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社会動向レポート

イノベーション環境の日中比較と日本のイノベーション政策の新たな展開(3/3)

コンサルティング第2部
研究員 本田 和大
主任研究員 久保 比佐司
研究員 小川 拓弥

4.今後の日本のイノベーション環境の展望

本稿では、政策的な観点から中国のイノベーション環境の特長について検討した。さらに、中国の特長と対比しながら、日本がイノベーション創出においてこれまで抱えてきた課題を整理した。最後に、新しい政策的な展開を整理することで、日本のイノベーション環境の改善の兆しを捉えた。

2021年度は、科学技術・イノベーション基本計画の計画期間の初年度であるともに、本稿で紹介した政策の多くが実行されて間もないことから、日本のイノベーション環境がどの程度改善するのか今後注視する必要がある。しかし、これまで抱えてきた課題については、紙幅の都合で紹介できなかった政策*29も含めて、様々な対応がなされつつあり、日本のイノベーション環境は改善に向かうことが期待される。こうした期待を込めて、中国、「これまでの日本」、「これからの日本」それぞれについてイノベーション環境を比較した図表を掲載する*30。ここに示したようなイノベーション環境が早期に実現することを期待して本稿を締めくくりたい。


図表7 日中のイノベーション環境の比較
図表7

  1. (資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

  1. *1OECD and Eurostat “Oslo Manual 2018:Guidelines for Collecting, Reporting and Using Data on Innovation, 4th Edition”、日本語訳は、伊地知寛博「『Oslo Manual 2018:イノベーションに関するデータの収集、報告及び利用のための指針』─更新された国際標準についての紹介─」、『STI Horaizon』Vol.5,NO.1(2019)
  2. *2文部科学省 科学技術・学術政策研究所、科学技術指標2021、調査資料-311、2021年8月
  3. *3「注目論文」とは研究者による引用数が上位10%に入る論文をいう。
  4. *4CBINSIGHTS The Complete List Of Unicorn Companies
  5. *5汪志平「中国のイノベーションの特質と政策展開」、『経済と経営』51、p15-30、(2021)
  6. *6みずほ総合研究所株式会社「中国五カ年計画と長期目標の概要 2035年までの持続的成長に向けイノベーション強化」(2020)
  7. *7中華人民共和国人民政府ウェブサイト
  8. *8中国国家発展改革委員会ウェブサイト
  9. *9文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2021」調査資料-311、2021年8月より。
  10. *10中国人民政府ウェブサイト
  11. *11テンセント衆創空間ウェブサイト
  12. *12深セン市創新投資集団有限公司ウェブサイト
    同社では、各分野における投資効率の向上を目的として、各分野の博士号保有者も募集することで、高い投資判断力を確保している。
  13. *13中国政府としても「千人計画」と呼ばれる高度人材誘致策を展開している。
  14. *14こうした政策の結果として、深セン市では「4つの90%」(研究開発人員の90%以上が企業に集中し、研究開発資金の90%以上が企業から提供され、研究開発機関の90%以上が企業に設立され、発明特許の90%以上が企業から提供される)と言われる研究開発人材と企業とのエコシステムが形成されている
  15. *15経済産業省「企業の研究開発投資性向に関する調査」(2016)
  16. *16一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター(2021)「2020年1-12月のベンチャー投資動向(日本・米国・中国との比較)」
  17. *17内閣府「イノベーション人材の流動化に係る要因調査」(2020)
  18. *18文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2021」調査資料-311、2021年8月より。なお金額は購買力平価換算である。
  19. *19本稿では、詳細は取り上げないが25年ぶりの科学技術基本法の改正により、科学技術・イノベーション基本法が制定された。本稿では詳細の検討は行わないが、従来の科学技術の振興に加えて、「イノベーションの創出」が法律の目的として加えられる等、政府のイノベーションを重視する姿勢が反映された形となった。
  20. *20内閣府「科学技術・イノベーション基本計画」(2021)、内閣府「科学技術基本法等の一部を改正する法律の概要」(2021)
  21. *21内閣府・文部科学省・経済産業省「Beyond Limits.Unlock Our Potential~世界に伍するスタートアップ・エコシステム拠点形成戦略~」(2019)。なお、4か所の「グローバル拠点都市」とこれに準じる4か所の「推進拠点都市」が選定された。
  22. *22例えば拠点都市のみが受けられる支援として、JETROによるスタートアップを対象とした世界トップレベルのアクセラレーターによる海外展開支援プログラムの提供や、JST による起業活動に関する人材育成、環境整備支援等があげられる
  23. *23経済産業省「オープンイノベーション促進税制について」
  24. *24CVCとは、主に大企業がスタートアップ企業への投資を目的として自己資金で組成したファンドを指す。
  25. *25SBIRとは、Small Business Innovation Researchの略で、元はアメリカにおいて中小企業・イノベーション創出支援として導入された制度である。公的機関の研究開発費のうち一定の割合を中小企業に配分することで、アメリカのイノベーション創出に大きな効果をもたらしたと考えられている。
  26. *26指定補助金等の交付等に関する指針について(令和3年6月18日閣議決定)
  27. *27文部科学省(2021)「大学ファンドの創設について」
  28. *28前期の計画である第5期科学技術基本計画においては、政府の研究開発投資目標として26兆円が目安として掲げられており、第6期にあたる科学技術・イノベーション基本計画では、4兆円程度目標が増額している。
  29. *29例えば、国立大学法人法の改正に伴って2022年度から指定国立大学が組成するファンドからスタートアップ企業に直接投資できるようになった。これに伴い、東京大学が600億円規模のファンドを組成する等、今後大学発のスタートアップ企業によるイノベーションが加速化する可能性がある。
  30. *30ここに掲げる「これからの日本」のイノベーション環境の実現のためには、より充実した政策支援が必要になることは留意されたい。特にベンチャー・キャピタルによるリスクマネーの供給については、中国に大きな後れを取っているにもかかわらず、現時点では支援策に乏しく積極的な支援が必要であると考えられる。また研究開発人材の流動性を高める政策も現時点では十分に講じられていない。
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