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社会動向レポート

教育分野を中心に

見えない格差を可視化する、データの整備と活用例(1/3)

社会政策コンサルティング部 主任コンサルタント 森安 亮介


持続可能な社会実現に向けたカギとも言える教育格差の是正。この是正が難しい点は、そもそも格差が目に見えにくいことにある。データに基づいて分析し、メカニズムが明らかになって初めて「格差」として認識できるためだ。また、格差是正の対応もデータによる検証を踏まえてこそ妥当性が判断できる。本稿では、「情報格差が生みだす地域の大学進学差」を例に、データに基づいた課題把握や対応策検証の必要性について述べる。その上で、データに基づく施策の実施に向けた3つの具体策を紹介する。

1. はじめに

いまや小学校の授業にも登場するSDGs。企業や行政の取り組みも連日のように報じられ、SDGs に関する報道を目にしない日はないと言っても過言ではない。そのSDGs の掲げる目標達成の重要な役割を担うのが教育である。国連の定める17の達成目標のうち「目標4.教育」として一角を占めるだけではなく、貧困の撲滅(目標1)や健康・福祉の向上(目標3)、働きがいや経済成長(目標8)、技術革新(目標9)など複数の目標達成に教育の拡充が大きく寄与するためである。

教育に関するSDGs の目標は「目標4.質の高い教育をみんなに」と掲げられ、公正で質の高い教育をすべての子どもに提供することや、教育への平等なアクセスを担保することなど、教育格差の是正に関する目標が明記されている。教育への平等なアクセスなどと聞くと、ついその対象は発展途上国だと思われがちである。しかし、教育機会の格差はわが国にも存在する。とくに問題が根深いのは、目に見えにくい教育格差である。本稿ではまず、そうした見えざる教育格差の一端を例示するとともに、データがあって初めて可視化できることを紹介する。次に、一見効果的に思える対応策も、データをもとに検証することで初めてその限界や新たな課題が浮き彫りになることをお伝えする。そして最後に、そうした検証に必要な3つの具体策として、追跡データの構築や行政情報の活用、施策のリサーチデザインについて述べる。

2. 見えざる教育格差

(1)情報格差が引き起こす都市・地方間の大学進学格差

わが国に存在する教育格差の顕著な例の一つが、地域による大学進学差である*1。都道府県別の高校卒業生のうち大学進学者の割合を示した図表1を確認すると、最も高い京都府や東京都では高校生の大学進学率は65%以上に上る。これに対して最も低い沖縄県は35%に過ぎない。すなわち、国内でおよそ2倍近い進学差が存在することになる。

もちろん進学・進路選択はあくまで個人の自由である。そのため、上述の進学差が個人の適切な意思決定による結果であれば、一概には問題だとは言えない。しかし、教育社会学や経済学の諸研究では、こうした差は、個人の意思決定のみならず家庭環境の違いや地域の違いによっても引き起こされていることが明らかになっている。例えば、地域によって大学の定員人員が異なること(上山2012など)や地域の県民所得が異なること(佐々木2006など)などが代表例である。たしかに大学数が都市部よりも少ない地方では、地元大学の定員人員も限られる。また、地方から都市部の大学に通うことは生活費負担にもつながるため進学にも影響を及ぼすであろう。

もしも地域の進学差の要因が、こうした大学収容人数や家計所得だけであれば、格差は発見しやすく対応もしやすいだろう。例えば奨学金の拡充や大学定員人数の調整など政策的対応策も浮かびやすい。ところが問題は、格差の要因が親や地域による目に見えない影響にある点である*3。こうした目に見えない影響は、データを収集して分析を重ねることで初めて顕在化される。例えば教育社会学を中心に教育格差の先行研究を整理した松岡(2019)では、両親の学歴によって習い事やメディア消費時間に差があることや、子供に進学を期待する割合も親の学歴によって異なること(松岡2019)、両親の学業や職業といった家庭の社会・経済的背景によって子供の学習努力量が異なること(苅谷2001、Matsuoka 2013)、親の読書量・読書習慣が子供にも引き継がれる世代間伝達が起こっていること(松岡・中室・乾2014)など、親の影響に関する実証研究が例示されている*4

