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ビジネス最前線

変革リーダーの資質と能力に関する一考察(2/2)

コンサルティング第1部 上席主任コンサルタント 藤原 慎朗

5.リーダーの能力開発は「決断力」1点に絞る

サクセッサーを発掘した後、どのように経営スキルを醸成する機会を付与するべきであろうか。組織管理理論・マーケティング・ファイナンスなど経営者にとって必要な知識・スキルは広範であるため、OFF-JTのみで身に着けるには時間がかかりすぎる。資質が経営人材に適合し、一定の成果を上げるための勘所を知っているという条件付きではあるが、基本的には「経験しながら知識・スキルを身に付ける」という考え方が望ましい。なぜなら、本質的には経験によって身に着けるのはスキルではなく能力、とりわけ「決断力」の醸成が重要であるからだ。

では「決断力」とは何か。一例として「即断即決のトップ」を思い浮かべてみよう。このタイプ人材能力はややもすると「勘ピューター」などと再現不可能な能力と捉えられがちであるが、実態はそうではないようだ。C社長に話を伺うと、即断即決に至るには、

  1. (1)実行パターンを複数組み立てる
  2. (2)比較・検討・評価・判断する
  3. (3)成功と失敗を次の意思決定に活かす
  4. この3点を若い時分から繰り返した結果獲得した再現可能な能力であるという。また、違う観点から「リスクとは」という問いを投げかけた時、自社に及ぶ危険性や障害を最小化するリスクヘッジではなく、「リスクとリターンを推し量り、リターンが大きくなる可能性があるなら、私は迷わずリスクテイクする。」と答えた。前出のA社長は「構造を理解して自分でマーケットを組み立てる。会社は美術的作品なので最終作品のイメージがないと彫れない。だから仕事には予習する癖が必要だ。10年後・5年後・3年後・1年後・来月・来週・明日の仕事を予習する者だけがマーケットで先手を取れる。」と語っていた。

    例に挙げた経営を前進させるリーダーの共通点は、決断に至るまでの物事や事象の捉え方が構造的で、成し得たいゴールへの道筋を明確にイメージしている点にある。「決断力」とは、単に判断する行動そのものではない。重要なことは、決断の過程における思考と経験量によって「結果として獲得する能力」という認識に立つことである。

    一方、弊社が展開する人材アセスメントのここ数年の現場では、マネジャーのビジネスシミュレーション上の行動を観察する中で、この「決断力」を発揮する人材になかなか出会わない。観察される多くのマネジャーには、業務上の圧力や雑多な情報を、自身の責任の下で咀嚼・整理しきれず、眼前の問題の最適解に目がいく(上手く切り抜ける)傾向が見られる。それはなぜか。

    筆者がコンサルティングで関わったD社の事例を挙げよう。経営から展開される組織タスクが20~30と組織規模に比べて非常に多く、各マネジャーは一様にその進捗報告に毎月追われていた。経営からの要求を全て満たそうとするあまり、仕事の完成イメージを描くことができず、結果として仕事の割り当てや業務指示も滞り、業績の停滞はおろか組織風土までも疲弊一色になってしまった。このD社の問題は、

    1. (1)経営サイドが組織マネジャーに実行権のみ与えて「決定権」を十分に与えていなかったこと
    2. (2)組織マネジャーが盲目的に全ての情報とタスクに向き合った結果、思考停止に陥ったこと
    3. が考えられる。現代において「情報」は確かな行動基準になり得る一方、上手に整理・活用しなければ人間の行動を慎重にさせる副作用がある。経緯や関係者の心情を知れば知るほど、迷いが生じることは誰しも経験することだろう。

      情報過多により思考が停止したこのD社マネジャーの事例は、「決断力欠如」が組織へいかに大きな影響を及ぼすかを物語っている。同時に、日本各社の中核人材(管理職)にも同様の、「決断力醸成を阻害する環境が与えられてはいないか」という問いを投げかけているとも言えよう。

6.効果的なCEOサクセッション環境

「決断力」の獲得には、C社長の言葉を借りれば、「コンフリクトの生じる環境下で自分なりの情報整理と想定をもとに判断し、その結果や自身の判断が与えた影響をもとに学ぶ訓練を繰り返す」ことが有効と考えられる。しかし、D社の事例のように、優秀なマネジャーほど経営サイドからアウトプットの期待が集中してしまう為、現実ではマネジメントを求めながら経験の質を制御するのは極めて困難と思われる。そこで、意図的に良質な環境を作り出す必要が生じる。

まず、人事システムのベースとしては、従来よりも「若い中核人材を組織トップへ抜擢する人事」は必須の機能となる。中途採用によって企業外から有能な人材を獲得する施策も当然考えられるものの、企業文化の継承・発展という側面を考えれば、CEOサクセッションの主軸は「生え抜きでの経営者輩出」が望ましい。メンバーシップを重んじ、依怙贔屓を嫌う日本の組織においては最初の難所であるが、経営として思い切った人事への斬り込みに期待したい。

