムに発生させれば、それに対応する標本を1つ生成することができる。この意味で、モード分解は、既存のデータセットから多種多様な新たな標本を簡便に生成するモデルの作成にも利用できる*1。これにより、最小限の実験・計測・シミュレーションコストでデータを増幅し、現象を統計的に分析することが可能になる。

ここでは、地震動予測地図(ある条件で地震が発生した際の揺れの空間分布)の標本生成の例を紹介する。図表5および図表6は、既存の12標本*2からモードを抽出しそれらを様々な構成比で合成することにより新たに72標本を生成する枠組みと実際の生成データを示している。生成された標本は、既存の標本群と共通した分布傾向を示していると同時に、どの標本とも異なっていることが確認できる。このように、モード分解は、既存データの特徴を捉えた新たな標本の生成に活用することができる。

このような地震動予測地図の標本生成は、地震ハザード評価の高速化において有用となることが期待できる。地震ハザード評価では、多数の地震動予測地図の標本を何らかの方法で作成し、それらを統計的に分析することが必要になる。地震動予測地図の標本を得るためには、通常、地盤物性分布や震源断層特性等の複雑な条件を手動設定して大規模なシミュレーションを行うことになるが、このプロセスには、スーパーコンピュータを用いても数十時間を要する場合がある。モード分解を用いれば、このような標本が既に十分蓄積されている状況であれば、既存データの特徴を抽出して生成モデルを構築し、一般的なノートPC でも数秒程度で新たな標本を生成できるようになる。これにより、多数の結果に対する統計的分析が必要となるハザード評価を、遥かに高速に実行することが可能となる。


図表5 POD を用いた地震動予測地図の標本生成の枠組み
図表5

  1. (資料)J-SHIS 想定地震地図データ(1)を用いてみずほ情報総研作成

図表6 生成された地震動予測地図の標本
図表6

  1. (資料)みずほ情報総研作成

5.おわりに

本稿では、実験・計測・シミュレーション等で得られるデータの大規模化・複雑化という昨今の潮流を踏まえ、時空間データ分析の文脈におけるモード分解技術について、活用方法と具体的事例を紹介した。

モード分解の代表的な活用方法には、特徴抽出、次元削減、標本生成の3つがある。円柱後流データを例に、抽出されたモードの変動係数と空間構造とに基づく挙動特性の分析や、強度に基づく重要モードの選定、そしてこれに基づく類似条件下での新たなデータに関する簡易推定手法の構築を通じ、時空間データの特徴抽出および次元削減におけるモード分解の有用性を示した。また、地震動空間分布を例に、既存データに見られる特徴的な傾向を持つ新たな標本の生成において、モード分解を活用できることを具体的に示した。

本稿ではモード分解の手法として特にPODに焦点を当てて具体例を示したが、図表7に示すように、その他にも動的モード分解(Dynamic Mode Decomposition, DMD)や畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network, CNN)を活用した手法等、同様の目的に活用できる技術に関する研究・開発が加速している。今後、モード分解の分野が更なる発展を遂げ、様々な形式・性質をもつ時空間データを、目的に応じより適切に分析できるようになることが期待される。


図表7 主なモード分解手法の比較
図表7

  1. (資料)みずほ情報総研作成

謝辞

本稿で使用したJ-SHIS想定地震地図データは国立研究開発法人防災科学技術研究所からご提供いただいたものである。ここに深い謝意を表す。

  1. *1類似したアイデアに基づく研究例に、能島ら(能島暢呂,久世益充,LE QUANG DUC:シナリオ地震動予測地図の特異値分解によるモード分解と地震動分布のシミュレーション,日本地震工学会論文集 第18巻 第2号,(2018)95-114.)によるものがある。
  2. *2 http://www.j-shis.bosai.go.jp/map/ Accessed on2020.7.31
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