目に見えない要因は、親による影響だけではない。地域による違いも見逃せない。とくに重要なのは、情報の地域格差によって、進学に対する生徒の認識に地域格差が生じている点である。東京大学「高校生の進路に関する調査」*5の個票データを用いて分析した筆者の研究(森安2021a)では、大学進学によって得られるメリット(ここでは「大卒・高卒間の賃金差異」を代理変数としている)について、地方圏の高校生は三大都市圏よりも統計的に有意に低く認識していることが明らかになった*6。その影響からか、中学時点で同様の学力だった生徒を比較しても、地方圏の高校生は都市圏より有意に大学進学希望が低かった。こうした大学進学に対する認識の違いを引き起こす要因を分析したところ、地方・都市間の情報差があることも明らかになった。具体的には、調査で確認できる情報取得経路のうち都市圏では「塾や予備校の先生」、「学校の進路指導」、「学校の先生」、「学校のガイドブック」、「オープンキャンパス」、「家族」など多様な情報経路によって大学進学に対する認識や主観的な進学メリットを高めているのに対し、地方圏で有効なのは「学校のガイドブック」だけであり、それ以外の項目(前述の「塾や予備校の先生」、学校、「家族」などの項目)に統計的に有意な影響は確認できなかった。こうした結果からは、同じ高校生であっても居住地域によって取得する情報が異なり、大学進学に対するそもそもの認識に違いが生じている様子が伺える。こういった目に見えない格差は、高校生の認識について精緻に調査した貴重なデータが存在してこそ明らかに出来るものである。


図表1 都道府県別高校卒業者の大学進学率(2)
図表1

  1. (資料)文部科学省「学校基本調査」(令和2年度)をもとにみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

(2)情報提供によって解決できるか?ランダム化比較実験を用いた検証

では情報格差の是正に向けてどのように対応すればよいのだろうか?直感的には「情報の差が問題なのであれば、情報を提供すればよい」と思いがちだ。しかし現実はそう単純ではない。以下に示すように、効果が限定的であったり、思わぬところに影響を及ぼすことが知られているためである。

情報提供による影響を検証する際、有用な手法がランダム化比較実験である。これは、対応を施す層(Treatment group: 介入群)と、対応を施さない比較可能な層(Control group:対照群)を準備し、外的条件を同一にした上でその前後変化を比較検証する分析手法である*7。ただし、その実施には平等性や倫理的な問題、学校現場の受容など様々な困難が伴うことを前著「行政への浸透に向けたEBPM の課題とその一方策~EBPM を契機とした行政・研究の連携を~」(森安2019)で述べた。しかし工夫によって一定期間の実験を実施することは可能である。例えば、生徒をランダムに振り分けることが難しい場合には、学校単位・クラス単位でランダム化する方法(クラスターランダム化比較実験)がある。また、ある特定層だけの情報提供が不公平だとされる場合には、実験・研究期間終了後に対照群にも同様の情報を提供することで教育の平等性を保つことも可能である(フェーズインランダム法)。

筆者は慶應義塾大学において、これらの手法を用い、進学情報提供の影響に関する実験研究を行った(森安2021b)。これは地方のとある高校を対象としたクラスターランダム化比較実験であり、生徒に対して大学進学による金銭的なリターン(最終学歴別の平均所得の違い)・キャリアパスの違い・進学に関する費用(学費、付随する生活費、奨学金制度など)などの情報を提供しその影響を検証したものである。結果、生徒たちが希望する勉強時間については統計的に有意な変化がみられた。具体的には、情報を授受した生徒はそうでない生徒に比べて有意に「今後行おうと思う勉強時間(平日1日あたり)」が高まっていた。しかしその一方で、進学希望については一部の生徒に上昇がみられたものの、生徒の大半は無変化であった。経済学では、大学進学にかかる費用(コスト)と進学によって得られる効用(リターン)を比較して進学可否を判断するものと考えられている*8が、適切な進路・進学情報の提供は、生徒の進路選択の直接的な変更ではなく、むしろ自身への教育投資意欲の喚起に影響したことを示唆している。加えて、興味深いことに、実験の結果、情報提供によってむしろ逆に進学希望が減退するような生徒も一部確認された。そうした生徒の特徴は、もともと過度に高い大学進学リターンを見込んでおり、なおかつ低学力の層であった。この現象は前述した経済学の理論に照らすと次のように解釈できる。すなわち、一般的に低学力者ほど学力向上のための必要な投資(時間的・金銭的・心理的なコスト)は高くつくが、進学情報の取得によって「当初思っていたほどには、投資コストに見合うリターンが得られない」ことを認識し、結果、大学進学意欲が減退したというものである。この実験研究から得られる教訓は、第一に、進学に関する情報を提供したからといって必ずしも生徒の反応が進学選択に直結するとは限らないという点である。第二に、学生によっては情報提供がむしろ進学意欲を減退させてしまう可能性もある点である。こうした教訓は、行政や学校関係者などが留意すべき点であろう。