抜擢した人材は、現有事業の長に据えるよりも、独立したプロジェクト責任者等、何らかの収益責任を負う立場が望ましい。なお、抜擢の目的はマネジメントではないため、マネジメントサイズの大小は問わない。また与えるべき経験は、関心を管理会計ではなくROICといった「財務的効果」に向けることが有効だ。それは、資本投下プロセスや結果からの学びに、「想定」と「決断」による訓練要素が含まれるからに他ならない。企業の稼ぐ力を先導する変革リーダーシップ性は、不確実な状況下での決断の繰り返しによってのみ醸成されていくはずであり、一般的に必要とされる組織管理・マーケティング・ファイナンスといった知識・スキルや、人脈という経営者が保有する社会資本は、その学習過程で自然と獲得していくものであろう。

前出のA社長もしかり、世に言うカリスマCEOは自身の興味関心に正直(自己愛傾向)で、何より若年時分から好んで社長業を前提に仕事を見つめている(使命感)ものだ。経営ビジョンと自己実現のゴールが一致している人材は、しかるべき立場に立った時、強烈なリーダーシップを発揮するであろう。サクセッションプランは「自社の宝」を見つけて大きく育てる経営者の一大タスクである。CEO気質を持った人材が、スピンアウトして自ら起業することになっては後の祭りだ。サクセッションプランの展開と同時に、サクセッサーをエンゲージする環境を同時に整える必要があることも最後に付言しておきたい。


図表2 変革リーダー輩出に向けたCEO サクセッションの全体図
図表2

  1. (資料)コンサルティング実例よりみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

7.結び

企業を取り巻く多様な課題に対峙する為、業務執行を司る経営層にはマネジメント・専門性・リーダーシップと多様な経験スキルを有する人材ラインナップが求められる。この中でも、本稿では特に輩出が難しく、企業の意思決定の核となる「変革リーダーシップ」を有する人材の資質・能力への考察と、サクセッションプラン展開の要諦を論述した。

今回のCGコード改訂は、経営に求めるスコープが広がりつつも、要求項目一つひとつはより本質的・実効性を重んじた内容になっており、日本企業にとって経営執行を担う「経営人材要件」を再定義する好機である。多くの企業では、既にサクセッションプランの仕組みが確立し、運用していることと思われるが、自社の将来展望をもとに、執行側への権限移譲と中核人材たる管理職の能力開発計画について、「資質・能力とは何か」の切り口から再構成してはいかがだろうか。

  1. *1株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード ―会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上のために―」(2021年)
  2. *2株式会社日本総研ホームページ「コーポレートガバナンスの展望」
  3. *3内閣府「令和3年版 子供・若者白書」
  4. *4経済同友会「経済同友会2.0」
  5. *5松尾睦(2013年)
    管理者行動論の代表的研究者であるミンツバーグの研究が盛んに取り上げられたのは1980年代~90年代が中心であり、2000年代からはマネジャーの役割に関する研究自体が減少。管理者行動論の近接領域であるリーダーシップ論でさえ、最も研究されているが、最も解明が進んでいない社会学領域と言われており、集団や組織を導く人間の行動メカニズムを解きほぐすことは難しい研究テーマとなっていると指摘している。
  6. *6尾崎美喜(2020年)
    変革型リーダーシップは、持続可能な社会の構築の実現につながるような態度や志向性に及ぼす影響に関する実証研究はなされていないのが現状であると指摘している。
  7. *7社員が成長する際の効果的な要素は「70%が経験、20%が薫陶、10%が研修」であるというもの。米国の人事コンサルティング会社ロミンガー社の創業者(Michael Lombardo/Robert Eichinger)が調査に基づき1996年に提唱した。概念的なモデルとの指摘があるものの人材開発領域では「70:20:10の法則」「ロミンガーの法則」として広く引用されている。
  8. *8松尾睦(2013年)
    11社の課長データにおいて、部下育成の経験量が事業実行力へ負の影響を与えていたという調査結果。概念的には部下育成と事業実行は両立し得る一方、現場実態では部下育成に注力するあまり事業実行に手が回らない、或いは広い視野に立った事業活動を阻害している可能性を指摘している。
  9. *9神戸大学「企業トップのバックグラウンド:日米台比較」(2010年)
  10. *10松尾睦(2013年)
    戦略の転換・事業改革に参加したマネジャーは、大きな視点で自身の担当事業を捉える力を養い結果的に事業を推進する力を養っているという調査結果。本著の中では、日本企業では事業再編・戦略立案といった変革活動に全面的あるいは部分的に関わることを通して、情報の中からビジネスチャンスを見つけ事業に活用・実行することで新たな価値を創出する力を身に付ける学習経験が不足していると指摘している。
  11. *11尾関美喜(2020年)
    変革型リーダーシップ性が高い者で、且つ自己愛傾向の高い者は、高いライフスキルを用いて自分を利他的な望ましい人物として他者に短期的に印象づける可能性を指摘している。

参考文献

  1. 金融庁「コロナ後の企業の変革に向けた取締役会の機能発揮及び企業の中核人材の多様性確保」
  2. 松尾睦「成長する管理職」東洋経済新報社(2013年)
  3. 尾関美喜「変革型リーダーシップと自己愛傾向が集団規範継承志向性へ及ぼす影響」2020年
  4. 曽根秀和「老舗企業の継承に伴う企業家精神の発露 ─宮大工企業による事業展開の比較分析─」(2013年)
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