もちろんこの1研究だけで、情報提供の影響を断定するのは拙速である。そこで複数の研究結果も確認したい。実は進学と情報提供の関係性は、経済学では2010年ごろから世界各国で実験的研究が行われている。とくに進学によって得られるリターンに対する個々人の認識については、Perceived Returns(主観的な期待収益)と概念づけられ、近年注目されている。前述のように、経済学では進学によって得られる効用と費用の現在価値を比較して進学判断がなされるものと考えられているが、従来の経済学では、個人は情報をすべて正確に認識し完全予見できることが前提とされていた。しかし現実的には、個人の収集できる情報には限界があり、認識できるリターンはあくまで主観的なものに過ぎない。ノースウェスタン大学のチャールズ・マンスキー教授が言うように、「経済学者は進路選択と結果に関するデータから教育のリターンを推計しようとするが、若者は、家族や友人らが過去にどんな選択をし、その後どうなったかを参考に自分の進路を考える」のである(マンスキー2020,p190)。実際、Perceived Returns を実証する実験研究の嚆矢にもなったNguyen(2008)では、地方ほど情報が乏しく、期待収益と実際のリターンにギャップが生じることを指摘した上で、マダガスカルで情報提供実験を行っている。結果、進学のロールモデルも交えた情報によって学業成績が高まることを示しているが、その一方で進学によるリターンを過大評価していた生徒については、むしろ学業成績が下がったことも発見している。

その他、進学コストに関する情報提供実験も各国で行われている。適切な情報提供によって進学選択に正の影響を与える結果が多いものの、ここでも単なる情報提供だけでは影響は限定的だとする結果も存在する。例えば、アメリカ低所得者に対する奨学金支援の実験研究では、奨学金情報だけの提供では大学進学への効果は乏しく、個別的なサポートとセットになってこそ効果が発揮されることを明らかにしている(Bettinger et al. 2012)。

このように、「情報提供」という一見妥当に思える対応策も、いざ検証するとその効果は限定的であったり、改善点が浮き彫りになったりすることが伺える。例えば個別サポートをせず単に情報提供するだけでは効果が限定的なことや、情報提供によってむしろ進学意欲が減退する可能性などは、検証なき対応ではつい見逃してしまう現象であろう。

こうした教訓は大学進学情報の分野に限らず、行政や企業が行う多くの施策にも当てはまる。一見どれだけ妥当と思える対応策であっても、「単なる思い込みかもしれない」と疑ってかかる必要があり、対応後の効果検証や意図しない副作用(Unintended Consequences)の有無を点検することが求められる。ただし、こうした検証・点検には、事前設計やデータの準備がものをいう。なにか施策を講ずる際は、必ず事後の効果検証とセットで検討し、効果検証も見据えた設計・実施が必要不可欠となる。次章にて詳述したい。



図表2 フェーズインランダム法を用いたクラスターランダム化比較実験のイメージ
図表2

  1. (資料)森安(2021b)を参考にみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表3 進学情報の影響に関する実験研究例
図表3

  1. (資料)森安(2021b)を参考にみずほリサーチ&テクノロジーズ作成。図表中の国旗は実験対象地域を示す。
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